第2話 2030年5月25日8時30分、異世界生活どクソ法により俺の日本での生活が終わりました。さようなら地球……

 万能栄養食品バナナとチョコレート味の栄養補助食品レーションとゼリー状の栄養ドリンクを商店街に買いに来ただけの人生だった。

 いや、本当に意味が分からない!

 それらを買うと三枚の福引チケットを貰ったわけだ。狙うのは特上の御牛様の赤々しい肉一年分、実際一年食っていけるわけではないらしいけど……今にして思えばこんなガラ抽ガラガラ回さなければよかった。


「特賞! 異世界住民権! 異世界住民権出ましたぁ!」


 カランカラン!


 手で振る鐘を鳴らすガラ抽のバイト。

 俺は虹色に光る玉をしばらく見つめて放心していた。一昨年かそこらで決まったという都市伝説みたいな制度、異世界に強制移住させられるとかいう狂ったそれ。


 嘘だろおい……

 

 地球という青く美しい惑星に人間が湧き始めてはや700万年。

 人間は、この惑星を汚し、他の種族を滅ぼし、さらには食糧を消費、水を消費。

 そんな事続けてたらどちゃくそ地球ヤバい! みたいな事になったわけで、人間は宇宙に出ていこう! と開拓。

 マクロの宇宙そらに飛び立つ船団的な事を構想していた。


 これの構想発案は実は俺の親父ね。科学者だった親父が主導でそんな計画を立てて色々かき回した結果!

 なんと!


 はい、異世界への扉が開きましたぁ! 


 まじかよおい! すげーじゃん!


 みたいな感じになって、俺の親父は行方不明になりました。

 時々親父名義で怪しげな異世界のアイテムが届くわけなので、異世界でよろしくやっているのだろう。


 でだ!


 異世界という未開の土地は新しい住処、そして新しい食糧確保と色々考えられていたのだが、先に述べたように人間、地球人は凄まじい速度でその環境を汚すのである。

 異世界に多く地球人が入る事で無駄な戦禍が起きたり、汚染しないように、年間選ばれた地球の名誉ある代表達が異世界で生活、そしてレポートの提出云々しているらしい。


「やってられるかーい!」


 【異世界生活特措法案】


 異世界生活どクソ法と揶揄されるその強制連行、強制異世界送りという姥捨山みたいな使われ方をしているのだ。

 この権利を強制的に獲た者はどこかの地下帝国でも持っているような黒服たちにつきまとわれ、一週間後に異世界に送り飛ばされる。


「いつからこの国は法の下で自由と平等を保障してくれなくなったんだろうか……」


 犬神猫々様と書かれたその分厚い封筒。中を読むと異世界のこれから……


 ・異世界はとても良い所です。

 ・異世界に行くと、今まで嫌だった事がどうでも良くなります。

 ・異世界に行って地球に戻ってきたいという人を聞いたことがないでしょ?


  いや、これは……


 ・異世界に行った事で僕は全然モテなかったんですけど、亜人や魔物にモテモテで困っています。

 ・異世界で始めた武器屋が大成功! お金持ちになって髪も生えて、なんと結婚まで出来ました!


  やばいやばい! 


 ・異世界に来るともうポーションの事しか考えられなくなります。

 ・ポーションが最高ですね! 一度飲むと、また欲しくなって、今までの人生とかどうでも良くなりました。


  怖い、怖いっ!


 Q・異世界に行く事を拒むと?


 A・処罰を受けます。

 

 俺は、その封筒、通称赤紙をそっと片付けると、普段は敬遠していたおしゃれなカフェでアイスコーヒーを啜った。

 うっまぁ……うんまぁ! よし、一旦落ち着こう!

 目の前にいる眼光鋭い巨乳の女。

 というか黒服は僕がご馳走したコーヒーに口もつけずに事務的に話し出した。


「猫々と書いてなんと読むのですか?」

「マオマオです。かーちゃんが中華系かぶれの変人だったらしいです。生まれは岡山の純粋な日本人らしいですが」

「なるほどですね」

「一般的には中国地方の人を中国人とは言いませんが……で、そのかーちゃんに惚れまくっていた東京葛飾育ちのとーちゃんがかーちゃんが好きな猫を名前につけようとか言って生まれた被害者が俺です」

「そうですか、犬神なのに猫なんですね」

「えぇ、イジられましたとも……そのお姉さん」

葛原くずはらです」

「葛原さん、俺はこれからどうなるのでしょうか?」

「地球から消えます」


 言い方!

