第7話

◇ ◇


 僕が冒険者になり、パーティーを組まずにソロで活動して一年ほど経ったある日。

 ダンジョンの休息地で休憩を取っていると、三人の冒険者が僕に声をかけてきた。

「君は、ソロでダンジョンに潜っているのか?」

 そう聞いてきたのは、橙色の髪に黄金の鎧を着て、大きな青いフープピアスを付けた特徴的な瞳を持つ男。その後ろには、金髪の男と赤髪の女性がいた。

「あぁ。実家にお金を入れるのに必死でな。パーティーなんか組んだら手取りが減るだろ?」

「……なるほど」

 橙色の髪の男はそれを聞いて少し考えるような仕草をし、再び僕を見て聞いてきた。

「よろしければ、俺達の仲間になってくれないか?」

「さっき言った通りだ。僕は誰とも組まないぞ」

「そうか。なら、俺達の話も聞いてくれ」

 橙色の髪の男は図々しくも僕の隣に座り、自分の今のパーティー状況について語り始めた。

「俺は騎士で、金髪の方は魔導士、赤髪の方は聖騎士。つまりサポーター不足だ。特にこういうダンジョンではな、本気で苦労する。実はここまで来るのも一週間かかっていて……」

「無理なものは無理だ。他をあたってくれないか」

 僕はそう言って断ったが、橙色の髪の男は僕に手を差し出してきた。

「そういえば、自己紹介をしていなかったな。俺はネオン。お前は……」

「ハーベスだ」

「そう、ハーベスだったな。よろしくな、ハーベス。……よし、これでハーベスも俺達の仲間だな」

 そして、無理やり握手をされた挙げ句、勝手に仲間にされてしまった。

「お、おい。流石にそれはないぞ」

 あまりに自分勝手なネオンの言葉に僕は立ち上がり、抗議をする。

「お金のことは心配しなくていい。必要な分は用意するからいいだろ?」

「そ、そういうことじゃ……」

 言葉を詰まらせていると、ネオンは背を向けて休息地の出口へ向かって声をかけてきた。

「ほら行くぞ、ハーベス」

「行くってどこに……」

「ダンジョンの最奥のお宝を狙ってるんだろ? 行こうぜ、四人で。ボス戦なら俺達に任せてくれ。ハーベスは、道中の罠の数々を頼むからな」

 あまりに自分勝手なネオンに僕は困惑し、金髪と赤髪の二人にも目線で少し助けを求めてみたが、完全に無視されてしまう。

 結局僕は、されるがままにネオンについていった。



 突然パーティーに入れられた僕は、罠を見つけるたびにせっせと罠を解除していた。

「罠に引っかからないって楽だなぁ」

 そんな僕の後ろで、そうしみじみと語るネオン。

「ありがとね、ハーベス。とっても助かってるわ!」

 赤髪の女性が笑顔でお礼を言ってくるが、お礼を言われるたびに金髪の男に睨まるのは何故なのだろう。

「よ、よし。できたぞ。これで進める」

「オウ、助かった!」

 罠を解除すると、ネオンはニパッと太陽のような笑顔でお礼を言ってべしべしと僕の背中を叩く。

 再び歩き始めると、赤髪の女性が声をかけてきた。

「自己紹介をしていなかったわね。私はレオナよ! 聖騎士をしているわ! もし怪我をしたら、私に言ってね。私は回復魔法も使えるから!」

 レオナと名乗った女性の無邪気な笑顔を見た僕は、妹みたいだなぁ……なんて感想が浮かぶ。

「で、こっちはシャノンよ! 近寄りがたい雰囲気があるかもしれないけど、良い奴だから安心してね!」

 自分で自己紹介をせず、レオナに紹介された金髪の男。彼は、シャノンと言うらしい。シャノンは僕を一瞬見るだけで、会釈すらせずにまるで興味がないかと言うようにそっぽを向いてしまった。


 と、ネオンが立ち止まる。

「さて、この先にいるのがボスだな。ここまで穏やかに来れたダンジョンはかつてなかった……これまでのダンジョンは何だったんだと言うくらいの楽さだ」

 ボス部屋の前でしみじみとそう語ったネオンは、重圧感のある扉に手をかけて押し開いた。

「さぁ行くぞ、ボス部屋へ!」



 扉を開けた先にいたのは、骨の山に立つ、炎を司るドラゴン――赤竜。

 一気にピリピリとした緊張感が漂う。

「さあハーベス、見ていろ。俺達の強さを」

 だが、ネオンは誰よりも最前線で二本の剣を抜き、赤竜へと斬りかかった。


 三人の連携は凄まじく、瞬く間に赤竜を追い詰めていく。シャノンによって発動された無限に広がる魔法陣から放たれる魔法をすり抜け、ネオンとレオナは赤竜へ攻撃をし、赤竜は避けられる

