第3話 嘘と旅立ち

 そこに立っていたのは、兄マイルズだった。


「に、兄さん!? どうしてここに……」

「それよりそいつは何だ! どうしてお前の仕事を代わりにやってるんだ!?」


 叫ぶように、いっそ憎々しげに僕のことを兄は見つめている。


「……お前が急に仕事ができるようになっておかしいと思ってたんだよ。。魔女に魂を売ったんだな……」


「ち、違うよ……こいつは森の仲間で……意外と気のいいやつで……」


「嘘を吐くな! それで父さんと母さんに俺を売れってそそのかしたんだな!?」


「え? 兄さん、何のことだよ……」


「しらばっくれるなよ! 一昨日の夜、父さんと母さんが話してたんだ。俺を人買いに売るって……。お前が仕事をできるようになって、俺はもういらないって……」


 兄は怒鳴りながらも、ポロポロと涙をこぼす。


 そんなことになっているとは露知らず、のん気に死霊術すげー! してた僕は一体……。


 いや、それよりも兄にこの事を黙っててもらわないと、僕は村を追い出されるんじゃないか? ……あれ? 兄に黙ってもらったとしても、兄は売られてしまう……?

 

 ────詰んだ。


「ちっ……。クソガキにバレちまったか」

「なっ! お、おい! 嘘だろ?」


 僕が舌打ちをして兄を睨みつけると、逆に兄は困惑し始める。もうこうなりゃヤケだ。


「お前が売られた後、村人をすべて死体にして俺が村を支配してやろうと思ってたのによぉ」

「リフォロ……お前! 本当に魔女に……」


 兄は落ちていた木の枝を拾うと、まるで剣のように構え、僕に向けた。


「リフォロ! 今助けてやるからな!」


 我が兄は僕のことを助けるつもりらしい。まるで勇者じゃないか……。


 僕は泣き顔を隠すために振り返り、ウキ太をけしかけるように念じる。ウキ太は無言でカタカタと音を立てながら兄に飛び掛かる。


「うわぁ!」


 ただ木の枝を払うだけの動作。無造作に振られた枝に当たったウキ太が弾き飛ばされる。もちろん、わざと僕がそう見えるように操作してだ。


 ウキ太は川原の岩にぶつかり、バラバラになった。バラバラになって尚、まだ僕の支配下にあるのがわかる。


「クソッ……」


「リフォロ! 止まれ!」


 兄の静止の声が聞こえたが、俺はそのまま振り返らず、森の中へと逃げ込む。これが兄との……いや、両親との、村の人たちとの今生の別れであろう。異世界転生なんてクソ喰らえ!


「と、逃げてみたものの……」


 もう村にも帰るわけにはいかない。着の身着のまま10歳児と骨の猿1匹。現在地は薄っすらと雪の積もる早春の森である。


 帰ったとしても、迷信深い村のことだ。僕はきっと火で炙られるか、人買いにでも売られるだろう。


 僕は兄が川原から離れたのを確認すると、復活して合流したウキ太と二人で森の中を彷徨う。


「木の上で寝たら凍死待ったなしだし、洞窟でもあればいいんだけど……」


 それに野生動物も居るはずだ。村から離れたところには狼なんかも出ると聞いたことがある。ヘラジカは草食だよね……?


 まずは寝る場所と火を確保しなければ……。山の方に行けば洞窟なんかあったりしないだろうか?


 僕は一縷の望みを賭けて、山に向かってひたすら歩くことにした。




 それから歩くこと1時間。全く山が近付いている気はしない。周りの木々がどんどんと太く大きくなり、まるで太古の原生林のような壮大な景色に変わっていく。僕は太古の原生林なんて見たことないけどさ!


 大きな野生動物に出会うこともなく、僕は雪の上を歩き続ける。


 粗末な革靴の中に水が染み込み、足の指先は今にも千切れそうな痛みを訴えている。このままでは凍傷になるのでは……?


 その時、一際大きな大木が僕の目の前に現れる。その木の根本は大きく裂けており、その空間はとなっていた。


 このまま歩き続けても凍死する未来しか見えないし、とりあえずここで火を起こしたい。起こせるのか? でも起こせないと死ぬ。やるしかない。


 うろの中は幸運なことに平になっている。腐葉土らしく独特の臭いがするうえに湿ってはいるが。


 僕はウキ太に小さめの岩を集めてもらい、自分は薪となるであろう枝を集めることにする。


 湿っている枝を拾うより、枯れている木の枝を折って集めた方が乾いていていいと聞いたことがあった。少し歩くと、一つの枯れ木を見つけ、僕はできる限りその枝を折って集める。量に不安があったので、地面に落ちている枝も集めながら一度うろに戻った。


 ウキ太は予想以上に石を集めており、それを少し掘った地面の周りに並べて、簡易のかまどにする。それの上に乾いた薪を置き、その脇に湿った薪を積んだ。乾くといいのだが……。


 拾ってきた薪についていた杉のような針葉樹の枯れた葉をぎっしりと詰める。松ぼっくりもどきもあったので、それを上に並べておいた。


 その時、遠くでニワトリの鳴き声がした。


 肌がゾッと泡立つ。確かにコケコッコーと鳴いた。だが、ニワトリとは違う、何かが狂ったような言葉にできない異質さを感じた。木々の合間に響く、その不気味な鳴き声は二度、三度と反響する。


「だ、大丈夫だよな? きっと異世界産のデカいニワトリだよな? 魔女なんて居ないよな?」


 僕はウキ太に話しかけるが、もちろん返事はない。彼……彼女かもしれないが……には声帯はないのだ。


 声が鳴り止んで少しの間、僕は心臓が早鐘の様に脈打ち、火起こしどころではなかった。


 深呼吸をしてなんとか落ち着いた僕は、できるだけ真っすぐで乾いた枝を1本選び出し、ウキ太に小さな太い枝を拾ってきてもらい、それを裂いて板状に加工してもらう。


 ここからは原始的な火起こしだ。


 ウキ太は手のひらに枝を挟み、高速回転させる。すごいぞウキ太。そしてそこが削れて穴になり始める。ウキ太に全力で摩擦力を産んでもらう。疲れを知らぬアンデッドが全力で枝を回転させること15分。ついにうっすらと煙が上がり始める。


 ウキ太が居なければ、僕は絶対に死んでいただろう。サンキューウキ太。フォーエバーウキ太。


 作っておいたおがくずをその穴に入れ、もっと枝を擦り付けると、ついに赤い火が生まれた。僕はそれにふーふーと息を吹きかける。これは僕にしかできない。ウキ太には肺がないからね。


 ふーふーと回転のコラボレーションによって、ついに枯れた針葉樹の葉に火が移った。煙がすさまじく上がるが、僕は慎重かつ大胆に杉もどきの葉を燃やし続ける。そしてついに松ぼっくりに火が移った。


「やったぞ! ウキ太!」


 ひしとウキ太と抱き合う。ついに僕たちも野生動物から原始人になれたのだ。


 火はもうもうと煙をあげながら、大きくなり続ける。ウキ太に追加の薪を拾ってもらいながら、僕は靴を脱いで足を暖める。つま先が真っ赤でもう感覚がない。大丈夫かこれ?


 木の内側を背に、濡れた靴を乾かしながら、僕はそっと目を瞑った。眠りに落ちるのに、それほど時間はかからなかった。



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