 この人、クズ原だろ。


「いや、まぁそうなんでしょうけど」

「時間がありません。この世界におけるをしましょう」


 言い方……


 要するに、借家の契約を終了して、地球にある俺の荷物をどうするかという事らしい。


原さん」

「呼び方に悪意を感じますがなんですか?」

「俺はこの世界ともう二度と接点を持てないのでしょうか?」


 別にこの世界の事が好きなわけじゃない。愛国心もない。だけど、今まであった日常が奪われるなんてありえない。日本人はウサギよりも寂しいと死んでしまうんだぞ。


「月に一度、レポートを出していただきます。その担当が、私。原です。当然、こちらの地球の情報共有も致しますし、お土産等もお渡ししますが……ク・ズ原ですから、どのような処遇になるかは分かりかねます」


 根に持たれてしまった。


「葛原さん、その……すみません」


 俺はとりあえず土下座する事にした。

 この人は俺にとって、もはや生殺与奪権を持ったクズなのだ。


「何を謝っているんです? ちょっと意味がわかりませんが」


 分かるだろうが、クズ原め。

 まぁいいや。

 覚悟は決まらないけどどうせ異世界送りは変わらない。


「もういいです。ところで葛原さん、異世界に行くまでにやっておいた方がいい事とかありますか?」


 これには事務的だが、葛原さんは積極的に教えてくれた。家に帰り荷物の片付け、部屋の契約終了と引き渡し、滞納や最低契約期間などがあった場合は国が肩代わりするらしい。そして異世界にいく際必要な物を買っておく等など。

 そこで俺は異世界に持っていく物をいくつかピックアップした。


 ・各種薬局の薬。何があるか分からないから多めに持っていこう。

 ・各種栄養補助食品や保存食。食べ物が口に合わないという事はないと思うけど

 ・野宿を想定し、キャンプ道具一式。

 ・軽自動車を持っていこうとしてバイク等も全てダメだろいう事に、大気汚染しない太陽光発電の折り畳み電動スクーターは許された。

 ・使えるかどうかは別としてスマホとタブレット、PCなど今の仕事道具とモバイルバッテリーに太陽光充電器。

 ・飲料水

 ・食器


 そして……


「なんか武器とか持っていった方がいいですかね?」

「えぇ、当然、異世界には魔物とか、盗賊とかいるそうなのでなければ即死かもしれませんね」

「ちなみに銃火器は?」

「犬神さん、使えるんですか? それに射殺できます?」


 いや、無理無理! 喧嘩だってしたことないのに……えっ? 俺死ぬの?


「ちなみに銃火器は持ち込み不可です。大体刀剣やボウガン等を持っていく事を推奨されています」

「うちになんか色々あったな」

「犬神さん、テロリストか何かですか?」


 いや、違うけど?

