第5話 世のヤンデレの気持ちが理解できそうね

突飛すぎにもほどがあるんじゃないか!?

「俺の人生、急に葬式になってない?」

「……さすがにそれは傷つくけれど」

「や、冗談だろ?」

「ガチよ」

ネタかな?と思いボケてみたけど、どうやら本当らしい。

目が本気だ、というかさっきの余計な一言で目が死んでる。

「どっかの誰かさんが数年前、約束破って初めてを散らしたせいで私だけ捧げる形になったのはいいとして……」

「まだ根に持ってたのか。そりゅあ、俺が悪いっちゃ悪いけど……」

「……病院で何も言わなかったのはね、私なりの最後の配慮だったわ」

「……配慮?」

「元カノに殺されかけてわけもわからない状態に、自分の感情任せに動くメンタルアパレル女ではないわ」

「……ってこの前までこれを武器にしてたのけど、どうやら私のトリガーって浮気ではなかったらしいの」

「お前ってさぁ。デカい話する前に言葉が宙ぶらりんになるっつーか、余計わからなくなるんだよ」

「ハーレム計画は破棄よ」

「ひぇ」

「経験を元に幸せにしたいというあなたの言葉に感銘受けてたって前言ってたでしょ?」

「言ってたな」

こいつが将来の嫁席を予約してると公言できる自信の源であり、その上、俺が他の人と交際しても怒らない決定的な理由。

結愛と彼女の家族で企てたハーレム計画があるからだ。

告白のセリフが『色んな人と経験積んで最後に私と結婚してください』だっけ?

