第6話 良く考えれば日本でも山とかに入った事がない俺が採集クエストなんてできるわけがない・後編

 現実的に、冒険者になった場合。なんのスキルもなければユニオンという組合や冒険者の団体の丁稚奉公みたいな事をしてピンハネされた報酬を貰いながら実績を上げていかなければならないだろう。

 それなんて罰ゲームだよ。二度と帰れない炭鉱やマグロ漁船に乗せられた気持ちだ。

 何度も言おう。日本という国は恵まれている。

 故にクソニート共がジュニアからシニアまでいるわけだが、異世界生活特措法に選ばればた場合。


 ……完全に姥捨山と言えるだろう。だってそうだろ? 異世界送りにする連中はチートをくれる女神や天の意思でもない。行政、お役所仕事の人達だ。連中は国民がどうなろうと関係ないのである。

 この異世界で生きていく事に関して準備はさせられたが、具体的にどうやって生きていくかまではレクチャーされていないのだ。

 まぁ、よく考えると日本はそういう教育をなされているかもしれない。学校の教師は夢物語ばかり語る癖に大学も二年生を終える頃には突然就職活動をしろと言うのだ。

 だからこそ、なるようになるのかもしれない。いや、やっぱりアメリカ人とかの方が上手くやっていけるんじゃないか?

 あいつら新しい仕事を考えつくのうまそうだし、住めば都精神あるし……ノマドの聖地だし……

 知らんけど。


「ご主人、まだ起きているのか? 眠れないなら僕が交尾の相手をしてやろうか?」

 

 さて、性処理をすれば落ち着いて寝やすくなるとは聞いた事がある。

 しかし、ガルンは見た感じクソガキである。俺の仲間という事になっているし、パーティーの男女がずっと一緒にいればそういう事もあるだろうが、しかし俺は日本国民として超えてはいけない一線というものにはうるさい。

 

「眠れないわけじゃないよ。俺は元々ショートスリーパーなんだよ。この世界でどうやって仕事をしていくのか、明日の材料集めはもちろんだけど、その後の事とかも考えているんだよ。ガルンは戦闘をメインで頑張ってくれればいいよ。だから頭を使う部分は俺だな。世の中役割って物があるんだよ。色々準備が必要だし、その準備の為の資金繰りとかな。元々個人事業主だったのが、突然オフィスもない状態で会社を作る事になったんだ。できる限りのリスクに対して対策を持つ練習にもなるんだよ」

 

 俺のありがたい言葉をミリも理解していないガルンだが、うんうんと頷く。


「ご主人はなんでも知っている賢者のようなのだ! ボクはご主人の言う通りに従うのだ。ご主人はいずれこの地域を支配する魔王になってほしいとボクは思っているのだぞ! そうなればここにいる人間どもをみんな滅ぼして美味しいものを食べ放題なのだ!」


 うん、こいつ本当の馬鹿だな。

 人間がこの街にいる連中だけで全員だとか思ってるのか? 思ってそうだな。


「その為に何故かという食べ物をご主人は作らなければならないんだろ? ボクに背中を任せてご主人はそれを作ることに集中してくれればいいぞっ!」

「まぁ、俺が魔王になるかどうかは別としてCEOには間違いなくなるから、その際俺が恥ずかしくないようにお前は人間様の常識を覚えれ」

「ガッテンだゾッ!」

「わかったわかった。声がでかい。明日は一日山歩きだからもう寝ろ」

「おやすみなさいなのだ! ご主人」

 

 秒で寝付いたガルン。

 ガキってのはほんと悩みとかねーんだろうな。そんなガルンの寝顔を見て俺も眠くなったので、パソコンの電源を落とした。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そんなまったりできたのは昨晩までだった。


「ガルン、とりあえず逃げろ! 走れ! 全力で走れぃ! ヤベェ!」

「何故なのだ? あんな拳くらいのサイズの羽虫なんて恐るるにたらないのだ! ご主人、ここはボクに任せるのだっ!」


 本当に無知というものは恐ろしい。

 俺はガルンの首根っこを掴んでダッシュで走る。拳大だ! 拳大の蜂が威嚇して襲ってきたのだ。余裕で死ねるだろこれ……

 ガルンの短剣、そして俺の巨大な斧。どうやらこの蜂はモンスターではないらしい。俺の斧を見ても平気で向かってくるのだ。

 ガルンは短剣を振り回して何匹かを倒して誇らしげにしていたが、それが返って蜂たちを興奮させてしまった。

 

 蜂の大群相手にRPGゲームのように魔法にて大量狩りが出来ればいいのだろうが……


 分かるだろうか? 拳大のハチが百匹以上群がっている雲のような大群に対して、俺の冒険者としてできるのはこれらを一匹を倒せる炎の魔法を日に三回使える程度だ。ガルンは魔法を使えない。

 もう一度いう。ガルンは魔法を使う才能が一切ない。

 

 ミツバチに刺された事ってあるだろうか? 痛い、脚長バチに刺された事はあるだろうか? 超痛い。スズメバチに以下略、死ぬほど痛い。

 至って簡単だ。目の前の拳大のハチに刺されたら……死ぬ。

 俺は異世界という場所にきて知ったことがある。害虫という連中は人間にもモンスターにとっても危険生物なのである。

 というかモンスターとモンスターじゃないのの境目って何?

