第30話 激昂
クレーバー宰相がルードヴィッヒ14世を制して、サブローの進言を許可する。
「クレーバーよ。余は黙っていれば良いのだな?」
「これは陛下御自身が私に話を通さずに起こしたこと。責任はお取りになるべきでしょう。それとも洗いざらい皇后様にお話ししましょうか?」
「それだけはやめよ。わかった。クレーバーに従おう」
「こうなる前に相談して欲しかったのですが。私は今回の件、全て寝耳に水ですから。どう転ぶか。その全てをハインリッヒ卿次第です」
「うむ。すまなかった。どうなろうと委細の全てをクレーバーに任せる」
「心得ました」
サブローが退出して、1人の証人を連れてくる前にルードヴィッヒ14世は、クレーバー宰相と小声でこのように話していた。
「ガハハ。やっとワシの出番ですかな殿」
クレーバーにとっても豪快で馴染み深い声が聞こえてきた。
「まさか証人にキノッコ将軍を連れてくるとは思いませんでしたよハインリッヒ卿」
「宰相を驚かせてしまい申し訳ありません。ですが、マル卿と共に攻めてきたマッシュほど証人に適切な人物は居ないでしょう」
クレーバー宰相とサブローのやり取りを見て、マッシュに罵声を浴びせるデイルとドレッド。
「これはこれは、陛下の勅令を無視して、誇りを無くして反逆者に加担したキノッコ将軍ではないですか。ヒヒッ」
「ナバル郡の他の仲間を見殺しにして、捕囚の身隣ながらも死ぬこともを良しとせず寝返った男が証人とは何かの冗談ではないですかな」
しかしマッシュは、全く意にも介さず、デイルとドレッドに向き合っていた。
「相変わらず嫌味な笑みを浮かべる不気味な御仁ですな。ドレッド様、話し合いではなく武力行使を使った結果、その責任を取り、捕囚の身となったワシに慈悲をかけてくださったのは、殿である。自分だけ逃げようなどとは、許せませんなぁ」
「「裏切り者が何をいう!!!」」
「マル卿にベア卿、その辺にしてもらっても良いですか?それに小競り合いにも同行して、一部始終を見ているのです。これ以上ない証人ではないですか?話を聞かせていただきましょうキノッコ将軍」
デイルとドレッドの言葉にクレーバー宰相が話が進まないとピシャリと言葉を切ると、証人として連れて来られたマッシュに続きを促す。
「宰相殿に捕囚と身となったワシの話を信じてもらえるかはわからんが、この場において嘘偽りなく話すことを誓おう」
「感謝します。私はキノッコ将軍のこれまでの忠勤を知っています。陛下はどうか分かりませんが少なくとも私は貴方を信じると約束しましょう」
「うむ。余も信じよう」
クレーバー宰相にチラリと横を見られて、釘を刺されたルードヴィッヒ14世も渋々頷く。
「それでは、話させていただきますぞ」
マッシュは見たもの起こったことを包み隠さず話した。
それを聞き終え、ルードヴィッヒ14世は顔を真っ赤にして、デイルを睨みつける。
「なんじゃと!?サブローが全て飲むと言ったにも関わらず、この付け足された言葉のせいで、小競り合いになったと申すのか。デイル!今の言葉に嘘偽りがあるのなら申してみよ!」
「ヒッ。これはサブロー・ハインリッヒが腹いせにキノッコ将軍と話を合わせて、俺を嵌めようとしているのです。信じてください陛下」
「そうか。デイルは、あくまで関係ないと言い切るのだな。では、ドレッドに聞く。余が2人に渡した勅令の中身は覚えているな?」
ドレッドは少し考えた後、その証拠も既にサブローに握られていることに行き当たり、この場は勝ち馬に乗ることにして、デイルを切り捨てる。
