3.水槽に沈む


 《冥々水槽》はスキルだけれど魔力を消費するらしい。作り出す水槽の規模なんかで消費が変わるとか。

 基本的にスキルは魔力消費が無い。これは強力故の例外ってやつかな。


 攻撃手段に乏しかったけれど、今はもう大丈夫だろう。これで俺しか耐えられないレベルの水圧で閉じ込めたら一撃で殺せてしまう。殺意が高すぎると思うが、生存のため、襲ってきたやつは容赦無く潰した方が良いだろう。

 こんな深海じゃ、いるのも魚や深海生物くらいだろうし。

 

 《水操作》でかけれる水圧には限界がある。さっきも、深度6000くらいでかけようとしたけれどできたのは4000くらいだった。水の塊を圧縮するのは、それだけ難しい。

 でも、《冥々水槽》があるなら話は別だ。お手軽に6000、7000と圧をかけていける。淡水海水、温度も自由自在。

 俺はそこそこ魔力があるのか、冥々水槽の魔力効率がいいのか、そこまで魔力を持っていかれるわけでも無い。便利だ。


 どうせなら、威力を試したいところ。

 というわけで、俺は《海月提灯》を使ってクラゲを2体喚び出す。人の頭ほどもある、紡錘型の半透明なクラゲ。

 シンカイウリクラゲに似ている。ボンヤリと光るクラゲは、ゆっくりと俺の周りを周遊し始めた。


 深海魚は光に寄ってくる。

 視界に目立ち、かつ生き物の動きをしていれば餌に飢えている奴らはそりゃ近づくだろう。それを利用しているのがチョウチンアンコウとかなわけだ。

 それを参考に、こうしてクラゲで獲物を誘き寄せれないか、という作戦だ。


 クラゲは俺の耐性を引き継いでいるのか、深度の影響を受けない。深さに関わらず召喚できるのは楽でいい。ふよふよと泳ぐ姿には愛嬌もある。

 海の月と書くのに相応しい、幻想的で綺麗な生き物だ。


 クラゲを出しつつ、まだ上昇する。

 上がれば生物がいることがわかったのだ。浅瀬まで行くとは言わないが、そこそこ他の生き物がいる深度まで上がりたい。

 水流索敵の範囲も広げて、1に戻ってしまったレベルを上げれるようにしたい。

 ゆっくりと動くクラゲが置いていかれない程度に、俺は上を目指して泳ぐ。


 それにしても、自分はどんな姿をしているのだろう? おそらく女性になっているのだろうが、明確な見た目や歳なんかはわからない。前世で読んだことがあるとはいえ、まさか自分がTSするとは。人生ってわからないものだ。

 この世界のことも全然わからないまま……というか、海の中だしな。森とかだったらまだ人の生活圏に楽に移動できただろうに、深海スタートとは。

 いや、魔物に生まれたのだとしたら人間がまず来れない深海スタートは好調なのか……?


 今はどうしようもない事を考えつつ、そこそこの距離を上がってきたらしい。索敵に引っ掛かる反応がいくつかある。

 そのうちのひとつは、もう近くまで泳いできているようだ。

 水流で閉じ込めて、クラゲで照らす。


 グロテスクな牙を持つ魚が、目の前に映った。ホラーみたいな見た目だ。驚いた。

 いや、深海生物って結構グロいというか、特異な見た目をしてるしな。でもいきなり目の前に出るとちょっと怖い。


 どうやら深海ノ牙らしい。ここら辺ではよくいる魚なのだろうか。さっき俺が潰したやつも同じような見た目だったのだろう。

 さて、捕まえた訳だが、こいつを《冥々水槽》の実験台にしてみようか。


 大きさはこいつがすっぽりハマるくらい、水質はここと同じでいい。水圧は俺が最初にいたところくらいで、《冥々水槽》を発動させる。

 メキョ、ともグチッともとれる音を立てて、深海ノ牙は潰された。水操作で潰した時よりも小さくなっている。

 魔力が減った感覚もあり、無事に冥々水槽が発動したらしい。


 頭の中にレベルアップの通知音がくる。さっきは一気に5レベルアップしたが、今回は2レベルしかアップしなかった。今はレベル3。レベルキャップまでの道のりは遠い。

 しかし他にも索敵に引っ掛かる反応があるので、順番に引っ張ってきて潰すとしよう。


 デカい顎とヒレを持った魚。巨大な目を持つ魚、ブヨブヨと柔らかい肉質の魚、やけにトゲトゲしい甲殻類……随分と沢山の魚を狩って、水圧の餌食にさせた。

 大抵、《水圧耐性Ⅴ》か《水圧耐性Ⅳ》を持っていて、レベルは10〜15が多かった。あまり高くないのは、やはり深海で獲物を見つけるというのがそれだけ難しいんだろう。

 俺は水流索敵という手段があるが、持っていない魚はひたすら暗闇を泳いで、狭い視界に入ったものを食うしかない。

 深海生活は生きるだけでも高難度だ。


 さて、そうしてなかなか沢山の魚を狩っていた訳だが、現在レベルは13。ようやく2桁を超えたというところだが、途端に上がらなくなってしまった。必要な経験値が多くなり、ここら辺の魚を狩っても上がり幅が少なくなったのだろう。

