第19話 あの女ががくる前に、私で上書きするわ
「さと君―」
「ん?」
「夕飯、出前でいー? 久々にピザ食べたい」
「俺はいいよー美晴さんはどう?」
「お二方が喜ばれるものでしたらなんでも」
「うぃー」
「何にする?」
出前アプリを起動、こちらに画面を向けてきた。
そうだな……。
「オーソドックスのペパロニと、この肉いっぱいのやつはどうかな」
「サイドはポテトでいいか?」
「わたしもそれで問題ありません」
「炭水化物に炭水化物、たまんなーいねー」
ポチっと注文ボタンをタッチする結愛。
「あ、聞き忘れてたけどね?」
「あ?」
「初見のピザ屋だったけど二人はイケそ?」
「いいぞー」
「大丈夫です。こういう時、趣味趣向が被るのは嬉しいものですね」
頬に手を当て、ふふふっと美晴さんが微笑んだ。
彼女のささやかな喜びに俺たちも同意の相づちを送る。
俺ら三人の趣味趣向はかなりの頻度で被る。
出前の日なんて決まって野菜のない肉々しいものに走りがちである。
別に野菜が苦手ってわけではない。
ただ手前させてまで健康に気を付けたいか?って聞かれたら答えはNO一択なだけ。
野菜は美晴さんお手製のものが美味すぎるから他を口に入れたくないって気持ちもある。
「出前ってこういう待ち時間がもどかしいのが難点でございます」
「だなー。ふぃ、終わった」
「何がー?」
隣に座っていた結愛がいつの間にか肩に頭を乗せて画面に目を凝らしていた。
「スマホゲーのノルマ消化。最近やれてなくてさ」
「ふーん、まだやってたんだこのゲーム」
「ちまちまな。暇つぶしにはいいんだよ」
「最近やってないって思ってインしてなかったけどなー」
「あ」
と、得心した声を漏らす美晴さんに視線が集中する。
「そういえばそのゲーム、あのメンヘラ女がやってるって前におっしゃっていたような……?」
「マジ!!!??? さと君フレンド欄開いて、早く!」
「はいあい」
そりゃテンション上がるか。
美晴さんの情報で目を血走らせる結愛に適当に相づちを打つ。
指示通りフレンド欄を開いて二人に見せつつ、説明する。
「ここにあるRIA1969があいつだけどさ」
「はあ……」
「やはり、接続していませんね」
最終接続日:60日前という文字だけが浮かんでいる。
「そう簡単にはいかないさ」
「そもそも配信のネタで数回やったくらいだし」
同世代なのにゲームがへたっぴすぎて逆に配信が盛り上がるケースだった。
原因も至ってシンプル、自主的にゲームをしないからである。
「このアカウントを追跡してみるのはいかがでしょうか」
「スマホゲーって基本位置情報いらないから無理よ」
「やっぱりかー」
一瞬名案だと思ったのになー。
ピンポーンと、そこでチャイムが鳴る。
「はーい」
美晴さんが自然と対応に向かう。
「玄関のロックは解錠いたしましたので、後はメッセージ届くのを待てばよろしいかと」
「懸命な判断ね」
「俺が対応するのが一番リスキーになってる現状、ほんと納得いかねー」
なんて、身内のネタで駄弁ってたらアプリに玄関の前に置いていくという旨のメッセージが届き、今度は俺が向かうことに。
玄関前に置かれたピザボックスを回収して扉を閉める。
「来たぞー」
「いぇーい!」
「支度は済ませております。 テーブルに置いていただけますか?」
美晴さんのお願いに従い、ビニルからピザボックスとサイドのポテトが入っている小さい袋を取り出し、テーブルに置く。
皿とポークは既に置かれている状態。
「いただきます」
「いただきまーす」
「いただきます」
三人、行儀よく手を合わせて感謝の言葉を述べた俺たちはそのまま本日の締めに取り掛かるのだった……。
「こちそーさまでした」
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「美晴の手作りでもないのにー」
「まぁいいだろ?」
普段の癖だろう。
ハッとなって口に手を当てていた。
「片付けますね」
「皿は流し台に置いといたーありがとう、美晴」
「ポークも置いといた。いつもありがとう美晴さん」
「いえいえ。か、彼女の役目、ですから」
「いちいち彼女アピるの可愛すぎ―。できた彼女持ちは羨ましーですな? さと君どの」
