弐 岐路 その二

「何だ、お前ら?同じような顔しやがって」

タニさんは、出てきた集落の人たちを威嚇しました。


しかし同じ顔をした人たちは、彼の恫喝に動じることなく、僕たちを取り囲むようにして、近づいて来たのです。


するとタニさんは、懐からあるものを取り出したんです。

それは拳銃でした。


タニさんは銃口を上に向けると、一発空に向かって威嚇射撃を行いました。

僕は拳銃の発砲音を初めて聞いたのですが、凄い音でしたね。


「こっち来んなって言ってるだろ!撃たれたいのか?」

タニさんはそう叫んで、再び集落の人たちを威嚇しました。


しかしそれでも、僕たちを取り囲んだ人々は、表情を全く変えずに近づいて来たのです。

怖かったですね。

同じ顔をした人が大勢、無表情で近づいて来るんですよ。


タニさんも怖かったようです。

正面から来る人に拳銃を向けて、発砲したんです。


その人は至近距離から撃たれて、仰向けに倒れました。

でも、すぐに何事もなかったように、起き上がって来たんです。

それを見た僕たちは驚きのあまり、声も出せませんでした。


その時、近づいてくる人たちの間を縫って、何かが猛然とタニさんに襲い掛かったんです。

それは三頭の、黒い大きな犬でした。


僕たちが呆然と見守る中、タニさんは犬たちに食い千切られていったんです。

最初絶叫を上げていたタニさんは、段々と声が弱々しくなり、やがてバラバラにされてしまいました。


それを見届けたように、私たちを取り囲んだ、同じ顔をした人たちが、僕たちを引っ張って、村の奥の大きな家に連れて行ったんです。


僕たち三人は、二十畳はあろうかといいう、畳敷きの広間の真ん中に、並んで座らされました。

周囲には、同じ顔をした人たちが、何十人も鈴なりになって、僕たちを見ていたのです。


僕たち三人は、恐怖のあまり竦み上がっていました。

だって、僕たちを囲んだ人たちの中には、女の人もいれば子供もいたんですよ。


それが皆、全く同じ顔、同じ表情でこっちを見てるんです。

怖いなんてもんじゃなかったですよ。


僕たちが座るのを見届けると、正面に座った男の人が口を開きました。

その人は、さっきタニさんに撃たれた人でした。


「お前ら、どっから来た?」

唐突な質問に、僕たちは顔を見合わせましたが、三人を代表して、イナムラさんが大阪だと答えました。

多分彼の出身地が、大阪だったのでしょう。


その答えを聞いた男性は、ふうんという顔をした後、次の質問を投げ掛けてきました。

「で、お前ら何やらかして逃げて来たんだ?」


意表を突かれた僕たちは、三人とも絶句してしまいました。

それを見た正面の男性は、「ふん」と鼻を鳴らしました。


「まあ、いいわ。

もうお前らも気づいていると思うが、ここはお前らの住んでる世界とは別の世界だ。

分かるな?」

彼の問いに、僕たちは一斉に頷きます。


「ここの連中はな。

見ての通り、全員同じ顔をしてるんだよ。

老若男女問わずだ。


ここにいる限り腹も減らねえし、喉も乾かねえ。

だから糞小便をすることもねえ。


年もとらねえし、病気にもならねえ。

さっき見た通り、死ぬこともねえんだ」


そう言って男性は、僕たちの顔を順番に覗き込みました。

それに対して僕たちは、どう反応してよいのか分からず、沈黙したままでした。


「最初は俺一人だった。

ここに紛れ込んだんだよ。


そして出られなくなった。

多分百年くらい前だ。


そして出られなくなった。

以来ずっと、ここにいるんだ。


多分、俺が来る前は、誰か住んでたんだろうな。

その時から家はあったんでな。

だが俺が来たときは無人だった。」


そう語る男性の顔は、無表情のままでした。

周囲の同じ顔をした人々も同じでした。


「退屈だったよ。毎日。毎日。

そうして何年か経った時、男が一人迷い込んできたんだ。

もう誰だか、区別がつかねえけどな」


すると周囲を囲んだ人の中から、一人が手を挙げました。

それを見た男性は、「ああ、お前だったか」と無表情で言いました。


「俺は嬉しかったね。

だからあいつと、ここで向かい合って、外の話を聞いたんだ。


だが期待外れだった。

あいつが何を語っても、詰まらなかったんだよ。


俺はがっかりしたね。

そのせいなのかどうかは判らねえが、あいつの顔が見る見るうちに変わって、俺と同じ顔になったんだよ。


もう分っただろ。

ここにいるのは、男も女も、年寄りもガキも、皆後からここに迷い込んできた連中なんだ。

お前らみたいにな。


そして俺に詰まらない話を聞かせて、俺と同じ顔になったんだよ。

顔だけじゃねえな。

考えることも、皆同じだ。


詰まらねえんだよ。

毎日、毎日、退屈で堪らねえ」


そう言った後、男性は僕たち三人を見回しました。

「だから、お前たちには期待してるぞ。

是非とも面白い話を聞かせてくれや」


「あ、あの。私たちをこのまま帰らせてもらうことは、出来ないんでしょうか?」

その時突然、僕の隣のイナムラさんが、泣きそうな声で訴えたのです。


僕たち三人は期待を込めて男性を見ましたが、返ってきた言葉は絶望的でした。

「それは無理だな。

ここに来て、外に出て行った奴はいない。


皆詰まらねえ話を俺に聞かせて、俺と同じ顔になってお終いだ。

だから多分、俺に面白い話を聞かせてくれたら、元の顔のまま、ここにとっての異物になって、排除されるんじゃねえかと思ってるんだ。


そうしたら、ここに掛かってる呪いみたいなものも消えてなくなって、俺もここから解放されるんじゃないかってな」


そこで言葉を切った男性は、また僕たち三人を見回した後、言葉を続けました。

「ああ、そうか。まだ名乗ってなかったな。

俺はカイって言うんだ。よろしくな。

じゃあ、まずはお前から始めようか」

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