2.戦いに慣れて歪んでく


 あれからそこそこ長い間、水をいじくり回して遊んだ。

 【深海ノ祝福】の効果で空腹や魔力切れも起こさず、数分うとうとと微睡んだだけで睡眠も終わり、ほとんど不眠でレベル上げに勤しめた。

 時間や日付感覚が無いので、どれだけ経ったかはわからない。

 しかし、成果もあって俺のレベルは10にまで上がっている。《水操作》にもずいぶん慣れて、自分の周囲を水流で覆う、なんてこともできるようになった。指先にドリルみたいに纏わせたりもできる。大小でかなり使いこなせるようになったと言えるだろう。


 相変わらず、光は無い。

 人は暗闇に長時間いると発狂するとか聞いたことがあるけど、今のところ特に何か精神に異常をきたしたとは感じない。不安とか恐怖も何も無い。

 これは俺が深淵から産まれたからだろうか? 暗闇は、俺を危険に晒すものではなく親しいものだと無意識に感じている。


 しかし、そろそろ暇が過ぎてきた。

 水操作を弄るだけではレベルも上がりにくくなってきているし、その間ずっと暗闇で独りだ。変わり映えどころでは無い、完全な無の空間。飽きてくるのは早い。

 一度、移動してみるのも良いかもしれないな、と考える。

 ここは深海、上に行けば、深度が浅くなり生き物がいる可能性も高くなる。敵に合う可能性も上がるだろうが、周囲を水操作で覆って索敵すれば良いだろう。あまりに身体が大きいやつなんかは索敵時点で逃げれば良い。


 人魚の身体は足が魚の尾鰭のようになっていて、これを捻ってくねらせることで泳ぐ。

 ドルフィンキックが近いだろうか? 泳ぐ練習も水操作と一緒にしていたから、遊泳くらいなら簡単にできる。速度を出すのは、この暗闇だと何にぶつかるかわからないのでやっていない。

 のんびりと上昇していく。自分が今どれほどの深さにいるかは知らないが、しばらく上がっていけば光はともかくなにか魚くらいはいるんじゃないか。


 そう思って周囲の水の流れを注意深く探知する。

 正直、今の自分は攻撃手段に乏しい。しかしここは水中、自分と反対方向に強い海流を起こしたら、攻撃はともかく防御や遅滞戦術はとれるだろう。相手のステータスは素で見られるのだろうか? 鑑定とかのスキルがいるやつだろうか。


 上昇を始めてしばらく。いまだに光は見えないが、水流索敵に引っ掛かるものがあった。

 自分から周囲500mくらいを目安に展開しているのだが、ようやく一匹見つかった。そこまで大きくなさそうだし、そのまま水流で包んで近くまで持ってくる。


 ふむ……案の定姿は暗過ぎて見えない。しかし牙を擦り合わせるような音が微かに聞こえる。

 水流で体の全体をなぞってみると、顎がとても発達した魚が見える。ホウライエソみたいな、飲み込むことに特化した体なのだろうか。


 話しかけてみるが、返答はない。会話する知性は無さそうだ。

 ステータスはどうだろう? 適当に自分のステータスボードを表示させる感覚で呟いてみる。この声はいまだに慣れないのだが。


海ノ原わたのはら せい】Lv 10/15

種族:人魚(深海サメ)

魔法:無

スキル:《水操作》

称号:【世界旅行者】【深海ノ祝福】【深淵】


 自分の現状が出るだけだった。

 ふむ、相手ステータス表示、とか言ってみるか。


【名無し】Lv 10/20

種族:深海ノ牙

魔法:無

スキル:《丸呑み》《水圧耐性Ⅴ》

称号:無


 お、出てきた。

 深海ノ牙、という種族らしい。やはりホウライエソ。

 レベルは10で、同じくらいか。この深海というレベル上げに乏しい手段で、レベル10にまで行けたのはなかなか幸運な魚なのかもしれない。それとも水圧に耐えているだけで上がるのだろうか?

 この水流に囚われた魚、例えるならまな板の上のタイだろう。生かすも殺すも俺次第だ。


 さっきも言った通り、この世界はレベル上げの手段に乏しい。ならば、ここでようやく捕まえた相手を逃すわけにはいかないだろう。

 しかしどうやって攻撃するか。こいつは水圧耐性なんてものを持っているが、どれだけ耐えれるのだろう?


