第5話 良く考えれば日本でも山とかに入った事がない俺が採集クエストなんてできるわけがない・前編

「へぇ、そのカレーってのとシチューはまた違うのかい? 本当にウチの店の名物になるかね?」

「まぁ、インド。という国では煮物とかシチュー的に食べられることがありますが、確実に名物になる事をお約束しましょう!」

「ご主人が言うんだからなるのだっ!」


 商人クエストという物を請け負ったら、驚く事に定食屋の名物メニューを考えてくれときた。


「では、お支払いできる材料費を翌日来るまでに計算しておいてください」

「しておくのだゾッ!」

「分かりました。よろしくお願いします!」


 俺はもう既に商人っぽくなっている自分に日本人の順応性について感動していた。

 定食屋の旦那に手を振られながら俺はガルンと安い宿へ戻る

 さて、安い宿の宿泊料は二人で1000ガルド。食事は250ガルドくらいで食べられるという事が分かった。大体日本円換算で三分の一くらい。ただし、食費に関しては日本よりもやや高めだ。


 今は社会勉強と考えて物価を調べている。料理も質素というか塩味の物が多い。異世界といえば酒場だが、正直美味くはない。

 宿に入るとお湯と体を拭くものをもらう。香料を絞ってガルンを毎日洗ってやらないとこいつ、臭いのである。

 獣だけに……


「ほれ、ガルン。ばんざいして!」


 そう言うと両手をあげるので、香料を入れたお湯でゆっくりと拭いてやる。


「あっ、ご主人、そこっ……やん、あん。あぁん……」


 動物ってシャワーとか嫌うけど、こいつは割と喜んでいる方だろう。しかし、毎回この桶に入れたお湯で洗うのが面倒だ。風呂文化がないのであれば風呂をどこかに作るか、いやこれ商売になりそうだな。

 最初の支度金2000ガルドはすぐに使い切った。何故、俺がそこそこにお金を持っているのか?

 これはとても簡単な理由だった。


 この街には十日に一回開かれる公営ギャンブル場があるのだ。賭け金として使える種銭もリターンも少額。俺の地球におけるギャンブル程身を滅ぼしにくくなっている。

 そこで、簡易的なチェスのようなゲームを見学した。チェスというよりダイヤモンドゲームだろうか? 四人でプレイして上位二位までに入れば勝ちというものだ。簡単なプログラムで作れるゲームだったので、俺のプログラムに合わせてギャンブルに参加、勝率64パーセント。賭け金は支度金2000ガルドを70000ガルドにまで増やした。あのゲームプログラムは勝率80%程までに今後アップグレードする予定である。


 販売は未定だ。そもそも俺とその他、地球からの強制的にここに放り込まれた奴くらいしかパソコンなんて持ってないだろう。


 そんなこんなである程度は有意義にこの街で生活ができる。

 お湯を沸かすのは普通に火打ち石のような焚き火や、魔法の力がこもった魔石、紋章のルーンなる物を使う。順番に値が張り、宿屋は火打ち石を使うことが多いらしい。ガルンの耳の後ろまで綺麗に洗うと水気をタオルで拭いてやる。

 ガルンの髪を拭いて、服を着せる。俺の身支度も整える。

 さて、この街にはギルドの酒場を含めて合計五箇所の食事処がある。

 今日、仕事の打ち合わせをした店を含めて全部、俺の口には合わなかった。

 本日で最後の食事処となる。


「ガルン。今日はこの国の家庭料理系のお店だ。沢山食べていいけど、ちゃんとマナーを教えた通りにするんだぞ?」

「わかったのだ! フォークやナイフは料理に合わせて使うのだ! 手掴みで食べてはダメなのだ!」

「よし、OKだ! 商人をやる以上、クライアントに品のなさを感じ取られるのが一番まずい。清潔感は基本中の基本だ」


 結局本日行った店の料理は、不味くはない。ガルンは美味そうに食べているけど、日本人である俺からすれば、男子学生が腹を満たす為だけに作った料理ではなく餌みたいな食物だった。