「めっちゃ同意、顔赤くして悶えるセットはポイント高い」
「そそ、おまけに今の一言で皿堕とそうとしてわたわたする姿は?」
「五千兆点」
「こうして理解あって可愛くて悪乗りぶっこむ嫁はー?」
「十点?」
「なんでやー!」
背伸びし頬を指でつんつんして抗議してくる結愛。
「兆の次忘れた」
「ネットで調べたら出るでしょー。ほいスマホ」
「さりげなく解除して渡す辺りプライバシー宇宙に飛ばされた感ぱねえ」
「数年前からなかったから気にしないー」
ひっど。と、相づちを打ちブラウザをタップしようとしたところでレイン通知が届いていたことに気づく。
あ。
「どうしたん?」
「レナ先輩から病みレイン来てる」
「貸しなさい」
いつの間にかスマホが結愛に奪われる。
が、奪った本人が中身見て絶句してる。
「レナちゃん」「20:34」『おーい、未来約束した人、放置ですかー』
「レナちゃん」「20:34」『この前、一回機会設けるって言ったよね?』
「レナちゃん」「20:35」『そだ。住所変わった?前んとこ別の人住んでたよ?』
「レナちゃん」「20:35」『無視しないで』
「レナちゃん」「20:38」『この前、久しぶりに会えて凄く嬉しかった。
まだまだこの気持ちは冷めてなかったって再確認できてすごく安心したけど、なにがあって結愛ちゃんやボディーガードちゃんが傍にいるのか気になる。
嫁と彼女?って言ってたけど冗談だよね? まぁ結愛ちゃんの性格上冗談ではないだろうけどさ。
なにがあったかわかんなくて部屋で一日中考えても答えが出ないの。
お願いします。なにか智ちゃんの力になりたいので教えて欲しいです
あなたの未来を約束いした人より』
「なにこれ?」
「あー。前さ、レナ先輩のバイト先で駄弁っただろ?」
「そうね。初体験だけが取り柄の痴女のところなんか脳茹でられる寸前じゃなきゃいかないわね」
チャット蘭を確認次第、ごみでも見るような目になる彼女。
思い出したか俺の童貞奪われた感漂わせてすごい勢いで毒づき始めた。
まぁわからん話ではない。
計画の内容にも『エッチは論外、どうしてもしたいなら私に相談』付きだった。
が、それも人一倍所有欲と愛情があったレナ先輩の前ではあっけなく霧散ってわけだ。
今までの恋愛のほとんどが相手に愛情が尽きる、尽かされるで別れたものの、唯一彼女だけこの計画と結愛、ひいては発端とも諸悪の根源とも捉えられる美愛さん夫婦に気づいて別れたんだからなぁ。
まあそれはさておき。
「覚えてるか? 今度機会設けて事情話すって言ってたの」
「ええ」
そんなことあったわね、と澄まし顔で返事を口にする。
「説明するって言ったのにすっぽかされて病んだんじゃね?」
「病むっていうかヘラってるわ」
『事情知らないからって目が通せない文章送りやがってあの女……』と、一人ごちる。
「まぁ、先輩には一回説明する必要あると思うよ」
「……不服だけどそうね。よく考えてみたらデートではしゃいで説明するって言ったの私だった」
一生の不覚―! と、地団駄を踏む。
「てか目ざといな、俺がレインにほぼ目を通してないってなんでわかった?」
「命の危機にさらされたの。大なり小なりのトラウマは生まれて当然よ? その時にたまたま刺したやつを彷彿させるレインが来た。無意識に拒否していてもおかしくないわ」
「まぁ、私はあなたの目の動きでわかったけど」
「目?」
「ほぼ動いてなかった。指は動いてるけど目は一向に上を向いたまま」
「本当によく見てるんだな」
よく見てるってか目ざとすぎる時がたまにある。
「ええ、嫁だもの」
ニコリとほころぶような柔らかい微笑みが結愛の顔中に広がる。
「ちょっとスマホ借りるわ」
「あっ」
有無を言わさず、奪われたスマホは結愛の手に渡り、いくつかポチポチと書いて送る手の動き方。
「ありがとう」というお礼と共に手元に返ってきたスマホに目を通す。
そこには、『明日、説明するからこちらに来るように』という旨の文章と、俺らが住んでいるマンションの住所が貼り付けされていた。
目を通し終える際、美晴さんとささやき合っている。
小声で、しかもキッチンまでかなり開いているから聞こえん。
俺には言えない何かか?
