第3話 メインヒロインが病んだ
「ええ。———よ」
「わか———」
声が聞こえる。
絶対零度をも下回る寒気をはらんだ語気に狂気すら滲み出る。
「うっ……」
朦朧とする意識を覚醒させたのは言の葉の雰囲気でも心地よすぎるベットでもない。
「ってぇ」
痛みによるものでした。
これ配信でネタにしたら慰め会という名の赤スパ案件じゃないか?
「さと君?」
狂気をはらんだ声に心配の影が差し込む響きへと変わり、こちらへと近づいてくる。
「……なんだ。結愛か」
「私がわかるかしら?」
「……そこには知らない天井と、慈愛の眼差しで見下ろすかっぱの顔。俺は今、異世界転生を果たしたのかもしれない」
「かっぱにメスなんて存在しないわよ?」
「うっそ?」
性別なしで子孫残して来たのか……。
「それどころじゃない。茶化さないでもらえるかしら?」
「はい……ってうぉっ!?」
心配げな表情とマッチしないとこか虚ろな眼差しで俺の上着をめくる結愛。
無理矢理脱がされたが一番しっくりくる表現だろうか。
パシャリ。
「……?」
「これ見て」
上半身裸のままの写メを撮られてさらに見せつけられた。
新手のは〇撮りか?
「婿にいけなくなった」
「ふざけてないで画面見なさい」
「後、私が貰うから安心して?」
「はいっ……」と答えて指示通り画面に瞳を向けると、結愛が説明し始めた。
「あなた4発刺されたの」
「元カノだった女ね、殺す覚悟で全力で刺したらしいわ。別れた腹いせってところね」
「へー。結婚してとか言ってきたんだぞ?」
「本気にしてるのかしら? 脅すだけならかすり傷作るあたりで止めたでしょうね。または他の手を使ったでしょう」
「けれどあのメンヘラは止めなかった、むしろ刺し続けた。あなたを殺すと言ってるようなものでしょ?」
「まぁ……」
「幸いあなたが抵抗してくれたおかげで急所は外れて、傷口の裁縫と血液供給だけで済んだ」
ちなみに提供者は私。と後付けする結愛。
「ガチの瀕死案件だったのか」
「状況的にはね。心象はわからないけど許すつもりは毛頭ないわ」
吐き捨て、傷口にそっと手を添えてきた。
「いっ……!?」
「痛むよね。私はそれの何千倍心が痛いのかわかる?」
「急に……っ!? ヘラってんな」
「ふざけたから監禁ね」
「萌え系ヒロインみたいにわたわたしたり、清楚系ヒロインみたいにポツリと涙流すと思ったわ。でも、リアルなんて全く真逆」
「あなたの応急処置が最優先、次はあのメンヘラをあぶり出すためお母様に連絡したわ。付きっきりで私が看護しつつお父様に状況説明してたところに目が覚めたのよ」
「いつもありがとうな。迷惑かけてすまん」
自然とこぼれ落ちるお礼&感謝の言葉。
……今さらっと監禁って口にしてなかった?
ギシっと、マットレスが沈む音が無機質な病室に響き渡る。
俺を見下ろすだけだった結愛は、いつの間にか腹部辺りにまたがり、細い指先で俺の胸元でのの字を書きながた続きを紡いだ。
「むしろ美晴がパニクってくれたおかげかしらね」
「美晴さんが? そういえば見当たらないけど」
「あの子は組員連れてあのメンヘラ探しに行ってるのよ」
「マジで?」
どうりで結愛しかいないわけか。
どこの病院に運ばれたのか知らないけど、結愛が金持ちパワーでまるっと貸し切ったのだろう。
けど、結愛をほっといて探しに行くなんて仕事的に大丈夫なのだろうか。
「あの子の本来の仕事はあなたのサポートと監視よ? 私に報告するのが仕事だわ」
「初耳やねん。お前のサポートじゃなかったのか?」
パワーワード続出で脳がバグりそうだ。
正直、刺されるのは想定外だった。
腹部はまだ痛む上、身体に力が入らないものの、それよりもだ。
さっきから空気が重すぎる上に、結愛自身気づいてないだろうけど感情を揺さぶられるとお嬢様口調になる。
いつもの感情豊かな眼差しではなく、どこか虚ろな目のまま。
心配かけすぎたかな、今回は。
こういう病んでる顔も似合うけど、いつもバカやってる顔の方が好きだ。
体調は最悪だけど彼女のため人肌脱ぎますかー!
「いやー風穴空くって風のうわさはほんとだったんだー」
ペチっ。
「いっ……!?」
「ふざけんなって言ったわね?」
「おまっ!?」
患部を叩くやついるか!?
「……状況説明だけだったのは私なりの最後の配慮だったけれどね、気が変ったわ」
「結愛?」
「目を覚ましたら退院するよう、手続きは済ませてあるわ。帰りましょう」
そう言い放ち、取り急ぎ用意したであろう綺麗な上着を甲斐甲斐しく着せ終える、パチンと指を鳴らす。
すると、SPさん数人が入って来て俺を担ぎ上げた。
……というのは言葉の綾で、お姫様抱っこされた。
残り数人は俺たちを守るよう守りに陣取る。
「結愛?」
「帰りましょう。続きはそこで……ね」
「どこに?」
「私達(わたしたち)の家(うち)よ」
「車を出してちょうだい。新居へ」
「かしこまりました、結愛お嬢様」
聞きたいのは山ほどあった。しかしその有無を言わさぬ圧力に負け、ごくっと頭を立てに振るしかなかった。
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