第4話 奇跡も、死霊術も、ないんだよ

 いつの間にか眠りこけていた僕はジャーギングで目を覚ます。ジャーギングとは居眠りをしていたら、体がビクッ! となってしまうあれのことだ。


 寝ている間にもウキ太が薪を追加していてくれたらしく、火は煌々と燃え盛っている。便利すぎないか、ウキ太。すごすぎないか、ウキ太。


 外はもう暗い。隙間風が僕に吹き付ける。できるだけ風の当たらない、暖かい場所に移動しながら、火に当たり続ける。


 これからどうしようか。お腹も空いたし、喉も乾いた。朝になったら何か探さないといけないな、とぼんやりしていると、外から声が聞こえてくるような気がした。


「……まさか魔女?」


 僕はそっとうろから外の様子を伺う。森の向こうにぼんやりと揺らめく灯りが見えた。あれは松明だろうか? 数も1つや2つではない……たくさんだ!


「リフォロー! リフォロー!」


 遠くから聞こえていた声が、ついに僕にも認識できた。僕は思わず感動して、涙腺がゆるんでしまった。家族が迎えに来てくれたんだ!


 僕は焚火の中から先端が燃えている薪を1本取り出すと、うろから出る。それを松明の灯りに向かって振りながら、すべての力を振り絞って大きな声をあげた。


「おーい! ここだよー!」


 何度も繰り返していると、向こうの松明も振り返された。殺伐とした異世界に生まれて、初めて家族の絆というものを感じてしまった。


 捨てたもんじゃない! 捨てたもんじゃないぞ、異世界!





 …………なんて思った僕は平和ボケしていたんだ。


 目の前に現れたのは兄マイルズと父。それに5人の村人……。皆、手にすきやナタを持っている。


「居たぞ! 鬼子おにごだ!」


 狩人の一人が声をあげた。僕は思わず、ウキ太を盾にするように立たせた。


「ほ、本当に骨が動いてやがる! 魔女が来る前に片付けるぞ!」


 別の村人が叫ぶ。


「なんでその骨がまた居るんだよ!」


「リフォロ……本当にお前……」


 復活したウキ太に驚く兄と愕然とした表情の父を見ていられず、僕はうろの中に逃げ込む。


「もう嫌だ……もう嫌だ……」


 逃げ込んだものの、僕の頭の中は上げてから落とされたことで、妙なショック状態に陥っていた。ここで死ぬのか。血の繋がった家族に殺されて。


「リフォロ! 出て来い!」


 声が次第に近付いて来る。終わりだ。


 ──その時、ドシンと木が揺れた


「クコッ……ゴッゴッ……」


 不気味な、不安を掻き立てる鳴き声がまた聞こえてきた。


「魔女だ! 魔女が来たぞ! 早く鬼子を殺せ!」


 殺される。殺されるくらいなら、魔女か何だか知らないが、僕が生き残るために、何でも利用させてもらうぞ。


「魔女様ー! こっちでーす!」


 うろから顔を覗かせながら、僕はできる限り大きな声を張り上げた。届け!


「魔女さーん! 早く! ここに居ますよー!!」


 僕が騒ぎだすと、本当に足音が近付いて来た。しかし一歩一歩の感覚が妙に長い。


 ドーン! …………ドーン!


 そしてどんどんと歩くスピードが上がっていっているのがわかる。こちらを確実に認識して来ている。


 どんな大きさの足だったら、こんな足音になるのか? なんでニワトリなのか? 疑問は尽きないが、僕は叫び続けた。


 村人たちは目の前まで来ていたが、行くか進むか、意見が割れているようだった。父と兄は帰ろうとしていて、狩人と他数名は僕を殺したいらしい。


 狩人の人に嫌われるようなことをしたっけ? まったく思い出せないが、そんなこととは関係なく、足音と鳴き声はすぐ近くまで来ていた。


「お、おい! あれ……」


 狩人の隣に居た村人が、僕の右後ろの方を指差しているのが見えた。もうすでに震度5はあろうかという振動が起きている。僕は慌ててうろから外に出た。メキメキと嫌な音を立て始めたからだ。木が倒れたら潰されて死んでしまう。


 そして見てしまう。見てしまった。


 暗闇の中で光る瞳を。黒い羽が全身からびっしりと生えた二足歩行の巨人……。いや、鳥なのか? しかしクチバシのように見える口には、ネトネトしたよだれの絡まった牙が犬や狼のように生えており、腕は翼のようになってはいるが、手は人の様に五本指だ。


 僕と村人を交互にゆっくりと見比べながら、よりかかるように周りの木を持つ。メキメキと木の枝の折れる音がした。


 痩せ細った見た目からは想像できない足音を立てて、村人の方へと一歩進んだ。


 脳が理解を拒んだ。その魔女と呼ばれる生き物……本当に生き物なのか?……が一歩踏み出すと、歩幅の数倍の距離を進んだのだ。


 ドン! と僕が浮くくらいの衝撃が来た。よろめいた村人の一人が、足音に反して枝のように細い魔女の腕に掴まれる。


 本当に音もなく掴まれ、そっと口に運ばれた村人はか細い悲鳴をあげながら、魔女の口の中へと消えた。


「く、食われたぞ! 魔女だ! 逃げろ!!」


 村人たちは蜘蛛の子を散らすように、逃げて行く。僕は彼らの無事を祈ることしかできない。命を狙われた手前ではあるが、別に死んで欲しいとまでは思わない。それも謎の生き物に踊り食いされて欲しいなどと思うわけがない。


「魔女ォォ!!! こっちだ! こっち!」


 兄が掴まれそうになったのが見えた瞬間、僕は無意識に叫んでいた。


 兄の命を握り潰そうとしていた手は止まり、ゆっくりと振り向いた虚ろな目と、僕は目が合ってしまった。


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