「はっ。陛下より賜った勅令書をマッシュに持たせて、ハインリッヒ卿の元に送り出しました。1つ、奴隷制に反対することを禁じる。2つ、ロルフ・ハインリッヒの妻であるマーガレット・ハインリッヒを陛下への恭順の証として差し出すことの2点でした。どうやらこの俺もマル卿に一杯食わされたようだ。ハインリッヒ卿にマッシュよ。先程の無礼、平に御容赦願いたい」
ドレッドの変わり身の速さに狼狽えるデイル。
「うっ裏切るのかベア卿!」
「欲を出したのが運の尽きだったなマル卿。同じ準男爵として仲良くしていたが、流石に庇いきれぬ」
「俺だけに罪を着せるつもりなのだなベア卿!アダムス、なんとか言え!俺を助けろ。あのことをバラされたくなければわかっているよな!」
突然話を振られたアダムスも巻き込まれたくないが娘のために精一杯の弁護をする。
「陛下、もしもこれが真実ならば、どうされるおつもりですか?」
「無論、デイルにはその身を持って、罪を精算してもらうこととなろう」
「そうですか。ハインリッヒ卿、此度は示談という形で、矛を納めてもらいたいのですが如何ですか?」
サブローは少し考えた後、首を横に振る。
「賠償金は、ナバル郡から頂きたいと思います。マル卿に謀られたとはいえ、ナバル郡が攻めてきたのも事実。こちらは、少なからず資源を消費したのです。その分の補填をしてもらうのは当然のこと。そして、これはこういう勝手な行動をしたら陛下からきちんと相応の罰が与えられるということを広く知らしめなければなりません」
ドレッドは、サブローの言葉で逆にタルカ郡を攻める好機と捉え、賠償金の件を飲み、攻める協力を申し出る。
「それで許されるのであれば、俺は問題ない。しかし、攻めるとなれば、俺にも協力させてもらいたい。こちらも謀られた被害者なのでな」
サブローはドレッドの意図を読み、申し出をやんわりと断る。
「いえ、お気持ちだけお受け取りしますベア卿」
ドレッドは、チッと舌打ちしながらこの場を支配しているサブローに逆らうのは得策ではないと素直に引き下がる。
「そういうのであれば、だが支援が必要ならいつでも言うが良い」
このやり取りを受け、アダムスもこれ以上は援護できないと肩を落とす。
「アダムス、アダムス、お前もお前も俺を裏切るのだな!」
「最早、情勢は決した。すまない」
「クソクソクソクソーーーーーー。ガキ如きが図に乗りやがって、返り討ちにしてやるからなぁ」
半狂乱となったデイルに沙汰を下すルードヴィッヒ14世。
「此度のオダ郡を巡るナバル郡とタルカ郡の侵攻について、ナバル郡は、タルカ郡の謀と知らずに加担したとして、オダ郡に対して、収益の7割の賠償金を支払うこと。タルカ郡は、オダ郡に併合とする。この件に納得できないのであれば、個々に争うが良い。但し、双方以外の郡がこれに加担することは認めん。加担した場合は、同様の処罰を降すものとする。良いな」
デイル以外の郡を預かる領主たちが『異議なし』と言いその場を後にしていく。
全員が退出した後、ルードヴィッヒ14世は、腰が砕けたかのようにどっしりと椅子に座り、クレーバー宰相に確認する。
「これで良いのだなクレーバーよ」
「はい。これで陛下の勅令を蔑ろにする者は居なくなるでしょう。彼らとて、自らの行いで今ある生活を失いたくはないでしょうから。ですが陛下、これは陛下自身が蒔いた種であることをお忘れ無きよう」
「心得ておる。余はマーガレットを側妃にする好機を己で潰したのだ。余もまたサブロー・ハインリッヒの掌の上で踊っていたのであろう」
「何か言いましたか?」
「いや。何でもない。サブロー・ハインリッヒをガキと侮ったことを悔いておっただけよ」
「そうですか」
こうして、陛下から大義名分を得たサブローはタルカ郡の攻略を進めるのだった。
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