竜殺しの剣士

おもちくん

カイド大陸編

1話 覚醒


村の外れに位置する小さな丘の上で二人の男女が昼食をとっている。


「さっき村長がね”今日は魔力の様子がおかしい”って言ってた」


ノワールは心配事を口にした。

ノワールは、黒髪のボブカットで、身長が少し低めのすらっとした体型の女の子。特徴は親譲りの赤い瞳だ。


「魔力の様子?」


カイはノワールが持ってきてくれたサンドイッチをもぐもぐしながら聞き返す。

カイは黒髪の短髪で15歳になる男子としては少し背が低いが、鍛えているので体格はいい。隣に置いてあるロングソードと鎧はこの男のものだ。


この二人は村の中での唯一の同い年の人間で、仕事の間の昼休憩をよくこうして過ごしていた。


「うん。ほら今日ちょっと魔法使いにくくない?」

「ん−。俺はあんまり魔法を使わないからなぁ。そういえば昨日の夜、俺の母さんが風呂沸かす時に苦戦してたような」

「私もさっき氷系の魔法を使おうとしたけど、上手くできなくて…。村のみんなもそれを感じて不安になってる。何か良くないことが起きるんじゃ無いかって」


この世界における魔法は生活の中の道具だ。料理をするにも、洗濯するにも、あらゆるところで魔法を使う。それがもし完全に使えなくなったとしたら、川が枯れたり、地震が起きたりするのと同じくらいおそるべき”天災”だろう。


「村長はなんて?原因はわからないのか?」


ノワールは首を振る。


「全くわからないんだって。村長が生まれてからの70年間、こんなことは一度もなかったみたい。今、昔の書物を読んで似たような事が起きていないか調べてるみたいなんだけど…」


「」


カイは何かを言いかけるがやめる。


「まあ、大丈夫だろ」

「適当言わないで」


真剣な話を軽く流されたみたいで、ノワールは少しむすっとして、カイのおでこをちょっぷした。


「あいたっ」

「もう。頼りにしてるんだからね。村の衛兵さん?」

「その呼び方はやめろって」


カイはこの村の若者の中で一番強い剣士だったので、15歳になった時に衛兵に就いたのだ。


最後のサンドイッチを口にほりこみ、手を合わせる。


「ごちそうさまでした」

「どういたしまして」


カイは腹一杯だとばかりに腹をポンポンとする。


「カイはこの後どうするの?」

「ああ、最近少し魔物の様子も変だから、見回りをするよ」


ノワールは立ち上がる。


「そう。気をつけてね。じゃあ私帰るね。」

「サンドイッチ美味しかったよ。ありがとう」


ほんの少し昼寝したあと、カイは見回りに行った。


ーーー


昼食後、カイは森の中の散策路を巡回していた。静かな森の中、歩くたびに鎧とロングソードがカチャカチャと音を鳴らしている。カイはノワールと昼食の時にした会話を思い出していた。


「”魔法が使いにくい”かぁ」


カイは幼い頃から魔法が得意ではないので、生活の中で魔法を使う機会が人より少ない。そのため、ノワールに言われるまで気付かなかった。そもそも使いにくいとはどういう感覚なのか、いまいち理解していない。

試しにカイは、自分が生まれて初めて使えた簡単な魔法を唱えてみる。


「カタフ・モート・ステラ・エンジェ・ガルモート」^1


カイが呪文を唱え終わると、目の前に拳ほどの大きさの光の玉ができてカイの足元を照らした。予想に反して、問題なく魔法を使うことができる。


「あれ?別に難しくないぞ。簡単な魔法だとあんまり関係ないのかな」


魔法の発動に必要なのは、呪文、魔力、イメージの三つだ。


呪文は昔の人が竜からさずかった言葉で、単語ひとつひとつの意味はわからないが、文章の意味は記録されている。例えば今カイが唱えた呪文は「光よ。足元を照らせ」という意味だ。


次にイメージ。

魔法において、得意不得意を分ける一番の要因がイメージ力だ。

呪文はその意味を理解し、それがもたらす結果をイメージして唱えなければならない。イメージのない呪文には意味がない。想像力が豊富ではない人は比較的、魔法が苦手なのだ。


