第5話 Battle#5
ドン! と衝撃。有無を言わせぬとばかりに、僕に枯れ枝のような手が迫る。あ、だめだこれ。言葉が通じる系の魔女さんではなさそうだ。
枯れ枝と言っても、僕の体より大きな手を伏せて避ける。急いで立ち上がり、ウキ太と共に走り出すと、僕の転んでいた場所に魔女の手のひらが叩き付けられる。再び衝撃。
風と落ち葉が吹き上げられ、辺りには埃っぽい空気が満ちる。それを背に僕はうろに滑り込んだ。
うろの中ではまだ焚火は燃えていた。
再び衝撃が走る。僕は振り返ると魔女はうろの中に手を突っ込んできた。3度目の衝撃。
その手は僕ではなく、隣にいたウキ太を吹き飛ばした。僕は咄嗟に壁に背を当て、できるだけ壁になる。僕はうろの壁。僕は壁なんだ。どうせなら可愛い女の子の部屋の壁になりたかったよ!
バラバラになったウキ太を掴もうとしたのか、まるで虫の足のようにトゲトゲとしている指が、僕の目の前でワキワキと握られる。
しかしその時、指に焚火が燃え移った。意外と燃えやすい体をしているのか、魔女はニワトリのような叫びをあげながら、うろの中から手を引き抜いた。
「ウキ太、火を入り口まで移動させてくれ」
カタカタと骨が集まり、ウキ太が立ち上がる。ウキ太は火をものともせず、バラバラになっていた燃えている薪をうろの入り口に集め、その上に積んであった薪を投げ入れる。生乾きの薪が燃やされ、煙が立ち昇った。
それから二度、三度と魔女はうろに手を差し入れようとしたが、やはり火が苦手なのか、手をこまねくばかりで中には入って来れない。
僕はうろの中で燻製になりかけながら、危機が去るのを待つしかない。この調子だと、村人たちも逃げ延びたことだろう。
早くどこかへ行ってくれと願っていると、また衝撃が走った。魔女が移動したのかと思い、僕はうろの中から外の様子を伺う。
……僕はそこで信じられないものを見る。人が魔女を蹴り倒していたのだ。
「ウキ太……僕疲れてるのかな? ウキ太も確認してくれよ」
いやいや! とウキ太は顔の前で手を振った。そうか。ウキ太には眼球がないのか……。そういう問題なのか?
僕が現実逃避終え、もう一度外を見直すとやはりそこには人が居た。しかも倒れた魔女を何度も飛び上がっては勢いを付けて蹴る、を繰り返している。酷い。
死んだニワトリのような鳴き声をあげながら、魔女は蹴られ続ける。死んだニワトリが鳴くかどうかは知らないが。
異世界は弱肉強食。いくら
そのうちに蹴り続けていた者は飽きたのか、飛び上がったまま停止した。そうか、人は飛べるのか。僕が妙な感心をしていると、その人から炎が発せられ、天を衝くような火柱が上がった。
距離にして200メートルは離れているのに、ここまで熱風が来る。薄暗くて人影しか見えていなかったが、炎によって照らされた人影は、軍服らしきものを着ていた。
魔女が断末魔をあげながら消滅する。最後の一撃は切ないとは、こういうことか。
今日は得るものが多かった。これからの人生の糧にしよう。もう誰も信じず、僕は一人で生きていくのだ。
僕が固く誓いを立てていると、その人影はこちらに振り返った。入り口ではいまだ煙がもうもうと上がっているし、焚火は燃え続けている。そりゃバレるか……。
「ウ、ウキ太! 前に立ってくれ! 僕にいい考えがある!」
うろの外にウキ太を立たせ、僕は中から様子を伺う。軍服の人が近くに移動して来たのか、ブーツが枯れ枝を踏む音が鳴った。
僕は気配を消しながら、できるだけ低く威厳のある声を出すようにチューニングする。10歳児の本気見せてやるよ!
「ンッンッ……ニンゲンタチサレ。モリヨゴスナ。タチサレ……タチサレ……タチサレ……」
僕が残響音を含んだ、見事な森の長老の忠告を再現していると、澄んだワイングラスのような女の声が僕の耳に触れた。
「キミ、大丈夫? ケガはない?」
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