弐 岐路 その三

最初に指名されたのは、イナムラさんでした。

彼はいきなり話を振られて、最初は狼狽えたようです。


しかしすぐに諦めたようで、泣きそうな顔で語り始めました。

「私はイナムラと言います。面白い話と言われても、どんな話をすれば良いのか…」


イナムラさんは、僕が思った通り会社員でした。

外資系投資ファンドの、ファンドマネージャーをしていたそうです。

今回こんな闇バイトに手を染めたは、客の金を自分の投資に使い込んで、大損をしたためだったのです。


イナムラさんは、ずっと投資の話をしていました。

多分それしか思いつかなかったのでしょう。


横で聞いていた僕は、正直言って詰まらない話だと思いました。

僕が投資に興味がなかったせいかもしれませんけど。


やがてイナムラさんは、話すことがなくなったらしく、沈黙していました。

そして彼の話を、目を閉じてじっと聞いていた、カイさんが眼を開いたのです。


「それで終わりか?」

カイさんのその一言に、イナムラさんは凍りつきました。

しかし彼の容赦ない言葉は止まりません。


「お前、一体何の話をしてんだ?

その話の、一体どこが面白いのか、全然分かんねえぞ。

皆、そうだろ?」


カイさんに訊かれて、その場にいた同じ顔の人々が、一斉に頷きました。

それを確認したカイさんは、冷酷な眼をイナムラさんに向けたのです。


「お前、全然駄目だわ。

期待外れも甚だしいぞ」


彼がそう言い放った途端、イナムラさんが両手で顔を押さえて、もがき始めました。

少しの間そうしていた彼が、両手を離すと、顔がカイさんそっくりに変わっていたのです。


カイさんが言っていたことは事実でした。

この場で詰まらない話をすると、ここの人たちの一員になってしまうのです。


イナムラさんだった人は、無言で立ち上がると、同じ顔の集団の中に紛れて行きました。

その一連の動きを、僕とミノダさんは、無言で見ているしかありませんでした。


「じゃあ、次はお前だ」

次に指名されたのは、ミノダさんでした。


ミノダさんは、緊張のあまりガクガクと震えていました。

それでもカイさんたちに凝視されて、その圧力に押されたように、語り始めました。


彼は大阪の繁華街で、ホストをしていたそうです。

年齢は意外なことに、三十歳を超えていました。


以前は結構人気があったそうですが、段々とそれもなくなり、店での立場が悪くなったそうなんです。

焦って売上を伸ばそうとして、客に無理な注文をさせ、それを肩代わりして回収できなくなったとか。


それで今回の闇バイトに応募したそうです。

僕も含め、似たり寄ったりの詰まらない理由でした。


ミノダさんは、ホストの生活がどれほど華やかで楽しいか、必死の形相で語っていましたが、カイさんには全く響いていないようでした。

そして案の定、話し終わったミノダさんに、冷酷に宣言したのです。


「お前の話も駄目だ。

全然面白くない。

期待外れもいいところだ」

その言葉が終わると同時に、ミノダさんの顔もカイさんと同じ顔に変化したのです。


最後に残された僕は、絶望を味わっていました。

だって、僕の詰まらない人生に、話して聞かせることなんて、何もなかったんですよ。


ですので、カイさんから「次はお前だ」と指名された時は、泣きそうになりました。

僕もこの場で、カイさんの顔になって、ずっとこの人たちと暮らすことになるんだなと思ったからです。


ところがカイさんが、妙なことを言い出したんです。

「話を聞く前に、お前に訊きたいんだがな。

お前の手に付いてる血は何だ?」


そう言われた僕は、思わず自分の両手を見ました。

ここに逃げてくるまで、洗い流す余裕もなかったんです。


「この血は…」

僕が言い淀んでいると、カイさんが更に訊いてきました。


「そう言えば、さっき質問の途中で終わっちまったが、お前ら何をやらかして来たんだ?」

そう訊かれた僕は、素直に強盗を行ったことを白状しました。


すると何故かタニさんが、そのことに興味を持ったんです。

「面白そうだな、お前。強盗に入った時の話をしてみろよ」

そう言われた僕は、強盗に入った一部始終を話しました。


宅配業者を装って、玄関の鍵を開けさせたこと。

家に一人でいた老人を殴りつけて、金品の在り処を白状させたこと。


そして最後に。

僕がこの手で。

ハンマーを握って。

老人の頭を。

殴りつけたこと。

何回も、何回も。


僕は子供の頃から、怒りに対する自制心が欠如していました。

カッとなると、頭の中が真っ白になってしまうのです。


地元でも、すぐに無茶な暴力を振るうので、周りから敬遠されていたのです。

大学を中退した理由も、サークルの先輩に暴力を振るったのが学校にばれて、自主退学させられたのでした。


そしてあの時も、僕に縋りついて来た老人に、理性の箍が外れてしまったんです。

タニさんに止められなければ、もっと酷いことになっていたと思います。


僕はそんな話を、取り留めもなく話し続けました。

自分の話に酔っていたんだと思います。


そして興奮が収まって、話し終えた僕は、カイさんを見ました。

カイさんは、少しの間無表情で黙っていましたが、次の瞬間笑ったのです。


「面白い話だな、おい。皆もそう思うだろ?」

すると周囲に集まった、カイさんそっくりの人たちが、一斉に彼と同じ顔で笑ったのです。


その笑顔に囲まれて、僕は興奮が一気に醒め、背筋が凍りました。

無表情な顔に囲まれるより、数倍怖かったからです。


「お前が初めてだぞ。

ここに来て、話をして、俺と同じ顔にならなかったのは」


カイさんは嬉しそうに言った後、周囲を見回して舌打ちしたのです。

「やっぱり、一度顔が変わっちまうと、元に戻らねえみたいだな。

と言うことは、俺も今のままっちゅうことか」


「あの、僕はこれからどうしたら…」

僕は恐る恐るカイさんに訊いたのです。


すると彼は、僕の方を見て、興味を失くしたように言いました。

「ん?お前?もうどこに行ってもいいよ」


そして集まった、カイさんと同じ顔の人たちに言ったのです。

「お前ら、今日はお終いだ」


その声を聞いた人々は、元の無表情に戻ると、無言で広間を後にしました。

その中にはイナムラさんやミノダさんもいた筈なんですが、既にここの人たちと同化してしまったようでした。

カイさんも立ち上がって、僕に見向きもせずに、奥に入って行ってしまったのです。


誰もいなくなった広間に、一人ポツンと取り残された僕は、途方に暮れました。

――これから、どうしたらいいんだろう。


しかしその場に残るのも怖かったので、乗って来た車に向かいました。

幸い車は元の場所にあったので、僕は来た道を戻ることにしたのです。


2時間ほど下りの山道を走ると、県道に出ました。

道路脇に車を停めた僕は、どちらの方向に向かおうか迷って、車から降りました。


その時、突然現れたこの屋敷の執事さんに声を掛けられたんですよ。

執事さんは何故か、僕があの集落から戻ったことを知っていたのです。


不思議な人ですよね。

その時執事さんは、今日ここで、今の話をすることを勧めてくれたんです。


これから僕がどうするかですか?

ここを出たら、警察に出頭しようと思ってます。


強盗殺人なので、無期懲役、下手すれば死刑になると思いますけど、それでも構いません。

あの集落に戻って、カイさんと同じ顔をした人々に囲まれて、ずっと退屈な日々を送るくらいなら、その方がましですから。


それでは皆さん。

二度とお会いすることはないと思いますが、玄関のドアを開ける時は、くれぐれも注意して下さいね。

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