第21話 レナ先輩のメンヘラ心理教室
美晴さん先頭にリビングへ移動。
各々席に着いたのを確認し、当事者である俺が今何が起きているのかをかいつまんで説明、所々結愛と美晴さんが補足してもらう。
VTUBERである元カノに別れ話を切り出したら家に乗り込んできて刺されて死にかけたこと。
これ以上命の危険にさらされないため、結愛が計画を破棄し結婚届を提出、事実夫婦になったこと。
その際、俺に想いを寄せていた美晴さんを結愛の許可の元、彼女にしたこと。
美愛さんや健次郎さん、九重家総出で元カノの行方を探っているが一向に見つからないこと。
「なるほど。大変だったね」
説明を終えて最初に言われたのはありきたりなセリフ。
ねぎらいながら抱きつこうとするレナ先輩を結愛が跳ね除ける。
「相変わらず油断も隙もないねー。次は殺すわよ」
「まだ書類だけだよね? ワンチャンいけるくない?」
「式じゃない書類ですので法律上問題になります。諦めていただけますか?」
「そっちのせいで浮気された被害者って忘れてないのかな?」
「知ったことかしら? さと君たぶらかした罰じゃない?」
「左様ですかー。相変わらず狂ってるね、結愛ちゃん」
「浮気されてなお未だに引きずってる先輩がクレイジーかなー」
「引きずってるんじゃなく打算的なの。わたしの一途さにきゅんときて振り向くタイミングかなぁとそろそろ思うよ?」
すすすっとお茶する形をよそって二人の様子を伺う。
初対面が最悪なだけに、ふたりの関係はいびつな何かに発展していた。
そもそもの話、立ち位置がずっとおかしい。
経験値稼ぎという言い分を振りかざす黒幕から嫁へ。
純情な彼女からいつしか未来予約したと言い張るガチ恋へ進化。
レナ先輩は元カノの中からも常識枠だし、聡明でもあり結愛の計画に唯一辿り着いた人でもある。
切るに切れない縁だ。
だからだろう。結愛の口調がいつものダル気でほんわかのままなのは。
殺気立つ探り合いの会話のキャッチボールにしか見えないけど、笑顔のままだ。
そこで何か閃いたのかレナ先輩が「そういえば」と言ってポンと手を叩く。
「警察と裏社会のルートオンリーで調べたの?」
「それ以外に手が出ませんでした」
「一応さと君の通話履歴やレインやメッセージ、メールは覗けるけど、めぼしい情報はなかったー」
「チーズコードは?」
「なんそれ? 幸せになれるブツの略―?」
「キメないキメない。あなたと実家ってそんなの扱ってた? ガチヤクザじゃん」
「扱ってないし今は本物のホワイトー。てか言わない方がいーよ? 消される案件だから」
「あなたに?」
「お母様に」
「ここ盗聴器でも仕込まれてるの?」
「老婆心って言いながらつけてたけど反対出来なかったよ。さと君刺された直後だし」
しばらくしたら外せるって釘刺したけどーと暢気に締めたけど、普通は過保護通り越して犯罪だぞ。
でもなんかおかしいな。
「昔、質問したことあるけど笑顔で「やったこともないよー! 勇気出してる姿可愛い」って言われたことならある」
「なんとなく想像つくけど一応聞くね、さと君。その時、お母様の目つき、覚えてる?」
「慈愛に満ち溢れてた、なんならネタにしてたまであるぞ。ボディーガード勢揃いで」
「あの息子バカめ……」
額に手を当てて呆れたようにはぁとためつく結愛。
自分の親が相方に甘すぎてだろうか。
思い返してみれば初対面の時からやたら気さくに接してくれていた気がする。
お母さん、お父さんって呼ぶよう言われてたのが二回目の遭遇からだっけ?