あいつが内緒にしてるものなんて月の物の周期とかくらいのはずだけどなぁ。
もやっと、妙な感覚に苛まれつつあるその時、話し終えたらしき結愛と美晴さんが、こちらへやってきた。
「話は終わった?」
「ええ。ところでさと君」
「ん?」
「お風呂はいつ頃がいい?」
「そうだなー。今日は罰ゲームやら何やらあったし、もうすこしのんびりしてから入りたいな」
「左様でございますか」
「うんー今日は二人が先でいいよ」
「ええ。今日は『三人一緒に入るめでたい記念日』でいいのね? 美晴?」
「承知いたしました。失礼いたします、智様」
「何言って……うゎ!?」
風穴明かされた日を彷彿させるお姫様抱っこだ。
混乱している俺を有無を言わさず抱き上げたまま寝室に向かう美晴さん。
丁寧に降ろされたけものの、意味をなさない。
隣で無言のままついているだけだった結愛にいつの間にか手錠を嵌められていた。
鎖付きのやつ。
「長さ調整しといたから無駄よ。逃げられないわ」
本当だ。
腕は動かせるものの、前みたいに寝転んだりスマホいじれるには長さが足りてない。
ジャラジャラと金属が引っ張られる音だけ響かせる。
そんなんどうでもいい。
急展開すぎて、頭が追いついてくれない。
そもそもの話、腹部の傷で下手に動いて怪我が広がったら———理屈をつけて自制していた結愛たちだ。
「度を越した限界は身体に悪いです。智様には急でしかないでしょうけど、わたしたちからすれば既に抑えきれない状態なのですよ」
「初めてを過ごした。って言った時のこと、覚えてる?」
「忘れられるはずがないよ」
はっきり覚えている。
忘れるはずがない。
あの結愛が、初めて俺にマジギレした日だからだ。
脳裏に焼き付いていると言ってもいい。
恋愛の経過観察ってかこつけて放課後、カフェに呼び出された。
いつもの貸し切り状態。控えているのは美晴さんのみ。
嫁の座予約云々していた彼女は、いつも通り俺をからかうつもりで「童貞せんぱーい」なんてメスガキムーブでバカにしてきた。
穏やかなひと時を過ごせそうだったが、俺の一言。「昨日卒業したぞ!」であっけなく霧散。
しばらくボーっとしてた結愛だが「夢じゃなかったのね、あれは」と呟き、初めて見る表情を披露してこう言い放っていた。
「私があなたの恋愛を黙認しているのは経験のためよ。後に私以外ありえないと思わせるため情緒めちゃくちゃにして私しかないと思わせるための高度のモラハラと言っていいわ」
「でも、私の血筋の問題かしらね。初めても最後も私じゃないと気が済まないのよ。なのに他の女とセックスした? ふざけないでよ。許すわけがないでしょ?」
胸の心臓近くに拳銃を宛がいながら彼女は淡々と狂気に似た気持ちを綴っていく。
「怖い思いなんて死んでもさせたくないけど、これだけは別問題ね。正直このまま引き金引いてから手当てして軽いトラウマでも植え込みたいのは山々だけれど……そんなことしたら私が私を許せない」
「今回は特別に許すわ。けれど、もしこの先、私以外とキス以上の粘膜接触をするものなら……」
パーンと、引き金を引き、俺の真後ろにあった花瓶を当てて見せた。
「新品に変えておきなさい。後、店長には詫びとして小金を」
「かしこまりました」
「ゆ、結愛……」
「怖い思いさせてごめんなさい」
ペコっと、九十度の綺麗なお辞儀をされた。
「重い女だって思っても仕方がないわ、その通りだもの」
「ヤキモチの焼き方が狂ってるっていう自覚もあるの」
「でも、悔しくて仕方がなかったのよ……」
「明日、また連絡するわね。彼女に言い訳してきなさい」