 ちなみにこの巨大なハチ、大王ミツバチという。そう、蜂蜜作るんですわ。異世界パネぇわ。


 “大王ミツバチ 危険度★1 の大型昆虫。されど大群になった危険度は並のモンスターを凌駕します“


 だそうです。というか、でしょうね!


「早く走れぇ! 頼むから走ってください! あんなのに刺されたら、まじ即死だから! ガルンは戦おうとするな! とりあえず水場だ! 水場にいくぞ!」

 

 ブブブブブと、俺とガルンの後ろを飛び回り隙あらば毒針攻撃を仕掛けてくる巨大バチ。

 俺はカレーを作る材料を探しにきたハズだったが……

 俺が見た先には大きな木。


「あっ! 甘くて赤い木の実なのだ! ご主人! あれ! あれうまいのだよっ! あれをかれぃに入れるのだっ! 絶対に美味いのだ。離すのだ! ご主人っ! お願いなのだっ! あれはそのまま食べても美味しいボクの大好物なのだよ! あんな虫には恐る事はないのだっ!」


 あぁ、完全にリンゴだわ! うん、カレーに入れれば美味いよ。


 でもね? 今そんな話をしている暇じゃないの……

 世界が違えば命に関する考え方が違うとは思うが、こいつ状況を理解してないのか……

 そしてわちゃわちゃ動く物だからスピードを落とした。


「ガルン! 馬鹿野郎! 死んじまうぞっおおおお!」


 俺は柄にもなく身を呈してこの犬娘を守ろうとした。

 そしてやっぱりこいつは馬鹿だった。ご主人! とか言って超反応でさらに身を呈して俺を守った。

 ブスりと刺さる毒針、それに俺は炎の魔法を放って撃退する。


「ぎゃあああ! ……痛いのだっ! 腕がパンパンなのダァ! ……痛い痛い!」


 泣き喚くガルン。転げ回り痛がる暇はない。俺は残りの二回の魔法を使って蜂共を怯ませる。

 ようやく見つけた川にドボンと飛び込んだ。ぶんぶん飛んでいる蜂は二十分くらい威嚇を繰り返してようやくいなくなった。


「少し痛いけど、ガルンは我慢しろ。そのナイフ貸せ、あと俺の服を思いっきり噛んどけ」


 ガルンの腕にナイフを刺して血を流させる。一緒に蜂の毒をできる限り流す。泣き喚くガルン。

 しかし即死しないのはやはりモンスター故か、


「おい、どのくらい痛い? 意識はあるな? 今日は街に戻って医者に行くぞ。これはこれだ。この世界で怪我や病気の時はどうするのか、それを持って次に備える」


 そもそも山に入るなんて事は日本にいた頃も無かったし、よく考えれば日本の山だって危険だわな。猛獣いたり、害虫いたり、毒草あったりな。

 正直ナメてたわ。心のどっかで異世界というところに大人のクセにご都合主義的な理想を追い求めていた。

 毒針で腫れたガルンの腕は血を出したからか大分腫れが引いた。


「ご主人……ごめんなさいなのだっ。痛かったのだ。ご主人のいう通りにするべきだったのだ……ボクはバカだから……いう事を聞けなかったのだ。あんな虫の群れなんて簡単にやっつけれると思っていたのに……これでもボクはコポルト・ガールなのだ。絶対に次はご主人をガッカリさせないのだっ! だから置いていかないで!」


 正直お前に期待はしていない。

 実際、何も勝手がわからない異世界で初めて知り合ったのがこの犬娘だったわけで、いるだけで話し相手がいる事は割と悪くない。今までたった一人で生きてきた俺だが、日本人は不安因子を多く持った人間らしい。

 そんな事を知らずにガルンは次の冒険の事を考えてナイフを振る。本当にアホだな。


「あっ! 戻らなかった虫がいるのだ! リベンジなのだっ!」


 この犬娘がモンスターという事は悪い意味で間違いない。

 完全にこいつは学習能力がない。虫なんて一匹いれば三十匹くらいいるだろ。


「必殺! パッシブブースト! ボクは強いんだぞ? お前達虫どもが一匹でいれば絶対に負けないのだ! ボクを刺した事を後悔して死んでいくのだ!」


 当然ハチはブブブブブと羽音を鳴らしていなくなったハズの連中が戻ってくる……

 本来軽症で済んだハズのガルンはあちこち大王ミツバチに刺されて目も向けられない状態で街の病院に連れて行った。

 俺は、日本の病院でも先生に言われそうな説教を受けた。


「どうしてこんな風になるところに子供を連れて行ったんだ!」

 

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