第2話 メンヘラ狂騒曲

「今日楽しかった! 明日迎えに行くからー!」

「来るなアホ!」

「また明日ねー!」

「じゃあな!!」

拒否る言葉を投げているものの、彼女が見えなくなるまでその場で見送る。

「アメーバより単純かよ」

多少変わった自己嫌悪がポツンと口からこぼれ落ちた。

慰め会という名目で開かれた今日の二人だけのパーティーはいつもの延長線上のもので。

カラオケで“お前に恋なんかした自分がアホだった”がテーマの曲を何故か連続で10曲歌わされたり、好きなボールを誰が多く入れられるかを競い合うルール改変ビリヤードを強いられたり。

黒ボールから入れたときは「頭バグった?」と脊髄反射でディスったり、2個同時に俺がボール入れた時は「ボールでハーレム王目指すなキチガイ」って罵られたり。

脳みそ経由してないとしか思えない言葉が飛び交うものの、お互い終始笑顔が絶えない楽しい1日だった。

「明日は待ち伏せされるのかー。ストーカーこっわ~」

マンションの共用スペースをくぐり抜け、523号と書かれてる家のドアに鍵を刺しつつ、ひとりごちる。

自分でも驚くほど明るい声になっていた。

「ただいまー」

反射的に吐いた言葉さえ、ここ数か月の中で一番明るいんじゃないかってくらいだ。

そりゃそうか。

数か月ぶりの室外デートだ。

暗い室内に閉じこもってゲーム三昧で、気が付いたら彼女とは名ばかりの荷物の世話係を強いるやつとはわけが違う。

明日は昼飯くらい奢ってやるかー。

玄関で靴を脱いで早速1LDKのダイニングに進み、電気を入れる。

「……お帰りなさい」

「……おゎっ!?」

驚きのあまり一拍遅めに悲鳴を上げ、尻もちついてしまう。

だってそうだろ?

別れたばかりの元カノが自分の家に包丁を片手に正座してたら誰でも驚くだろう。

現に俺は某Vtuberのホラゲー実況並みに驚いている。てかこれこそ台パン案件だろうが。

「……どういう用件でここに来たのかよ。もう他人だろ俺たちは」

「あたしね、気づいちゃったの」

「……何に?」

「あれから部屋でずっと考えてたんだ」

「別れた原因についてか?」

「ううん、あたしたちの明るい未来について」

相手のルックス、身に纏うオーラ―や仕草、顔色なんかでだいたいは予測がつく。

いつもの黒を基調とした地雷系ファッションにストレートに黒いマスクをつけており、虚ろだけど凛とした矛盾した眼差し、脅迫半分いたずら半分でよく見かけた包丁。

そこから導き出される答えはひとつしかない。

なるほど。

復縁迫りに来たのか。

嫌な予感。いわゆる第六感? みたいなやつに目覚めてついに百合の花園が開けるかと思ったけどなぁ……。

「ちょっと聞いてる?」

カンカン。と、包丁で床を叩き威嚇の念を発する理恵。

「聞いてるきーてる。かっかするな」

「あたしね、間違ってたの」

「やっと認めるのか。よかった過ちを認められる人間に成長したな」

今回の恋愛に感情が入ってなかったわけではない。

だからだろう。ついうんうんと頷いて嬉しくなっている。

「あたしも反省だってするし成長だってするの。だからこれからも特等席で見守れる権利を、あんたにあげたいの」

「プロポーズで合ってるから」とつけ出す理恵。

「理恵が成長して行くのは楽しみではあるけどな、復縁する気はこれっぽっちもないよ」

当然、断りの文字が口からすらっと並べ立てられる。

愛情なんかとっくに冷めたんだ。

ホームから走り出す終電が戻ってくることはない。

「そう。なら……」

「……は、?」

腹部の方から人体で鳴ってはいけない音が鼓膜を叩くと、一拍遅れでじわじわと広がる異物感。

彼女の手にあった包丁の刃先が、腹部を貫いているのが視認できた途端に激痛が襲う。

「けっ!」

「こん!」

「し!」

「よ!」

音頭に合わせ降り注ぐ包丁の雨。

「……ってぇ……」

こういう時、マンガの主人公なんてほんとすごいなと場違いなことを思ってしまう。

それなりに身体は鍛えてるけど、立ち向かうどころか一発避けるので精一杯だった。

ドンっ!

『激しい身体の衝突を確認。緊急連絡を発信します』

いってぇ。

バランスを崩して転倒しちまったか。

「ウォッチの緊急連絡?! そんなもの早く外しなさい! まだ返事貰ってないでしょ!」

「くそ……まがぁっ」

『ピーンポーン』

「智様? 私です、お嬢様のSPの美晴です。緊急連絡が届きましたので参りました」

「チッ」

「次まで返事、用意しときなさいよね!? じゃないと、あたしなにするかわかんないの」

「……っ!?」

呪詛に似たセリフを吐き出した理恵は、外で俺の名前を連呼している部外者の登場に分の悪さを感じたのか、そのまま逃げるかと思いきや、血まみれの腹部に包丁を差し込み、逃げていく。

「ク……ソ」

黒物の地雷系にしたのはこれのためか。

俺を刺して証拠は残せないための……。

どたどたと慌ただしい足音は、ゆっくりとしたものに入れ替わった。

SPさん、美晴さんがすれ違い様に入ってきたのか……。

「先ほど大慌てで出て行った地雷系?の女性は……って!?」

「よ……ぉ」

「智様!!!!!!」

大慌てで駆けつけてくるSPさんに驚いたけど、反応できるほどの気力が振り絞れない。

「わりぃー。聖剣の、ごほっ!? 土台だ……」

「喋らないで! とりあえずお嬢様に……」

「ツッコミ無し……。傷は……浅いぞ? 慌ぇ……な」

「喋らないふざけない! もしもし、智様が……! 場所は……って智様? 智様!!!!!!」

なんか必死で連絡回してる……。

声も途切れ途切れか。意識が、遠の……。


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