第15話 思いがけない来客

 朝、いつものようにモサモサのタコスもどきを食べたあと畑に行くと、ウキ太が鍬を振るっていた。


 ついに森を切り開いた広さが学校のプールくらいになった。準備として買った種を苗にするために、少しずつ育てていた。


 その様子を見ようと畑の一角に近付くと、何やら今日は様子がおかしい。


 畑に作物を植えるときは、うねと呼ばれる小さな小山を作る。水はけを良くするためにだ。


 苗や種は普通そこに植えるのだが、まだ作ってはいなかった。……のだが、畑には縦横無尽に畝が走っている。同じ方向に揃えなければいけないんだが。


「ウキ太、これ何?」


 ウキ太は鍬に寄りかかって、手のひらを上に向けて首をかしげる。「さぁ?」とでも言いたげだ。


「なんだよそれ……」


 僕がすきを持ってその畝を突っつくと、中は空洞になっていたのか、ぐしゃりと崩れた。


「これ……モグラか?」


 実行犯の姿は見えないが、そのトンネルをすべて崩すと、折角耕した畑が見るも無惨な姿になってしまった。許さん……。許さんぞ、害獣!


「見敵必殺だぞ、ウキ太! 次は逃がすなよ! トリ男も夜はこちらに回せ!」


 僕がブチ切れても、ウキ太はヤレヤレといったポーズを崩さなかった。……まぁ、僕何もしてないしね。





 次の日、目が覚めると、ウキ太とトリ男と繋がる精神的なパスからしらせがあった。この骨の報せシステムは未だに慣れない。なんか悪寒に近い気持ち悪さがあるんだよね……。


 朝食を終え外に出ようとすると、イリスさんが僕を制止した。


「リフォロくん、今日、私は出掛けるけど大丈夫?」


「どこに行くんですか?」


「ちょっとお仕事かな? 夕方には戻るから」


「わかりました。気を付けてくださいね」


「……私よりリフォロくんの方が気を付けるんだよ?」


 それもそうか。僕、10歳だったな。


 久しぶりに軍服姿になったイリスさんを見送る。相変わらずムチムチで素晴らしい。北へと向かって凄まじい速度で消えて行った。あんな速かったんだな……。


 それから畑に向かうと、例の害獣が2体並べられていた。ヤツの正体はモグラかと思っていたけど、なんて言うか……手のデカいネズミのような生き物だった。


 50センチメートルほどの体に、15センチメートルほどの野球グローブのようになった手。いかにも地中適正のありそうな生き物だ。


「踊れ」


 2体のモグラネズミが仲間に加わった! と僕が頭の中でファンファーレが鳴らしていると、ビクリと痙攣したモグラネズミは畑へと潜っていく。


 ウキ太に代わって畑を担当するつもりらしい。


 これでウキ太は森を切りひらくことに注力できる。この調子でドンドン効率化していこう。イノベーションがなんとかかんとかだ。


 僕がこれからのアジェンダをスキームしていると、突然後ろから声を掛けられた。


「あの、もし」


「わああああっ!?」


 僕は驚きの余り、前のめりに転んでしまった。


 振り返るとそこには女性が居た。背景の森がこれほど似合わない女性も居ないだろう。


 艶のある黒髪を腰まで垂らしているが、その髪と対照的に肌は真っ白く磁器のようだ。人形のような無表情で美しい顔に掛けられた、銀縁の眼鏡越しに見える赤い瞳が僕の瞳をじっと覗き込んでいる。


 この山には似合わぬフリルをふんだんにあしらったドレスのような服を着ている。ボリュームのあるスカートに、その大きな胸を強調するようなコルセット。そして長く白い脚にはハイヒールが穿かれていた。……山を舐めてるな?


 彼女は僕に手を差し伸べる。僕はその手を取ると、引き上げられるようにして立ち上がる。妙に彼女の手の冷たさだけが印象に残った。いや、本当は胸も印象に残っているんだけど。


「大丈夫ですか? こんな山奥で何してるんですか?」


「それはこっちの台詞なんですけど……。僕はここの住人ですよ」


「……ここ? この先にある小屋ですか?」


「ご存知なんですか?」


「はい。でも女の子が一人で住んでたと思いますけど……」


「ああ、イリスですね!」


「う、うちの……?」


 無表情だった彼女が初めて目を見開いた。

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