深海転生(ソロ)
山茶始
1.生まれ変わるなら深海で
ふ、と意識が浮上する。
反射で目を開けると、何の光もない真っ暗な空間で、一瞬自分が本当に目を開けたのかわからなかった。
光が全く無い空間、目が見えていないのか、暗すぎるだけか。
それよりも、自分はなぜこんなところにいるのか。動揺にキョロキョロと辺りを見回すけれど、周囲には何も無い。
そもそも、なんというか身体の感覚がおかしい。足が固定されているかのように、バラバラに動かせないのだ。というか、まるで一塊になっているかのような感覚。指を動かすこともできなくて、焦る。
腕はちゃんと2本あるらしい。しかし自分の腕はこんなに細かっただろうか? もうすこし硬かったような気もする。
その手で足を触ってみると、ざらり、とヤスリのような触感があった。触られた感覚も、ちゃんとある。
なんだか、自分の脚がよくわからないものに変異してしまった気がして、ゾッとした。確認しようにも、やはり暗闇が邪魔をする。
体をくねらせていると、どうやら水中のような、水の抵抗を感じていることにも気づく。微かに波や、水特有の柔らかい張り付くような感覚もわかる。
水中にいるけれど、俺自身はちゃんと息ができている。吸って、吐けばちゃんと呼吸をしている感覚もあるし、息苦しさもない。
やはり人間ではない、何かになってしまったのだろうか。
そういう展開は、異世界転生ものとかでいくつか読んだけれど、まさか自分は死んで転生したとでも言うのだろうか?
正直、あんな酷い生活を送っていたら死ぬのも違和感が無いというか……納得だ。
自分が転生していると仮定すると、この世界はステータスなんかがある世界だろうか、無い世界だろうか。
ステータス、と呟いてみる。その声は、自分のものとは思えない可憐で淑やかな少女の声だった。
【
種族:人魚(深海サメ)
魔法:無
スキル:《水操作》
称号:【世界旅行者】【深海ノ祝福】【深淵】
パッと手元に光るボードのようなものが現れ、淡く光りながら文字を表示する。
どうやら、ステータスはある世界だったらしい。
ステータスボードの光は淡すぎて、俺の身体を照らすには足りなかった。すぐ闇に呑まれてしまう。
しかし種族は分かった。どうやら人魚らしい。深海サメということは、今自分がいる場所は深海。なるほど、水中で暗いわけだ。それでも、ここまで光が無いとなると相当な深さだろう。それこそ、地球最先端の潜水艦が無いと来れないくらい。
シンプルなレベル、魔法、スキルと称号だけのステータス。細かい数値なんかは無いらしい。こればっかりはラノベのようにはいかないか。
魔法は、まだ覚えてないとして……スキルはもう覚えているらしい。《水操作》だけだけど。これは魔力とか使うやつなんだろうか。あとで試してみよう。
称号は、やはり異世界転生しているからか【世界旅行者】という称号が。効果は、どれどれ。
【世界旅行者】
世界を渡った者の証。
ふたつの世界の言葉を翻訳し、読み書き会話をすることができる。
この称号は他人は閲覧できない。
翻訳機能らしい。ありがちだが便利な効果だ。これが無いと異世界の言語をゼロから学ばなくてはいけない。こんな深海じゃ、ろくな教育も受けられないだろうし、詰んでいただろう。
他の称号も、どれどれ。
【深海ノ祝福】
深海に愛された者の証。
あらゆる水圧、水温、水質から干渉を受けない。また、水中の魔力を吸うことで生命維持が可能。
【深淵】
深淵から出ずる者の証。
深海があなたを包み、深淵があなたに寄り添うだろう。
といった感じ。
【深海ノ祝福】は深海……というか海で生きる生物には破格の効果だ。もしかしたら俺は淡水でも生きられるかもしれない。
骨もひしゃげる深海でこうして平気でいられるのもこれのおかげだろう。
【深淵】はよくわからない。効果もあるのか無いのか不明だ。
でもまぁ、デメリットが無いなら別に良いか。もしかしたら何か前提条件とかがあるタイプのやつかもしれない。
そういえば、深淵から出ずる者ってことは、俺は深淵から産まれたんだろうか。こんな深海で、親も誰もいなくておそらくある程度成長した姿で起きたってことは、卵とか赤子として産まれたってよりかは別の生まれ方のほうがしっくりくるし。
母親がいないのは少し寂しいけれど、深淵を母と考えれば良いのかもしれない。ずっと寄り添ってくれてるらしいし。
さて、ステータス確認は済んだことだし、試しに《水操作》を使ってみよう。
しかし現状、視覚に頼ることができない。ので、なんか適当に流れとか、小さい渦とかを作って触って確かめることにする。
試しに両手の間でグルグルする水の流れを作ってみよう。
なんとなく、周囲の水を回転させるようなイメージで見つめる。矢印を置くような感覚? ゲームのコントローラーをいじる感覚とでも言おうか。すると、ジワジワと手に水の動きが伝わってくる。
微かにわかる程度が、だんだんはっきり、速度もわかるくらいしっかりと強くなる。
なるほど、見えないけれど、ちゃんと操作はできるらしい。幼少期、海で遊んだ懐かしい記憶が蘇る。
海がすぐそこにある家だったから、津波は怖かったけど夏は海水浴がすぐできて楽しかったのだ。格好の遊び場だった。
高校に入る頃には泳ぐのはやめて釣りに行くようになったけど、たまに足だけつけたりしてたっけ。
ぼんやりと前世を思い出しながら、水操作を続ける。流れの輪を大きくしたり、小さくしたり、逆にしてみたり。
規模が小さいからコロコロ変えられて楽しい。この空間、真っ暗で何も無いから、水流がわかるだけでも情報が増えて面白いのだ。どうにも暇つぶしが少ない。
外敵はいないけど話し相手もいない。
別に賑やかな性格はしてないから、話してないと寂しくて泣いちゃう、とかはないけれど……ぼーっとSNSを見てる時間は好き、みたいなやつ。どちらかというと活字中毒のほうか近いのかな。
とにかく目に情報が欲しい感じ。
しかし広がるのは暗闇ばかりなわけで……。
でも、まだレベル1の手前外敵に遭うよりは一人の方がマシだ。このまま水操作で遊んでたらレベル上がったりしないかな、と指先に水を這わせる。
最大レベルが15だなんて流石に低すぎると思うし、なんかレベルキャップを上げる方法もありそうだ。今思いつくのは進化とかだろうか。
進化は魔物とかに多い気がするけど、人魚って魔物枠なのかな。
魔物の時と亜人とかの人枠で分かれる気がする。魔物だったら、人に会ったら討伐とかされてしまうんだろうか。困るな。
前世の死因は思い出せないけど、死んだんだろうし。せめて前世の享年を超えたいところだ、うん。
前世は成人直前でたぶん終わったから、今世こそ20歳になりたいところ。
グルグルと水流や水の塊を作って遊んでいると、脳内にピコン! と音が鳴ったような気がした。耳鳴りとはまた違う、不思議な感覚。
ステータスを確認してみると、レベルが2になっていた。水操作で遊んでても経験値をくれるらしい。戦闘だけじゃないのはありがたかった。
しばらくは、水で遊ぶことになりそうだ。
これからはじまる異世界生活が、少しずつ楽しみになり始めた。
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