第8話 先人の遺したもの

「イリスさん。僕だってこんなこと言いたくないですよ」


 向かい側に座ったイリスさんがしょんぼりとしている。二人が向かい合って座る机の上には、少し焦げた鳥肉が並ぶ。


「血抜きしていない鳥肉を、塩だけで食べるのは無茶ですって……」


 血の味がする赤黒く固い鳥肉をもしゃもしゃと咀嚼する。すっごい血の味がするよこれ!


「私だって血抜きはしたいんだよ? でも私が獲ると……その……ちょっと火が通っちゃうから……」

「いつもこんな感じなんですか?」

「うん。じょ、常在戦場だよ? えへへ……」


 照れ隠しなのか、笑いながらはにかむイリスさん。可愛らしいけど、可愛くない。


僕は最低限文化的な生活がしたいんだ。戦場生活がしたいんじゃない。生活能力と戦闘能力は比例しないのは仕方がないことだとはわかっているけども!


 久しぶりの食事を終えた僕はお世話になる身としては、イリスさんの生活を文化的なものにする決意をした。


「イリスさん、僕が食事をなんとかしましょう」


「ほんと!?」


「その鳥はまだありますか?」


「軽く処理したやつなら1羽あるよ」


「使ってもいいですか?」


「もちろんだよ」


 僕はイリスさんに連れられ、裏口から外に出る。裏庭? というかただの空地は表より更に草が生えていた。僕はウキ太に指示を出し、草刈りを頼んでおく。

 軒下には羽のむしられた頭と内臓のない、若干焦げた鳥が紐でぶら下げられていた。……もう肉じゃん。駄目だったら食べればいいか。


「踊れ」


 僕の言葉にぶら下がっていた肉がバタバタと動き出す。


「ひえっ!?」


「紐をほどいてもらえますか?」


「う、うん……」


 おっかなびっくり紐を解くイリスさん。それを地面に置くと、首のない二足歩行の鳥がトコトコと草むらに消えて行った。


「あのね、リフォロくん」


「何ですか?」


「キミの住んでいた国、ザーグラーにはあるのかはわからないけど、私の居た国には魔法行使法っていう法律……ルールがあるの」


 僕に言い聞かせるように、イリスさんはしゃがみこんで僕の目をじっと見る。あれ? 僕また何かやっちゃいました? 本当にわからないんですけど……。


「キミに死霊術の才能があるのは悪いことじゃないんだよ。でもそのルールでは、肉の付いている生き物は死霊術で操っちゃいけないって決まりがあるの。それと人間は骨であろうが絶対に操っちゃだめ。そう決まってるの」


「そんな決まりがあるんですね……」


 確かに、町で人間の死体や腐った動物がウロウロしてたら大問題か。


 それにしても自分以外にも死霊術師が普通に居るんだ。……なんか皆苦労してそう……。


「じゃあトリもダメなんですね」


「そ、そういう名前なの? ここではいいけど、町には連れて行けないよ。それにトリ男くんが腐っちゃったら私もちょっと困るかも……」


「わかりました。それならなんとかします。死霊術師ってそんなにたくさん居るんですか?」


「たくさんは居ないよ。私は大学で数人見たことがあるけど、その……変わった人が多かったかな……」


「か、変わった人……」


 変わった先人たちのやらかしによって出来た法律な気がしてきたよ……。


「もしリフォロくんが町で生活したいなら、そういうルールも覚えないといけないよ」


「今のところそのつもりはありませんが、その時は頑張って覚えます」


「うん。気が変わったらいつでも言ってね。……ところでトリ男くんはどこに行ったの?」


「そのうち帰って来ると思いますので、先に体を拭かせてもらえると……」


 寒い村だしそんなに清潔な生活をしていたわけじゃないけど、燻された臭いが鼻について仕方がない。それに僕は我慢できても、イリスさんが気になるだろう。


「それならお風呂があるよ」


「……お風呂……ですか?」


「え? お風呂って見たことない?」


「そういう意味じゃなくてですね」


 こんな森の中にお風呂があるなんて信じられないんだけど……。ただでさえ家はボロボロの山小屋みたいなのに。


 イリスさんは僕の反応に、悪戯っ子のような顔をして立ち上がると、僕の手を引き歩き出した。


 小屋から少し森に入ると、下りの獣道が現れた。そこを進むと、僕の耳に微かに水の音が届き始める。


 木の根が剥き出しになった坂を足元に気を付けながら下りきると、そこは石がたくさん転がる川原だった。


 その川原の川べりにはトラックサイズの大きな岩があるのが見える。先導するイリスさんはその岩に向かって歩いて行く。……あれが風呂だって言うのか? 異世界では風呂の意味が違うとか……?


 その岩は高さ2メートルほど、幅6メートルほどの大きさで川と反対側の面には、いびつな階段がついている。何か溶けて固まった後のような形になっているのだが……。


「これ、何ですか?」


「これがお風呂だよ!」


 自信満々に言い切るイリスさん。これがお風呂らしい。そっかぁ……。岩じゃないんだぁ……。


 いびつな階段を昇ると、そこはくり抜かれたようにへこんでいた。その中は雨水が少し溜まっており、落ち葉や砂も落ちている。もしかして、ここに水を貯めるの?


「あんまり使わないから、ちょっと汚れてるね。えいっ!」


 有無を言わせずイリスさんの手から炎が発せられ、湯気と煙が上がる。この人の掃除は豪快すぎる……。


 岩肌が真っ赤に焼ける頃には、中にあったゴミは消滅した。この世から。


「じゃあ、水汲んでくるから待ってて。熱いから触っちゃだめだよ」


 ふわりとイリスさんは浮き上がると、川原に下りて行った。そして大きな水音がしたかと思うと、洗濯に使うような木のたらいを抱えたイリスさんが階下からせり上がって来た。


「離れててね!」


 そう叫ぶと、そのたらいの中の水を風呂と呼ばれる窪みに注いだ。赤熱した岩に水を当たると、目の前が真っ白になるほど湯気が発生する。ちょっとイリスさんや、雑すぎやしませんか?


 地獄みたいな光景を見ながら、僕は生活文化度の向上が急務だと再確認した。

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