 あまり狩りすぎて生態系を壊すのもいけないし、また上昇することにした。上に行けば狩りの相手が増える分、レベルが高い相手もいるだろう。


 あんまり調子に乗って高レベルに挑んで死ぬとかは御免なので、索敵と逃げる準備はちゃんと構えておく。

 今だに周囲は暗すぎて、クラゲの光でも間近なものをやんわり照らすしかできない。

 照らされた俺の腕はやっぱり前世よりも細腕で、女性の手つきだった。慣れない。


 そも、俺は別に美少女になって喜ぶタイプではない。自分の体が一番落ち着くタイプだった。ので、転生とはいえ急に自分の体が女性の人魚に変わったことにまだ違和感がある。

 声も、自分のものと思えなくてなかなか喋ることもない。


 一度、深海ノ牙相手に《海鳴りの歌》を試したのだが、ろくな会話ができなかった。魔物だからか、それとも深海生物だったからかはわからないが、食べることに必死すぎてコミュニケーションが取れなかったのだ。

 食う、だの倒す、だの単語を繰り返すだけで、話にならない。

 優雅なお魚との会話は夢のまた夢らしい。


 泳いでいると、微かに深海の暗闇が薄れてきたような気がした。

 微かに、本当に微妙に日の光が入り込んでいるような。本当に僅かだが。

 おお、浅くなり始めている。なんとなく感じた光に感動していると、水流索敵にとてつもなく大きな反応が引っ掛かった。


 俺の身体よりも大きく……いや、俺何人分だろうか。探知範囲でも全体像を捉えられていないというのに、今わかる分だけでも俺が何十人も必要になるほどの、質量。

 俺はすぐ逃げ出そうとした。

 強大なモンスターか何かだと思ったのだ。自分なんて簡単に一飲みで胃の中に収まってしまうと。


 しかし直前、頭の中に響くように、穏やかな女性の声が聞こえた。


『おや……こんな深いところに人魚がいるとは』


 見つかっていることに絶望しつつ、話が通じる相手ならどうにか穏便に収められないかと、《海鳴りの歌》を使う。


『どうも、大きな誰か。どうか俺を攻撃しないで欲しい』

『攻撃? ……ああ、怖がらせてしまったね。私は体が大きいから、驚いただろう。水を操って周囲を探るとは、面白い事をしている』

『水の流れであなたの大きさはわかるけど、見えてはいないんだ。あなたは何者?』

『私は……名前は無いけれど、種族は「大潮鯨」と言う。気になるなら、ステータスを見るといいさ』


 なるほど、クジラだったらしい。それなら大きいのも納得だ。

 ステータスを見て良いらしいので、確認させてもらう。


【名無し】Lv 89/99

種族:大潮鯨

魔法:《大波》《念話》《超力砲》

スキル:《潮読み》《津波操作》《大鯨波》《船沈メ》《嵐喚び》《大渦》《飲み干し》《波盾》《波槍》《水圧耐性Ⅴ》《雷耐性Ⅴ》《氷耐性Ⅴ》《炎耐性Ⅳ》《再生力》

称号:【大海の支配者】【波の守護者】【船の天敵】【大洋渡り】【海洋の祝福】【海原の守】


 とんでもねぇ。

 レベル89も驚きだけど、羅列されるスキルや称号の圧がすごい。名前だけで強いとわかる。津波とか、船の天敵とか不穏なものもチラホラ。

 その巨体とレベルに見合う強大な力を持っているのだろう。


『見ました。……すごいですね』

『なに、ただ長く生きてきただけよ。スキルも称号も、いつの間にか付いてきたものばかり……そう怯える必要は無いよ』

『すいません、なんせまだ生まれたばかりでして』

『こんなところに人魚がいるなんて、不思議とは思ったがね。お前さんのステータスを見ても?』

『どうぞ』


 そう言うと、大潮鯨は俺のステータスを見ているようだった。数分会話が止まる。

 しかし、読み終わったらしい大潮鯨は大きな声で笑い出した。


『あっはっはっ! まさかこの歳で深海に愛された子を見るとはねぇ』

『……?』

『そりゃあ、人魚じゃあまず来れないところに居るはずだ。お前さんの親は人魚じゃなく深淵、深海だ。珍しいものを見た!』

『……俺は、自分の事をよく知らないんですが』

『なに、「深淵ノ愛シ子」はね。海の深い闇……深淵から生まれる、海の終わりを持った子なのさ』

『海の、終わり……?』

『海に親しむ全ての生き物、文明、歴史……その全てを終わりを、深淵は包み込む。まぁ、悪いもんじゃあ無い。私のような長く生きた鯨は、皆深淵に還ると信じてる』


 大潮鯨は随分と愉快そうに笑う。

 俺は自分の種族がどんなものなのか、よくわからない。ただ、なんかとんでもない希少な種族なのかもしれない。

 海の終わりって、なんだか仄暗さを感じるが。


『…………私はね、死ににきたのさ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る