第4話 人生の墓場宣言

SPさんに運ばれて車に乗り、見たことないマンションに着く。

歩けない状態の俺を今度は結愛が抱き上げ、エントランスをくぐり抜けてエレベーターに乗りこむ。

「何階だ?」

「26押して」

「たっか」

抱きかけられたまま26って書かれたボタンを押す。

「こういうとこ一回住んでみたかった」

「言ってたねー」

「え、覚えてた? 明日のカリキュラムわかんないやつが?」

「さと君と話せる口実一個でも増やそうとする乙女心、どうよ?」

「粘着質の言い間違えじゃね?」

「粘着質は言い過ぎー。どちらかというと私、ヤンデレだけど」

「自分で言うやつ初めて見るわ。刺されるのはもう勘弁したい」

眉がびくつき、急に静寂の帳がエレベータ中を支配する。

やべ、滑った?

ピンポーン。

「下りるよ」

「あ、ああ」

エレベーターから降り、数個ある扉を通り過ぎ2609と書かれた部屋へ。

「ドアノブに親指当ててみて」

「は?」

「いいから」

首を傾げつつ言いつけ通り親指をあてがう。

すると……。

【ピローン】という音が鳴り、ドアノブを捻ると扉が開いた。

「すっげー……」

「これが最先端技術というわけよ」

ふふーっと自慢げな語気で説明した結愛に抱き上げられてるまま室内へ。

「お帰りなさい。お嬢様」

「うん、ただいま」

「お疲れ様です、美晴さん」

「智様……!」

「近い近い! てか下ろせ!」

「歩けないよ?」

「や、靴脱がないと入れないだろ」

「あなたの靴なら別の子が持ってくるはずだけど?」

「……はっ、だから裸足のままだったのか」

「まぁ、私も靴脱がなきゃだし……倒れないでね?」

「心配ない、倒れない」

「はぁ……」とため息をこぼして玄関に両足をつかせてくれた。

普通に立ってる。

後処置がしっかり行われたみたいだ。

「ほらな! しっかり立ってる……」

だろ? という言葉は続かなかった。

思い通り動いてくれず、身体がよろめいた。

これ以上心配かけたくない一心の行動。

それを汲み取って美晴さんに任せたりせず、しっかり注意しつつ立てるならとしたのだろう。

意図はよかった。とは、まさにこのこと。

一歩、歩みだそうとしてわけもわからず倒れる俺を美晴さんが抱き留めてくれた。

「あれだけ血を流して丸一日寝たきりから目覚めて何も食べてないままじゃ、すぐこうなっちゃうのよ」

「わかっ……」

「智様……」

「わかってないのよ……あなたは昔も今も、自分を顧みなさすぎなの」

「寝室に運んで休ませなさい。監禁するわ」

「かしこまりました、お嬢様」

「な……」

何言ってんの?

という疑問は言葉にすらなることなかった。

大量出血は相当な負担になってたらしい。

抱きかかえられた美晴さんの腕の中でプツンと意識が落ちた。

・・・

「はっ!?」

ここはどこ? 俺は……宇別智だな。うん。

「目覚めたー?」

ヤッホーと、いつものバカテンションのままの結愛がそこにいた。

「ばっちりな」

体調はわからんけど。

枕元に置かれていた携帯を取っていつもの連絡事項やらレインに次々目を通していく。

全国民が愛用してやまないメールアプリを開くと、休学承認のお知らせという文字が最上に届いていた。

「なぁ、結愛」

「どったん? さと君」

「てかスマホは持てるね。さすが現代人、スマホの奴隷かー!」

「お前もだろうが現役女子大生!」

「や、私わりと使わないよ? さと君と連絡するためにレインやらなにやら入れてるけど」

基本電話メインだしーと付け出す結愛。

今まで付き合ってきた女性の半分以上はスマホの奴隷(具体的にはイニストなどSNSの奴隷)だったし、女子大生=スマホの奴隷って認識しか持ってないところは否定できない。

しかしこいつの場合、昔から異常なまでに使わない。

SNS垢も俺のサポートのためとかなんとかで作ったって言った気がする。

要は彼女の言う通りってことだ。

「卑怯すぎるだろ真実で真っ向勝負は」

「こう見えてさと君オンリーな女なんでー」

にんまりとした似つかわしくない微笑みを披露する。

かわいくねー。

「そーだ。さと君、お腹すいてない?」

「言われてみれば……」

クォォオって地割れでも始まったみたいな音が腹から鳴り響いく。

アハハって声に出してツボってるやつが目の前にいた。

「めっちゃ……くふっ、減ったみたいねー。美晴?」

「はい、お嬢様。あ……」

「豪勢な食事を用意しなさい。さと君好みのやつ厳選して……ね?」

「言われなくてもわかっております! すぐお持ちいたします」

一瞬、目を合わせたら目元潤んでたけどなんでだろう?