《水圧耐性Ⅴ》

水圧に対して耐性を得る。

Ⅴ:深度3000まで


 ほう、深度3000……かなり深いらしい。メートルで考えると、それより深いところから来た自分は深度6000以上は下だろうな。かなり泳いだし、時間もかかったから体感だが。


 こいつは、3000までの水圧しか耐えられない……ふむ、《水操作》でこの包み込んだ水の水圧を上げたら、いい感じに攻撃できるのでは?

 妙案かもしれない、と早速試してみる。

 ジワジワと上げたら慣れられてしまうかもしれないので、一気に。

 じゃあ、適当に倍の6000からいこう。そうして水操作でギュッと握るように水圧を上げると、深海ノ牙はその圧に耐えきれず潰れて絶命したのがわかった。

 すごく圧縮されている。


 水族館で、深海に行くほど縮んでいくカップ麺の容器の展示を見たけれど、こうしてみるとやはり水圧というものは凄いんだなと驚く。

 深海探索なんてやってられないくらい水圧というものの脅威は高いのだろう。おまけに光も届かない暗闇に、日が届かない故の寒さもある。

 そういえば海底火山のガスとかは、俺大丈夫なんだろうか。火山には近寄らないようにしよう。


〈レベルが上限に達しました〉

〈進化の条件を満たしました。進化先を選んでください〉


 ピコン! とレベルアップの音が脳内に響き、次いでアナウンスのようなものが文字として脳内に浮かぶ。

 一気に5レベルアップしてレベルキャップに到達したらしい。

 やはり進化があった。どうやら、いくつか種類があるらしい。


〈上位人魚〉

上位の人魚。人魚の正統進化であり、姿はそのままに身体能力やレベルキャップが上がる。


〈上位人魚亜種〉

条件:群れを作らずレベルキャップに到達する。

上位人魚の亜種。より元になった魚の種族に近づき、高い種族特性を得る。


〈深淵ノ愛シ子〉

条件:称号【深海ノ祝福】【深淵】を獲得している。

深海に愛され、深淵を隣人とする人魚。海の暗さはいつでもすぐそばに。


 というラインナップだ。

 正直、これは〈深淵ノ愛シ子〉一択。なんせそれ以外を選んだら【深海ノ祝福】と【深淵】が消える。【深淵】はともかく、今この状況で【深海ノ祝福】が消えるのはまずい。

 さっきの深海ノ牙みたいに水圧でペシャンコになってしまう。

 進化するタイミングを間違っただろうか? 深淵ノ愛シ子だけ説明が抽象的なのが怖い。しかし選択肢はこれしかないのだ。

 俺は脳内で進化先を選択する。すると、身体が薄く光の膜を纏い、造り替えられていくのを感じる。眠気の中マッサージされてるみたいな、心地よい感覚。これが進化なのだろう。

 

 しばらく心地よさに浸っていると、光の膜が消えた。心地よさも消えていき、進化が終わったのだと察する。

 ステータスはどうなっているだろうか?


海ノ原わたのはら せい】Lv 1/30

種族:深淵ノ愛シ子

魔法:《海月提灯》

スキル:《水操作》《海鳴りの歌》《冥々水槽》

称号:【世界旅行者】【深海ノ祝福】【深淵】


 次のレベルキャップは30か。

 そして、スキルと魔法が増えている。名前だけでは判断できないし、詳しく見てみよう。


《海鳴りの歌》

人魚特有の美しい歌で、周囲の魚や水棲生物と交信できる。


海月くらげ提灯》

光る海月を喚び出し、使役できる。


 シンプルだが、こんな感じらしい。

 《海鳴りの歌》は人魚なら大体持っているスキルで、攻撃というよりは種族特有のもの。お魚とおしゃべりしたり、どんな事を伝えたいのかがわかるそうな。魚型の魔物にも有効らしい。

 《海月提灯》は光る海月を喚び出せる。召喚魔法で、これもそこまで珍しい魔法ではない。人魚ならたまに持ってる人もいるっぽいし。

 で、《冥々水槽》は……。


冥々めいめい水槽》

空間に任意の水圧、水温、水質の水の塊を作り出す。任意の対象を閉じ込めることも可能。


 ほー、なかなかに壊れ性能じゃんね。

 試しに使ってみようか。

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