第29話 大論戦

 サブローの言葉を受けルードヴィッヒ14世は、うんざりとした表情をしていた。


「余の言葉を騙る不届者とな。俄には信じられんがまぁ良い。話してみよ」


「一つの書状があります。こちらを陛下へ」


 サブローがルードヴィッヒ14世に書状を渡す。


「確かに余が書いた書状に間違いはない。ロルフが亡くなりオダ郡をどうするべきか思案していたのでな。このような乱暴な申し出となってことを。ん?これはなんだ?このような一文を書いた覚えはないが?」


 ルードヴィッヒ14世は、読みながら言葉を発していたのだが最後の一文で、首を傾げた。


 そこに書かれていたのは、『オダ郡を速やかに解体し、その領土の半分をナバル郡へ、残りの半分をタルカ郡へと併合すること』。


「これは確かに余の言葉を騙る不届者であるな。しかし、誰が騙ったのか証拠はあるまい。サブローが魔法を使っているかいないかを証明できないのと同じこと。これだけで、判断はできん」


 ルードヴィッヒ14世の言葉で胸を撫で下ろすデイル。


「悪戯に陛下の時間を取ることに感心しませんな。ヒヒッ」


「ハインリッヒ卿、貴殿の郡に被害はなかったのだ。そこまで執拗に犯人探しをする必要はない。こちらも暇ではないのでな」


 嫌味な笑みを浮かべるデイルと被害はなかったからもう良いではないかと当事者の1人でありながら他人事の姿勢を貫くドレッド。


「被害はなかった?ベア卿、被害が無ければ、責められても文句を言うなと言ってるように聞こえますが、そんなこと認めれば陛下の治世に影響が出る事はわかっておいでですか?」


 サブローの切り返しにムッとした表情で言い返すドレッド。


「やれやれ、これだから子供が領主に任命されるなど問題があると申したのだ。ガキが。ゴホン。ハインリッヒ卿が陛下の治世を気にする必要などない」


 ドレッドの言葉を聞き今まで黙って聞いていたクレーバー宰相が口を開く。


「ベア卿、言葉は選んだ方が宜しいかと。それに答えには全くなってませんね。確かにハインリッヒ卿の申す通り、このようなことを許していては、陛下の治世が揺らぐことになるでしょう。この一文を見る限り、ベア卿とマル卿が疑わしいと言わざるおえません。共同でオダ郡を貶めようとしたと。書き足したのが証拠でしょう。それにこれは、陛下の言葉を騙る不届者がいることの立派な証拠です。私の方で保管しているベア卿・マル卿の筆跡と照らし合わせ、どちらが書いたかをハッキリさせることもできますが如何ですか?」


 クレーバー宰相の言葉に憮然とした態度で返すドレッドと対照的に目が泳いでいるデイル。


「疑うのは勝手だが、そんなことをする方が陛下の治世が揺らぐと思うが、俺は別に構わん。やましいことは無いからな」


「いや、それはそのクレーバー宰相、冗談ですよね。ヒヒッ」


「いや、これは由々しき事態です。陛下の御言葉を騙り、ハインリッヒ卿を貶め、あまつさえその土地を武力で奪おうとしたのですから。この企ての犯人には、然るべき処罰を与えねば、それこそ陛下の治世が揺らぎかねない!」


 どうやら、わしの出番は無さそうであるな。


 中々、このクレーバー宰相は頭も切れる。


 その上、あの馬鹿な王を補佐していることからも相当なやり手だろう。


 全てを平均以上こなす男か。


 久々に米五郎左こめごろうさのことを思い出したわ。


 今頃、ワシを失って織田家を立て直そうとしている信忠の補佐をしてくれているだろう。


 あやつは、なんでも頼んだこと以上の成果を発揮するからな。


 ワシが1番信頼している家臣の1人で、最高の友であり兄弟よ。


 説明しよう、米吾郎左とは、織田信長に仕えた丹羽長秀にわながひでの渾名である。


「まぁまぁ、クレーバーよ。そうきつくしてやるでない。元の文が無い以上、ひょっとしたら余が書いたことを忘れている可能性もあるであろうよ」


「陛下には、これが大問題であるという認識が足りないようですね。それにこのようなことを私は聞いていません。私には陛下が私事都合で、ナバル郡とタルカ郡をオダ郡へと差し向けたと判断しますが」


「そのようなことあるわけなかろう!お前は一言二言多いのだ!では、どうせよと。サブローはお咎めなしで、デイルとドレッドには罰を与えよと申すのか!」


「陛下には、自覚が足りないようです。ハインリッヒ卿は、あくまで被害者でしょう。それにこれを陛下は先程、御自身で書いたと申されたのです。それは即ち、まだ幼いハインリッヒ卿から母を人質に取るなど、畜生の所業。陛下には反省が必要でしょう。この件は、皇后様に報告させていただきますので」


「此度は、クレーバーに判断を仰がず独断で動いたことは謝る。だからそれだけはやめてくれい」


「此度の陛下次第かと。それにハインリッヒ卿、ここまで話を聞いて、貴殿は相当頭が切れると判断しました。ひょっとして、元の文も手に入れているのではありませんか?」


 クレーバー宰相の言葉に一瞬、目が泳ぐドレッドに絶望を与えるサブロー。


「クレーバー宰相の申す通りです。その件で、陛下にお願いがあります」


「申すが良い」


「ベア卿に仕えていたキノッコ将軍を捕虜として捕らえました。説得の結果、私に仕えたいと許可いただけますか?」


「余に決定権は無いがドレッドよ。どうだ?」


「俺の大事な将軍だ。速やかに返してもらおう」


「ベア卿は、勘違いしているようですね。貴方に決定権はありませんよ。攻めた側が捕虜となり、降ったのならハインリッヒ卿の好きにして構いません。良いですね陛下?」


「む、無論じゃ。余が認めよう」


 ルードヴィッヒ14世は、決定権が無いとドレッドに話を振るがクレーバー宰相に言い包められて、しばしば許可する。


「ありがとうございます。では、ここにもう1人の証人をお呼びしたいと思いますが良いですか?」


「この件に関しては、至急解明する必要があります。ハインリッヒ卿のお好きなようになさってください」


 ルードヴィッヒ14世では埒があかないとクレーバー宰相が話を引き継ぎ、タルカ郡を攻める大義を得るための最後の大立ち回りが始まる。

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