第7話 自己紹介にうってつけの日

「うちにおいで!」


「と言われましても……。お気持ちは嬉しいのですが……」


 思わずウキ太とひしと抱き合ってしまう。骨かてぇな。


「……あれ? 喜んで着いて来てくれる流れじゃなかった?」


「知らない人に着いて行っちゃだめだって両親が……」


「それはそうだけど……。うちが気に入らなかったら他の道も一緒に探すからさ! ここより悪くなることがないのは保証するよ?」


「……それはそうですね」


 そうだ。どうせ騙されるなら美人の方がいい。それだけは間違いないと確信できる。


「では、お言葉に甘えてお願いします」


「骨さんはどうしようか? 連れて行くよね?」


「何か袋でも貸して頂ければ詰めておきますので。……というか、どうやって移動するんですか?」


「すぐ着くから任せて!」


 ドヤ顔で自信に満ち溢れた顔をする軍服さん。近くにお住まいなのだろうか?


 それから僕はウキ太を麻袋に入れ、バラバラになってもらい、その袋を体に括り付けてもらう。すると毛布でぐるぐると簀巻きにされてしまった。


「大丈夫ですよね? 売られたりしないですよね?」


「心配性だなぁ、キミ」


「親兄弟に抹殺されかければこうもなりますよ」


「はいはい。行くよ」


 ハーネスのようなベルトを着けた軍服さんの体に、簀巻き状態の僕は縛り付けられる。これなんてプレイ? そしてそのままふわりと浮き上がる軍服さん。


 そこで僕ははたと気付いた。名前も知らない人に着いて行くのってまずくないか、と。


「あの、お姉さん名前はなんて言うんですか?」


「あー……。着いたらゆっくり教えるね? ゆっくり寝てていいよ!」


 なぜか濁された……。本当に売られないよな!?


 僕の追及をかわすかのように、凄まじいスピードで高度を上げていく。顔が寒い……冷たい……。


 するとそれが伝わったのか、軍服さんは僕の顔に自らが被っていたベレー帽を被せてくれた。……いい匂いしますね?


 目の前が真っ暗になり、そして風の音が一際大きくなると、僕は意識を失った。




「……ねぇ…………ねぇ…………ねぇ! 起きてっ!」


 目を覚ますと僕は山の上に居た。山肌が朝日に照らされている。あの針葉樹だらけで、寒くて乾燥していた故郷が嘘のように、ここでは豊かな自然が広がっていた。


 僕は簀巻きから解放されていて、木でできたベンチで眠っていたらしい。


 体を起こすと、心配そうな顔の軍服さんの顔が見えた。


「……あ、おはようございます。ここはどこですか?」


「よかったぁ……。うちに着いたよ。ほら」


 軍服さんの指す方には、ベンチの後ろには山小屋のような木の板で出来た小屋がある。


 あんなに強いのに、割と粗末な小屋と言っても差し支えないようなところに住んでいるんだな、と僕は改めてこの世界の厳しさを噛み締めた。


「お姉さんも結構苦労してるんですね……」


「人の家見てその反応は酷くないかな? でも苦労はしてるんだよ……。私ももっと楽な生活がしたいよ……」


 よく見ると雑草は生えっぱなしだし、屋根は傷んでいる。周りには何もない山の中。なぜこんな美人が一人暮らししているのだろうか?


「文明的とは言い難いですね。お姉さんは引っ越そうとは思わないんですか?」


「私は色々あってここに住んでいないといけない理由があってね……」


「軍の任務とかそういうのですか?」


 軍服を着ているだけあって、何か潜入任務とかそういうのだろうか? 軍服で潜入任務ってバレバレじゃないか? どうなんだろう。


「あ、この服? あー……私、もう退役してるんだけど、外行きの服って軍服しか持ってないんだよね……」


「……苦労してるんですね」


「村を追い出された子どもに同情される私って一体……?」


 二人でベンチに並びながら、溜息を吐いてしまった。弱くても強くてもままならぬ人生である。


「そういえばお腹空いてるよね? 何か作るね。食べられるよね?」


「何から何まですいません……。このご恩は必ずやお返しします」


「ハハハ……子どもに恩返しされるほど私は落ちぶれてないよ」


 苦笑いしながら軍服さんは立ち上がり、伸びをした。固そうな軍服のボタンが弾け飛びそうになった。うーん、でかい。


「結局お姉さん、お名前はなんて言うんですか?」


「私の名前はイリアケス=イーリオス。イリスって呼んでね!」


「僕はリフォロで、あの骨はウキ太って言います。よろしくお願いします。イリスさん」

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