「それで、チーズコードがどうした? 言っておくけど入れてはいるが中々使わないぞ?」
「脱線させてしまい申し訳ありませんでした」
「さと君諦めたら手を打ってあげるー」
「諦めないから!」
すっかり冷めちゃったお茶を一気に飲み干して「とにかく!」とレナ先輩が続きを口にした。
「智くんの元カノって有名VTUBERだったね?」
「ああ」
「きっかけは前に話してたイラスト?の提供? 依頼? で合ってる?」
「ああ、それで合ってる」
「??」
「何が言いたいのかしら」
「VTUBERってわたしよくわかんないけどね? 個人から企業に所属したり、または逆だったり、不都合が起こりそうな時って名義ごとガラッと変えるよね?」
「転生ってやつだっけ?」
「そう、それ。一回、君が元カノと付き合う際、遠ざけるために必死に勉強したことがあったけど」
「粘着質が長引いてヤバい事になってない? 男、いる?先輩」
「さとし君以外いらない」
「とにかく! その子、有名だったの?」
「ああ、もともと別れた原因も配信がらみだよ。言ってなかったっけ?」
「初耳だよ? なんなら別れたこと自体、今日が初耳」
「私には話してくれたーどう? 悔しい?」
「ううん、悲しいかな。真っ先にわたしに相談したいはずなのに結愛ちゃんの脅迫に渋々報告する哀れなさとし君の姿が……!」
「純情って憎悪になりやすいと小耳に挟んでおりましたけど、これにも個人差があるのでしょうか?」
「ま、昔から深い愛と憎しみって紙一重ってよく口に上がっていたからな」
愛情っていうより拗らせて妄想癖に片足突っ込んでるまである。
頭いい人ってどこか壊れてるイメージあるけど別段間違いではないか。
「哀れなさとしく……あたっ!? 痛い! 叩かないでよ、さとし君にもぶたれたことないのに」
「まるでぶたれたい願望のある言い方ね。そこで私の旦那様を出すな、この泥棒ネコ」
「うっ……説明を続けるとね?」
「彼女は未ださとし君に歪んだ愛情向けてるはずだよ。おまけに今、自分が捨てられた被害者って認識してる可能性が高いかな」
「おめでたい頭にも限度ってもんがあるんじゃないか? 刺したのあいつなんだぞ?」
「ガチのメンヘラってそういう生き物らしいからね。都合がいいコトだけ繋ぎ合わせて物事を考えるから話が通じない、いつも自分は正しくてそれを容認してくれない世界が悪いってとこかな」
「今回もそう。さとし君は別れを切り出したきっかけも理由もちゃんと説明した。けど何かに悟ったふうに刺しながら結婚を要求して逃げ出した」
「明らかに向こうに非がある状況だけど、彼女はレインも消して垢も停止されてるんたっけ? じゃあ、それがめぐり巡って“さとし君の連絡したいのに世界がそれを認めてくれない、ぴえん”って辻褄合わせてるかもしれない、かな」
「花畑どころか菜園一式揃えそうな頭ですね。頭部切り落としたら血液ではなく樹液か何かが出るのでは? 光合成と風通しがいかに大事か五臓六腑に染み渡りました」
「基礎的な思考すらできず、事実を捻じ曲げて都合に合わせてる分際で愛してるとか人間ですらないわ……VTUBERって付き合ったら絶対後で役立つと思った私がバカだった」
今回。いや、もう前回になった恋愛は結愛がどうこう口出しできるものが皆無だったのも一役買ってる。
お家デートと気づいたら雑務に当たる毎日だ。
だからこそ対策の仕様がなかったと言っていい。
「にしても何故レナ様がそこまで辿り着けるのでしょう? メンヘラ当事者でいらっしゃいますか?」
「ううん、勉強したからね」
勉強でイケるものか?
短時間でメンヘラの本質に辿り着いたのはまあわかるけど、追随するレナ先輩の頭もかなりイッってると思う。
二人の感想は罵倒どころかどっかしらの詩に出してもいいレベルかも知れないと一瞬思うほど、レナ先輩の語る内容は衝撃的だった。
「つまり何が言いたいんだ? 今までの内容をまとめたところで、現状は変わらないぞ」
「それを踏まえた上で、さっき言ってたチーズコードが役に立つの」
「ん?」
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