最後に魔力。イメージの乗った呪文は大気を漂う魔力に干渉し人智を超えた現象を起こす。大気中に魔力がなければ魔法は発動しない。


例外として、魔物には呪文を唱えずとも魔法と同等のことをするものがいる。例えば、チョウチンキツツキと言う種類の鳥は、夜間に光の玉を作り出し虫を集めて捕食する。


しかし呪文、魔力、イメージの三つが揃わなければ魔法は発動しない。


「簡単な魔法なら問題なく使える理由なんて、俺が考えてもわかんないか」


カイは色々と考えながら散策路を歩いているうちに森を抜け平原に出る。一面に畑が広がっていて見通しが良い。


カイは目を疑った。


村から黒い煙がもくもくと上がっているのだ。

カイの思考はその煙のように、曇っていく。

ごみを燃やしているのか、風呂を沸かしているのか、料理をしているのか。

否。そんな煙の量ではない。


ギェェォォァァァ


突然、咆哮が轟いた。

それは明らかに人や魔物の声量ではない。

悲鳴と怒号が混じったようなその咆哮で、カイの思考を埋め尽くす煙は吹き飛ばされる。


「はやく行かないと!」


必死に走るカイの頭には「何か良くないことが起きるんじゃ無いか」という先ほどのノワールの言葉がよぎる。


「父さん、母さん、ノワール!無事でいてくれ」


村の中にいた人たちが、畑の方に逃げてきて、村の入り口あたりが混雑している。轟々と家が燃えて火の粉が飛ぶ音や、悲鳴、家族を呼ぶ声が聞こえてとても騒がしい。

カイは村の入り口のあたりの群衆の中に両親を見つけた。


「父さん!母さん!」

「おお!カイ!無事だったか!」

「うん。森の方にいたからね。何があったの?」

「竜だ。竜が襲ってきたんだ」

「そんな!竜が人を襲う訳…」


カイが知る御伽話や神話では竜は人を襲わない。いやこの世界のどの噺を見ても、竜は人を襲わないだろう。

しかし、目の前の逃げてくる人たちや、燃える家が何よりの証拠だった。


「父さん!戦おう!いや、俺は戦う!」

「っ!だめだ!竜殺しは大罪だ!それに勝てる相手じゃない!」


息子に戦おうと言われて、それを止める父親の顔は悔しさと惨めさでいっぱいだった。しかし命あっての人なのだから、止めなければならない時もあるだろう。


カイの父親がカイを説得していると、村の中からノワールの妹のノエルが泣きながら走って逃げてくる。


「ノエルちゃん。大丈夫?」

「うん。でもお父さんとお姉ちゃんが!」


カイの頭は真っ白になり、必死に止める父親の腕を振り切って走り出す。


「カイ!やめろ!呪いをもらうぞ!」


ノワールの家の近くに差し掛かり、竜の姿が見える。

全身は20mほどもあり、赤黒い鱗で覆われたその体は、四本足で立って、翼を広げている。心なしか弱ったような印象を受けるのは、傷が多いからか、それとも、もたついた足取りからか。少し特徴的なのは背中についた薄紫の結晶だ。


「ノワール!」


竜の前では、ノワールの父親が倒れていて、その後ろでノワールが腰を抜かして膝から崩れ落ちている。


「…カイ。お父さんが…」


次の瞬間、竜が右前足を振り上げ、ノワールを攻撃しようとする。竜の前足についた剣のように鋭い爪は、糸も容易く最悪の事態を想像させる。


「あ…」


助けなきゃいけない。

このままではノワールが死ぬ。



間に合わない。



そう思った瞬間、音が遠くなっていき、あらゆるものが遅く見える。

カイはその感覚を、知っている。


父親と喧嘩して拳が顔に飛んできた時。

木登りをしていて頭から落ちた時。


しかし、自分以外の危機でこの感覚に入ったのは初めてだった。


カイは遅く流れる時間の中で、目一杯に踏み込んで、竜のノワールの間に割って入り、剣を振り上げた。


バキバキボキッ


振り上げた剣は、硬い鱗を割り、骨を砕いて、攻撃する右前足を弾く。


ギャェェェェ


ノワールは一瞬の出来事に頭が追いつかない。けれど竜の悲鳴を聞いてカイが竜に攻撃したのだと理解する。


ノワールはカイの無茶な行動を前に、冷静になる。


「カイ!お願い!戦わないで!」


ノワールは頭を地面につけて、何も知らない息子が王様に無礼を働いてしまった時の母親のように、竜に謝罪する。


「名のある竜とお見受けします。どうか無礼を許し、怒りを鎮めてください!どうか!」

「やめろ!早く逃げるんだノワール!」


しかし竜は何も答えず、お構いなしに左前足を振り上げる。


「言葉が通じてないんだ!いいから逃げろノワール!」


カイは左前足の攻撃を難なく弾く。その時、ちらりと、ほんのちらりと、竜の口元から、火が漏れるのが見える。


学のないカイでも、火を吹く竜の噺くらいは聞いたことがあった。

口から漏れる火はその予備動作に違いないとカイの直感は警鐘を鳴らしている。

家が燃えているのもそのせいだろう。

しかし避けるわけにはいかない。なぜなら、ノワールがまだ後ろにいるからだ。


「くそっ」


カイは自分の背丈の2倍ほども跳んで、竜の頭に剣を振り下ろす。その一閃は、竜の頭を地面に叩きつけた!^2


「 覚悟! 」


カイは着地と同時に竜の眉間に剣を突き立てた。


そして竜は死に、カイは呪いをもらうことになるのだった。


ーーー


^1:特に意味はない。適当に考えた意味のない単語の羅列。


^2: 自分の背丈の2倍の高さを跳んだのは魔法によるものではない。純粋な身体能力によるものである。そういう世界なのだ。誤解のないよう付け足しておくと、カイが特別身体能力が高いわけではない。「誰でもそのくらいできる」という設定にしておく。



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竜殺しの剣士 おもちくん @tarosei

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