 宿屋に戻り、ガルンをベットに寝かせると、俺はノートパソコンを取り出して今日食べた物のレポートを書く。

 俺がいつもこうして作業をしているのをガルンは気にして話かけた。


「おやすみガルン」

「……おやすみなのだ。ご主人もこん詰めないで早く寝るのだっ!」


 ちったぁ人間らしく振る舞えるようになってきたと思う。一応従業員1だからな。今のところ、ガルンに期待している仕事はないが……


「あぁ、これが終わればすぐ寝るよ。あのさガルン」

 

 眠そうに目を擦るガルンは俺の問いかけに牙を見せて身を起こした。


「どうしたのだ? 眠れないなら僕が一緒に横になって子守唄を歌ってやるぞ!」

「あぁ、それはまた今度な。ガルン。お前的にはここ最近レストランで食った飯はうまかったか?」


 お腹がすいた。そこから始まる食欲。

 食事とは人間の三大欲求の一つで、俺の中では性欲と睡眠欲よりも重要視している。

 この世界のこの街に来て食べた食事は塩味をベースとしている。ソースやシチューのような物もあるが、正直俺が満足できる程の味ではない。

 パッと見、同じ種の人間であるはずなのに食への探求をおろそかにしすぎだと思う。

 この犬娘であるガルンの回答は参考にはならないと思うが……


「どれも同じような味だったけど、物をお腹に入れる事ができるだけでも感謝しているのだ。ボクは毎日3食食べた事なんて今までになかったのだっ!」

「なるほどな。ガルン。そこじゃないんだ。飯は美味かった? 俺がやった牛肉のしぐれ煮と比べてみて」


 頭から毛布をかぶったガルンは、きっとそういう趣味の奴からすれば可愛く見えるのだろう。


「あの味付け肉か? あれに比べると美味しくはないのだっ!」

「そうか。助かった。もう寝ろ」

  

 適当な宿でノートパソコンを叩いていると、ノマドワーカーに憧れた時を思い出す。

 昔、カバン一つで仕事をするIT企業の社長を真似た事があった。

 異世界の冒険者という連中はノマドワーカーだ。

 保証も保険もない中で、生きていく為に、或いは何らかの夢の為にその日暮らし。仕事がなければそれは露頭に迷い死に直結する。

 マグロ漁船に乗る方がいくらかマシだろう。


 やはり、子供が転生したり、異世界転移する物語の中のあれは生活していく事を考えると不可能に近い。

 この世界の大人は当然この世界の常識を持っているし、精神年齢でいえば日本の同世代よりも大人だ。

 お金を作る術を知らない未成年は異世界生活特措法からは外すように報告しておくか……

 だってさ、バイトくらいしか経験した事がない子供がどうやってお金稼ぐのよ?

 ギルドの仕事をざっと見たけど、割と技能が必要な裁縫であったり武具や建物の修復等。俺でもちょっとできないものがわんさかある。


 よくあるチュートリアルの薬草や果物採集、雑魚モンスター狩りなどは勝手に行う物であり仕事としては存在しない。ちなみに薬草を拾ってきて売るという事は出来ないようだ。卸に出しても、二束三文。

 冒険者ギルドに登録し、1万ガルドを払って、そこから諸々引かれ支度金として2000ガルドを返却される。これは良くできている。要するにフレキシブルに金を作る方法を得る必要があるのだ。俺の場合は紹介状により支払いはなかった。もしかすると武器屋のオッサンが建て替えてくれたのかもしれないが。

 そしてモンスターとの戦闘。


 ざっと感じたが、ヒグマやライオンなんかに対して、それも多頭狩りをしなければならない。

 はっきり言って命懸けだ。というか普通に死ぬ。誰もやりたがらないし、討伐クエストは強い冒険者が徒党を組んで行うかどうか、そして全滅確率が割と高い。

 そんな仕事に夢見がちな未成年は行い軒並み死亡する。自分の身を守れる武器を持っている冒険者が多いが、怯ませて逃げるというのがベストみたいだ。

 この世界、魔法を使える奴か、ガルンのような超人的身体能力がなければまともに戦闘で生活をする事は難しいだろう。

 正直、俺はゲームや漫画で育った世代なので、この事実はそこそこ心にダメージを負った事だけは告白しておこう。

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