初恋の人に言う告白のセリフであってるか?って脳を疑ったけど、俺も当時は色々とイかれた返事に走ったもので。

その時言ってたのが彼女が今、口にした『経験を元にお前を幸せにしたい』である。

「お母様もそうやってお父様を手に入れたけど、どうやら私には荷が重すぎたみたいね」

ふぅっと皮肉気に微笑む結愛。

結愛の母親、美(み)愛(あ)さんはそれに成功したらしい。

わざと色んな女性と付き合わせつつバックアップにあたり、自分の魅力をも含めた全てを相手にさらけ出す寸法。

普通の日本人。いや、世界中九割の人は思い浮かべないはずのモラルを疑う方法だけど、効果はてきめんらしい。

現に美愛さんとその旦那さんは今もイチャイチャしすぎだと聞いている。

目の前で見せつけられたことも数回あったっけ。

「お母様は元ヤクザの組長だから。看過してた問題、相方の生存よ」

「無事が前提で立案らしいわ。まぁ、私もだけどね」

「予想はできる。けど、どうしても二次元じゃないしという思考に霞むからな」

「浮気ならともかくね」

そこで「その浮気も経験の一環という理屈で手伝った私もイカれてるけど」と付け加える結愛に、説明の続きを促す。

「殺されかけたって聞いた時もそうだけど、目の当たりにした時……血が逆流する気分だったわ」

「冷静に振る舞えたのは、美晴が泣きわめいたかと思いきや病院に私が付いた途端、血相変えて飛び出して行ったから。別に冷静じゃないのよ」

思い返してみれば手がかりはいくつかあった。

いつも俺好みのメイクや身だしなみに気を付けてるとアピールしている彼女は今、ラフすぎる格好にメイクも全くしてない。

刺されたあの日から俺の手を掴んで離してない。てか力加減がなってない。

説明を重ねるごとに強くなっている上、震えも増している。

「あなたのバイトを黙認してたのもそう。あなたの意志を尊重したいからであって、別に社会勉強になるーくだりの立派な理由ではないの」

自炊も同じ理由で黙認されてたのか。

「大学は卒業させてあげるけれど……自炊も含めたいくつかは諦めてちょうだい」

「私っていう人間は、大切な人なんて生涯一人で十分だけど、その人が傷つくのが死ぬより嫌な人種だわ」

「ここまでじゃなかったはずだけれど……あなたが今わの際を彷徨うことになって今までの反動がぶり返したみたいね」

「交際を目の当たりにしてたのがか?」

「それも含めてね。知らぬ間に蓄積されてたみたいよ」

「誤解されたくないから先に伝えておくけれど、拘束した理由ね。さと君に無理させないようにするためよ? 現にスマホも奪ってないでしょ?」

言われて初めて気がつく。

不自由を強いるための拘束だったら、それか洗脳の前触れみたいな類のやつの場合、携帯を奪っていたはずだ。

それに、結愛の喋り方はお嬢様口調のままだけどいつもの口調より幾分か柔らかい。

ところどころお嬢様口調が混じる時なんて狂気か言い知れぬ圧が滲み出てたけど、今はそれをまったく感じない。

「お嬢様、失礼いたします」

「話してる最中よ? 後にしなさい」

「だから伺いました。 入りますね」

「ち、これだから感のいいガキは……」

キイイ……と扉が開く音がしてしばらくして、美晴さんが入ってきた。

「おぉ……」

「はぁ……」

感激が声となって漏れる俺に、心の底から面白くないと言わんばかりの結愛のため息が室内を満たす。

「抜けだけは厳禁ってルールですよ。どう、ですか? 智様……」

恥ずかし気な表情のまま、くるっと回って見せる美晴さんは、いつのも正装ではなくメイド服を着ている。

しかもロングではなく俺好みのショートスカートの。

いわゆる改造メイド服ってやつか。

「拘束しておいてよかったと心の底から思ってるわ。世のヤンデレたちの心理がちょっぴりはわかったかもね」

「それ解いてください、わたしが襲われないじゃないですか!」

「なにデザート感覚で襲われようとしてるのよ!?」

「あれ? 言ってましたよ? わたし」

「デザートはわたしの……」

「さと君が本調子じゃないし、私からよ? さすがにこれだけは譲れないわ」

「お嬢様のケチ。寝てる智様にキスしまくりだったくせに」

「あ、あのね……! それデリカシー問題!」

「はっ!? 美晴さんのメイド服に見とれて思考飛んでた。今なんかすげーパワーワードなかったか?」

「ない……!」

「欲を抑えきれなかったお嬢様が視姦した挙句、智様に襲い掛かりました」

「捏造やめて! 普通に舌入れるディープキスしただけだから!」

「襲い掛かった辺りは否定できないのでは?」

「それは……! その、でも! ヤってないから問題ないー! さと君の体調にはしっかり気を遣う女ですー! よって私無罪放免ー!」

「などと犯人は都合のいい口述だけ述べる最中であり……」

「いやー倒れた人に無理矢理キスはアウトですね! 意識もないのにファーストキス奪われるとか、被害者が可哀そうなんですよー」

いつものお嬢様っぽくない気だるそうに伸びた口調の結愛と、そんな彼女をダシにしてふざける美晴さん。

さっきまでの重苦しい雰囲気からガラリと変わり、三人でお茶会する時みたいな空間が成り立っている。

だから俺もおふざけ全開でノってみた。

だが……。

「非童貞はお黙りなさい? 回復次第犯す。絶対」

「医者曰く、今日回復に全力を注げば早ければ明日、遅くとも明後日からは日常生活が難なく送れると先ほど連絡をお受けいたしました。ファーストキスはお嬢様が先でしたけど、初めてはわたしからでお願いしますね?」

うふふっと微笑みを浮かばせる美晴さんと、不敵な笑みを張り付けた結愛。

「あれ? ノリ戻ったんじゃなかった?」

「わたしのメイド服が水に流れてしまいましたので興が覚めました。これからは全力で……」

「そういえば言い忘れたけど」

「お嬢様。決意表明ぐらい……!」

「“それ”説明なしのままじゃ、土台にすら立てないよー? いいの?」

「うぐっ……」

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