第13話 現代の影分身に負かされた

「で、ここからが本題だけど」

雰囲気も十分ほぐれたタイミングを見計らい、わざと本題に関係あるものに触れて出しやすくする。

ここまでする必要なんて本来どこにもない。

しかし、俺が刺されたことに関して結愛はかなり鋭敏になっている。

それを知らない美愛さんではないため、今回はあえてこういう回りくどいことになっているのだろう。

もちろん、それに気づけない結愛でないため、続きを促した。

「美晴が仕込んでた元さとしくんの自炊部屋の監視カメラに……」

「おい」

初手から脳破壊案件キタコレ。

「何かしら? ごめんなさい、ツッコミは後にして頂戴。なんなら直接ツッコんでも……」

「母親の前で下ネタはいけません!」

さっきまで場を満たす威厳はどこへやら、おば、お母さんがわたわたし始めた。

そういえば、お母さんってそっち系の免疫皆無だっけ?

どうやっておじさん堕とせたんだろう。

「お母様ってこう見えてすごい肉食系なのよ」

「なんで俺の疑問がわかるんだよ、エスパーか?」

「あなた限定、ね」

「昭和の決めセリフ乙w」

「むっ。今のでときめいて『結愛を俺にください!』ってならないー?」

「なんないし、むしろ直前のつよつよワードに帳消しにされたまであるぞ」

「つよつよワード実際口にしちゃう?ww」

「レインでBIGLOVEって毎日送ってくるやつに言われたくない」

「わ、わたしもこういうネタについて行けるようになったら嫁に昇格できるのでしょうか……」

「直接、うっ……」

誘いから煽り合いに進化する醜いいちゃつきにツッコんでくれるメンバーがこの場にいないって忘れかけてた。

美晴さんは未だ俯いたまま謎の沼にはまろうとしているし、お母さんは何か想像したのか顔がゆでたこみたいになってる。

「で、俺の元自炊部屋がどうかしました?」

正直、監視カメラの件が気になって仕方ないけど話を進めるためには我慢するしかない。

後で絶対聞く。

俺の一言でグロッギー状態から解かされた美愛さんが俺の頭撫でを開始。

優しい手つきに不似合いの威厳を帯びる口調で静かに語り出した。

「この子が刺された当日の映像から特定しようとしたんだけど」

「けど?」

「人物が特定出来なかったの」

「あの女、さと君の腹部に包丁差し込んだままにして逃げたって聞いたけど、そこからは何も得られなかったのね」

「ええ、指紋や髪の毛ひとつ出てなかったわ」

「部屋から髪の毛一本も出てなかったの?」

「それっぽいのは見つかったけど……検査結果、カツラの物だったのよ」

「とおりで映像って言葉が真っ先に出るわけか」

「なぜ引っかからないか説明していただけるでしょうか? 旦那様は警察のかなりの高位の職についてらっしゃるので、こういう人物調査? などはむしろお手のモノだったんじゃ……」

結愛のお父さん、健次郎さんは警察のかなり偉い人である。

この人にも美愛さんと同じく親身になってもらっているので、手を抜いたなどでは決してないだろう。

「今回はケンちゃんもムキになって調べつくしているはずよ。でも問題がひとつあってね?」

「なんです?」

「似顔が多すぎるのよ」

「あ~」

「名前で調べたらヒットするでしょ?」

「同じ名前の人は何千何万人引っかかるわ。けれどそれが登録されてない偽名の場合、手の施しようがないのよ」

“若かった頃、これやってたらぼろ儲けだったのにー”とぼやく美愛さん。

ブラックジョークだからツッコんだら即アウトだ、歯がゆすぎ!

でもまぁ、納得いかないものでもない。

「実際、当時の理恵は手袋した上に黒基調の地雷系ファッションにマスクまで付けていた。髪の毛もいつもと少し違和感があったけど、あれ染めたんじゃなくてカツラだったのか」

「だからまず顔面から特定はハナからアウト。残りは髪の毛とかから辿るかアカウントから辿るかだったんだけど」

「ガチ恋もサイバーレッカーにも身元割れなかったから情報が皆無に近い。ね」

「智様が刺さる数日前からアカウントが忽然と消えておりましたので、配信チャンネルから辿るのもきつかったと」

「だから連日“デートするから部屋来て”ってレインで駄々こねてたのか」

「一番怖いのはこの“智君を殺しかけた一連の行動すべて偶発的なもの”ってところよ」

「ハーレム計画に気づいてる様子はなかった。なんなら結愛の存在すら知らない説までありえる」

「智様のおっしゃる通りかと。現にわたしですらすれ違ったあの一瞬が最初で最後の出会いでした」

「普通ね、こういう殺人未遂って身内か友達、または知人の知人から通報が入るものでしょ? そういうのってなかったの?」

「一通もナシよ」

「まぁ世の中、そんな好都合な正義のヒーロー展開って中々ないからな」

そうね。と、この場にいる全員が頷く。

クライアントだったり所属会社、あるいはコラボが多いとなると状況は180度変わってたかもしれないけど、所詮はたらればだ。

量産系って最近言われてるくらい似通ってる顔が多い地雷系ファッション。

そこにマスクのコンビまで合わせると、誰が誰かわかんない。

完璧な影分身だ。

おまけに前世。いわゆる“現在のアバターと活動名にその前から使っていた活動名やアバターがあった状態”を持ち合わせていない個人勢のVTUBERだと特定は難航を極める。