殺すつもりがないと言っても銃口を向けられたのだ。
しかし、困惑してたけど不思議と怖くなかった。
当時の情景に懐かしいなと思うのは俺もだいぶ狂ってるってことだろうか。
否定はできない、か。
結愛によって情緒がめちゃくちゃにされたのも事実だ。
当時の情景に思いを馳せていたら当の本人はいつの間にか服を脱ぎ終わらせていた。
一糸まとわぬ純白の肌。
それに反して紅潮していく頬。
わざと残したストッキングがあざとい。
目を奪われるとはこのことか。
視線が外せない。
このままじゃいけないと身体の内側から鳴る警鐘に従ってとりあえず口を開いた。
「いやーまさか銃当てられるとは思わなかったなー」
「今後ないから安心しなさいさと君。言いたいのはそれじゃないってわかってるでしょ?」
「うっ」
「誤魔化さないの」
「レナ様……元カノの中、唯一あなたとまぐわったメスがやってくるのですよ? その前になんとしても済まさないわけには参りません」
「初めてやった女の上書きをする……本来は初めての女性である私を身体が求めるように仕組むつもりだったけれどね」
「だから浮気させたのか、なるほど」
何となくなにかしら企みがあるはずと踏んでたものがそこに繋がるか。
「たぶんだけれど意図は理解しきれてないわ。まあ、今そういうのはどうでもいいの」
「初めての女がやってくるのに嫁と彼女は未経験のままなのはありえないわ。魚が空飛ぶ発言くらい論外の極みよ」
「あの時もやきもちでどうにかなりそうだったものですけどね、ふふっ」
そうか。美晴さんはずっと前から俺が好きだって言っていた。
だから当時の美晴さんも何も言わず黙って睨んでたのか。
当時を思い出したらしき美晴さんの目がなにかの炎に揺れているように見える。
「もう少し智様の体調に気を遣って、ゆっくり進めるか智様にされるがまま初めてを体験しようとお嬢様と約束しておりましたが」
「そう言っていられなくなったわ。あの女が来るまでたっぷりと、楽しみましょう……」
美晴も脱ぎなさいとの結愛の指令に、いつの間にか着替えたであろうメイド服を脱ぎ捨てる。
改造メイド服で着脱が便利なのか?
よそ見はさせないと言わんばかりに、俺の顔は結愛の両手に掴まれてクイっと強制的にその身体へ向けられる。
「素敵なひと時を堪能しましょう。この命が尽きるその先の未来でも、愛しているわ。私の旦那様」
「お嬢様同様でございます。お慕い申し上げます、わたしのたった一人の彼氏様」
いつの間にか覆いかぶさる結愛と、俺にキスしてくる美晴さん。
唇を離して二人を交互にみやる。
二人とも昼を彷彿させるぎらついた目つきではない。
ただそれは、今まで見たことない目つきだった。
発情したような、それでいてなにか強い衝動に突き動かされているような。
瞳の奥底で揺蕩うほの暗い炎に突き動かされたように、舌なめずりをする二人はあまりにも官能的で、目が離せない。
「「それでは、いただきまーす」」
今までマンガなどで見るたびバカにしまくってた描写の一つである雰囲気がどうこういうやつ。
侮れない。実際身にふりかかってみないとわかんないもんだなって今になって、初めて気づかされた。
寝室を支配する情欲をそそるいやらしい雰囲気。
「さと、君……」
「智、様……!」
リズミカルに響く肌同士ぶつかり合う音と、三人の体重によりギシっと軋むベットの音、時折室内に響き渡る甘く蕩けた嬌声を耳に、夜は更けていった。
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