それにだ。

いつもの凛とした雰囲気と恭しい振る舞いが特徴の美晴さんが、刺された俺を見つけたあの時のような余裕のない表情だった。

「なあ」

「先に釘刺しておくけど」

「うん?」

「自分でごはん食べるなんて言ったら殺すわよ?」

「ヒェ」

「丸二日寝込んでたの。美晴ってほら、案外心配性だからあなたが起きてグッときただけ、心配しなくていいわ」

「そ、そうだったのか。ところで結愛さん?」

「なに?」

「休学承認って書かれたメール届いてますけど」

「刺されてる好きな人を、恋人を、旦那を、外に出させるほど頭のネジ締めてない女に見えるかしら?」

「でもなぁ……」

「ちなみにバイトもやめさせたから」

「は?」

二日(寝てたらしい)で大学休まされた上に無職になりました。

そういえば、意識が途切れる前に監禁がどうとか言ってた気がする。

昔から隙あらば「監禁かくてーい」って口癖みたいに言ってたし、今回もてっきり冗談か、あるいは激怒による一過性にすぎない発言とみなしてたけどマジだったのか。

コンコン。

「お嬢様―、食事ができましたのでお運びいたしました」

「早いわね。もう少し時間かけて欲しかったかも」

「智様の栄養が第一ですよ。お嬢様でもさすがにその発言はいかがなものかと」

近くにあった物置の上に食事の乗せたトレイを雑に置きつつ、結愛にツッコミを入れる美晴さん。

接点がなかったわけではないけど、ここまで感情的な姿を見せるのは初めてだ。

「珍しいでしょー。美晴の感情的な姿」

「めっちゃ新鮮すぎ。惚れそう」

「な!?」

「ごはん食べた後でしたら……その、よろしくお、お願いします……」

「はーいぃ正妻の前でじゃれつかなーい。まずは食事でしょ?」

ぶっ殺すわよ?と、明らかに不機嫌オーラ出しまくりでごはんを掬う結愛。

「メニューは何? おかゆとかなの?」

「本日のコースメニューについてですが、最後にはせんえつながらこの美晴を……」

「さと君の好きすぎて無理寄りのありな肉々しいメニューだねー。肉じゃがでしょ? スーヴィッド調理のミディアムレアのステーキでしょ?」

「智様の体調も視野に入れて、肉うどんをメインに色々工夫してお作りいたしました」

「そそ、最後にはねー。私とのあまーいひと時もついています。ささ、遠慮せずとりあえずお口開けてー」

「いや、自力で……」

「せんえつながら自力で食べるなどおっしゃられるとこの美晴、何をしでかすかわかりません」

「看病されなさい。あーん!」

「むぐっ!?」

有無を言わさず、スプーンを口の中に突っ込んでくる結愛。

殺す気か!ってツッコミたい気はやまやまだが、身体が頭の命令に背き咀嚼し始めた。

「んまっ」

「でしょー? どんどん食べさせてあげるね」

「お嬢様ずる過ぎます! 次はわたしが食べさせたいので変わってください。というか代わります!」

「むっ!?」

「ちょっと!?」

また有無を言わさず強引に突っ込まれた……。

今度はさっき言ってた肉うどんとスーヴィット? 調理のステーキか?

もっちりしすぎず絶妙な茹で加減のうどんと噛んだ瞬間、肉汁を口いっぱい噴射し溶けて消える肉のアンバランスマッチ。

合ってるようで合ってない不協和音が返って極上のひと時を招いた。

「っめぇ……。やべ、語彙力溶けちゃう」

「よかった」

「口にあってるようで何よりです」

「次はサラダにしましょう。トリュフオイルをベースで作りましたので高尚な味わいが特徴です」

「あーん、もぐもぐ」

本当だ、今まで味わったことない独特な味付けになってる。

癖はあるけどこれはこれでいけるな。

苦手な人は百面相作りそうだけど。

「合わないものがありましたら何なりとお申し付けください」

「ちょっと変わりなさい! 今度は私が食べさせるわ!」

「むぐっ!」

我先にとしばらく結愛の持つ箸と美晴さんのスプーンの攻防戦が続くバトル物みたいな食事が続く。

病人にこんな重いもん食わせて平気かって?

答えはイエスだ。むしろ身体が弱りきった時、おかゆなんか出されたらガン萎えで返って食欲が死ぬ結果につながる。

今の俺は刺された後で、鉄分やたんぱく質が優先されると判断したからこそ美晴さんが肉メインで振舞ってくれたのだろう。

「ごちそうさま」

「お粗末様でした」

「よく食べてえらーいえらいー」

よしよしされた、年下に。

いつもの触んなおらー! と抵抗する振りをしようとした途端、手首に何か巻き付けられていることに気づく。

これは……。

「手錠……?」

「では食事も済ませたし、本題に移りますか。美晴」

「はい」

「食器をお下げいたします」と口にして、美晴さんはそのまま部屋を後にする。

どういう方針が立ったのか。これから結愛が説明してくれるのだろう。

「大前提の話からするわ。今日から私とあなたは夫婦よ」

「は?」

フウフ?

突飛すぎにもほどがあるんじゃないか!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る