 あぁ、うん。武器とかあったら普通そうだわな。


「親父が異世界の第一人者で、色々送ってくるのですよ」

「ほぅ、であれば確かにそこから選ぶのがいいかもしれませんね。行ってみましょう!」


 なんか俄然やる気になった葛原さんと俺は十畳1Kの賃貸に戻る。別に何か思い出があるわけじゃないけど、俺の唯一の城だったこことお別れは少し来るものがあるな。


「おや、これなんか良くないですか?」

「それっ!」


 色々お札的な物が貼られている見るからに禍々しい大剣。


 ・血塗られた王家の剣


 親父曰く、持ち主が次々とこの剣で人を斬りたくなるらしく、困り果てた人が親父に相談して俺の部屋に送りつけてきた。


「いや、送りつけてくるなし!」

「何を独り言をおっしゃっているので?」

「いえ、こっちの事情です。とりあえずそれは持って行きません」

「では質に出してお金にしましょう」

「えっ! そんな事できるの?」

「できます。異世界の物はコレクターが多く人気ですからね」


 まじかーい! 送られてくるやつ全部くるたびに売ればよかった。


 ・亡霊を宿し鎧 一万五千円也

 ・悪魔と契約した呪いの腕輪 三千円也

 ・破滅の主が所有した魔斧 七千円

 ・子攫いの金食器セット 三万円也 ※地球の金相場で売れた。呪われてるけど


 エトセトラ、エトセトラ。


 ろくなものがなかった。それ故、俺は売れたお金おおよそ四十万で必要な物を買い足し、腰にさせる程のタングステン製のキャンピングナイフを購入。護身用とした。

 しかし、思えば……


「綺麗さっぱりしたな」

「えぇ、しましたね。どうしますか? もうやることもなければ早いですが異世界にいかれては」

「めっちゃ異世界行かせたがりますね!」

「仕事ですから」


 この人が、唯一俺が今後関わっていく地球の日本人だと思うと心が折れそうだ。肩までの髪にやる気なさそうな表情。年上かな? 美人ではあると思う。スーツがビシッと決まっていて、裕福層くさい。こういう上級国民は大抵異世界送りにならないんだろうな。

 覚悟は決まらない。

 でも行かなければならないので……


「じゃあ……」


 ドスン!


 何か重い音が、金属の音がした。


「なんでしょう?」

「ねぇ、なんでしょうね? ちょっと玄関見てきます」


 俺が玄関を開けるとそこには……


「ひょええええええ!」


 俺が叫ぶと、慌てるわけでもなく、葛原さんがゆっくりと玄関までやってきて状況を確認。


「おや、これは破滅の主が所有した魔斧、税込七千円ではないですか」

「売りましたよね? トラックで持っていかれましたよね? 戻ってきましたよこれ!」


 腕を組み、考えるポーズ、そして葛原さんは俺を見て……


「ちゃらっちゃらっちゃらああ♪ 犬神さんは、スキル・錬金術を手に入れた! よかったですね。転生ボーナス的な物は本来ないのですが、この呪われたアイテム売って戻ってきてを繰り返したら億万長者ですよ」


 しれっと呪いのアイテムって言いやがった。

 それにそれスキルじゃねぇ、詐欺だ。

 ちくしょう、転生ボーナスってラノベの読み過ぎだろクズ原。


「おや、犬神さんから悪意を感じましたが? 何か?」

「いえ、他に準備とかはあるんですか?」


 さて、もう何もできる事はないように思えたが、葛原さんは思い出したかのように俺にスマホの画面を見せてきた。


「最初から始める異世界生活アプリを入れましょう」

「ゼロからとか、一からとかじゃないんですね」

「えぇ、色々と問題がありますので。犬神さんの生まれたこの日本という国は、それらが非常に厳しいですから」


 異世界に島流しにする事は人理に反しないんでしょうか? 

 まぁこいつ人の心とかなさそうだしなんとも思わないか、クズ原だし。


「おや今、犬神さんから大いなる悪意を感じたので、異世界に前倒しですが行ってみましょう! 色々用意できてゼロから始めるわけじゃない異世界生活ですから、大人らしく、謹んで模範的に生活してくださいね!」


 そう、どうなったか覚えていないが、クズ原に睡眠ガス みたいな物で眠らされた俺は、無理矢理準備万端? 

 とは到底思えない異世界生活へと突入することになった。

 目覚めた場所。


「どこよここ……」


 草原か? 森か?


“アプリ起動。犬神猫々。二十四歳。異世界推定レベル7。正確なステータスはギルド及び、教会にて確認をお願いします。まず異世界生活において、犬神猫々様の目標を設定してください“


 スマホを見ると、アプリが自動起動している。ネットワークは遮断されているのに、何故だろう? きっと電波マークの代わりに魔法らしいマークが反応しているので何かそういう作用があるんだろう。


 俺はレベル7らしい。


 とりあえず一つだけ目標クエストができた。この異世界のどこかにいる親父をぶん殴る。

 それも全力でぶん殴る。


 ・クエスト設定。俺の親父。犬神・父をぶん殴るが俺の心の中で設定。


“アプリ起動、目標の設定を一旦保留。最重要クエストとして犬神海雄に痛恨の一撃を与えるを決定“


 心で思った事をアプリが何故か代弁しやがった、もう既に帰りたい。

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