 最強魔物と名高いあのドラゴンが、十秒足らずでネオンによって首を落とされる。

「こんなものか」

 そう言ったネオンは涼しい顔をしている。


 僕は、そんなネオンに圧巻された。

 いや、ネオンだけではない。

 パーティーメンバーであるレオナもシャノンも強かった。きっと彼らは、並の冒険者ではないだろう。

 ドラゴンは、こんな簡単に倒せていい相手じゃない。

「すごいな……」

 僕が思わずそう呟くと、ネオンは肩を組んでくる。

「だろ?」

 満足げな顔を見せたネオン。

「俺達は、これだけ貰うな。ドラゴンの頭だ。ま、目当ては角なんだが。その他のお宝は、ハーベスが全部持っていっていいぞ」

「……この中の一番のお宝は、ドラゴンの角だった」

「ごめんな、依頼なんだ。許してくれよ、な?」

「まあ、僕の目当ては赤竜が守っていた宝箱の中身だ。こっちは貰っていくぞ」

「あぁ、好きにすればいいさ」


 許可も取れたので、僕は宝箱を開ける。

 宝箱の中には、様々な物が入っていた。

 金銀財宝、一つ金貨十枚はする超回復ポーション、巷では出回らないような魔道具、それから……。

「なんだこれ? 『鑑定』っと……? 呪いのアイテム? いらないな、金にならん」

「おっとと、捨ててやんなよ、ハーベス。売れないなら、ハーベスがずっと持っていればいいさ。俺達の初パーティー記念日としてな」

「だから、僕はパーティーには入らな……」

「まあまあ、そう言わず。ちなみに、これはどんな呪いのアイテムなんだ?」

「ステータスが急上昇する代わりどんな攻撃でも一回当たるだけで即死する」

「最悪の場合で使えそうだな」

「国に帰ったら、僕は絶対に捨てるからな」

「そう言わず、な?」

 僕は、ネオンを睨む。こんなに押しが強い人は初めてだ。どんな暮らしをしたら、こうも我が儘になれるんだろうか。


「さ、帰るぞ、シャノン、レオナ。ハーベスも一緒に帰るだろ? どうせ方向は同じだからな」

 ネオンは皆にそう声をかけて……。

「……なんで僕の帰る場所も知ってるんだ」

「当たり前だろ? 俺は、勇者ネオンだ。んで、レオナは第二王女でシャノンは公爵息子。国民のことは知っていて当然だろ?」

「!?!?」

 そう答えたネオンが見せてきた手の中には、確かにブレイヴ家の家紋が描かれたブローチが握られていた。


 僕は、急いで膝をついた。

「し、失礼しました。どうか、無礼をお許しください」

「あぁ、そういうのはいいから」

「えっ、しかし……」

 僕はそう言われ、思わず顔を上げてしまった。

 ネオンはニパッと笑い、立ち上がるようにと手を差し伸べてくる。

「だって、俺達は仲間だろう? なぁ、ハーベス」


◇ ◇


 ネオン。お前は本当にいい奴だった。

 あの日、僕を仲間にしてくれてありがとう。パーティーに入れてくれてありがとう。

 僕は、君の親友として君の隣に立てる相応しい人間だっただろうか。少しでも相応しくなれただろうか。


 ――なあネオン、天国はどんな場所だ?

 温かいか? 楽しいか? 寂しくないか? 

 ……いや、寂しいのは僕の方だ。



 だからどうか、僕を笑って出迎えてくれないか!!




 ハーベスは亡き親友に祈りを捧げ、命を投げ入れる覚悟を決めるようにゆっくりと目を閉じる。

 もう腕は限界だった。


 聖剣が手からゆっくりと落ち、ディアスティマが放った魔法に呑み込まれるのを待っていた時。

「私の出番だね」

 ディアスティマの魔法を止めたのは、銀髪をツインテールにし、ひらひらとスカートがなびくフリルのついた可愛いらしい服を着た少女。


 ――ステラであった。

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