レッカーにもネットの民にも悟られず、中身を知っているのは俺一人。

だがそれすらもマンガでいう仮の姿の状態。

万策尽き、か。

「こんな情けない報告のためにやってきたの。ごめんなさい」

膝枕したまま、美愛さんがぎゅっと上から抱きしめてくれる。

心から申し訳なさを滲ませた謝罪に、場の空気が沈んでいく。

しかしそれは、美愛さんの次の一言で綺麗に吹っ飛んでいった。

「けど安心してー。うちの子たちが血眼になってあの女探してるから♪」

あ、これ見つけ出したらやばい事になるパターンだ。

「法律触れたらおじさんにめっちゃ怒られるんじゃ……」

「むしろ今回はケンちゃんが使えって言ったのー。“将来の息子さしたやつは万死に値する”ってキレてたのよ? あ、その辺りのカッコいいケンちゃんの話いる? あれはねーさとしちゃんが刺されたって結愛から電話が終わった直後だったんだけど」

「お母様それいらない」

「奥様、その、もう結構ですので」

「おばさんやめてマジで」

「まだなにも言ってないわよ!?」

失礼な子たちね。と、年甲斐もなくぷんすかする美愛さん。

ギリ通じるくらい若く見えるから怖いな。

隙をついた結愛に上半身を掴まされて彼女の膝枕に移動される。

対する美愛さん、お母さんは世界滅亡を目の当たりにした勇者みたいな顔をしていて、美晴さんがそれを見てツボってる。

平和だなー。

「にしてもおばさんの……」

「お母さん♪」

「お、お母さんの社員たちが動くのは想像してなかった、です」

圧つっよ!?

どんだけ息子にしたかったのかよってぐらいの圧だった。

しれっとおばさん呼びに戻したら気づけないと思ってたけど通用しないかー。

負けた。

「なんで敬語なのかしらー。娘の旦那様は息子だし敬語抜きでいいって数年前から言ってるわー」

「そーそー。そこはめっちゃ同意―、家族だから肩の力ぬーく」

「激重承知の発言ですがわたしたちはもうか、家族ですので。遠慮はいらないかと」

しかもなんでこういう時に限ってシンパシー合うんだ。

「もう一回♪」

「お、おば」

「ふふっ」

「おか、おかーさんたちの部下が自ら動き出すって思わなかったよ」

「及第点ねー。みんなあなたが大好きだからね」

「ははっ」

そこは素直に嬉しい。

ヤクザの組長だけど、夫である健次郎おじさんのため、組は残しつつ合法的な手段で資金のやりくりを始めたらしい。

もともと女性が大半を占める珍しい組だったけど美愛さんが組長になってからは女性しか入会できなくなったらしく、多芸多才をさらに見せるようになった。

で、今は女性のボディーガードや化粧品を筆頭としていくつかの事業でかなり儲かっているらしい。

その組員たちに何故か気に入られている。

九重家の者でもない俺のために動いてくれるのは、ぶっちゃけ嬉しい。

「でも現状、何も進んではないものね」

「そこが問題よねー

情報が少なすぎるのも事実だ。

各々の立場から話し合ったものだから仰々しく聞こえるものの、まとめたら“俺を殺しかけた女にマジギレした九重家が家総出で探りを入れたが偶然の積み重ねによるお手上げ状態”になっちゃう。

言い方次第だって思うと笑えるものだな。

と、内心思っているとおそるおそる結愛が訊ねてきた。

「この際だから聞くけど」

「うん」

「トラウマになってるものとかないのかしら?」

トラウマね~。

「四発も刺されました。死の間際に立ってたと言い換えても過言ではありません」

「トラウマのひとつやふたつできても不思議ではないかと」

と言ってもなぁ。

ここ数日を振り返ってみる。

うーん。

「ないのに越したことはないわー。念のためね」

「トラウマと呼べるものかわかんないけどさ」

「ええ」

「地雷系の服装? と、VTUBERに苦手意識ができた」

「もう一緒にVは見れないねー。私に集中できるー」

「これから地雷系の服着た女性はなるべく近づけぬようにいたしますね」

“まずお嬢様の嫁はく奪から”とふざけだす美晴さんとさっそくやいのやいの言い合いになる結愛。

その光景を微笑ましそうに眺める美愛さんと、膝枕されたままの俺。

トラウマではなく軽い苦手意識、で合ってるかな。

「この話はおわり」とあっけなく霧散した真剣みを帯びていた雰囲気から推察した。

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