第6話

 シャノンの色鮮やかくも鋭い魔法とその間を切り抜けて剣で斬りかかるレオナに対抗すべく、宇宙の律者ディアスティマが出す魔法は、星空に輝く暗くも美しい流星のような魔法。

 だが、その美しさとは裏腹に魔法が落ちた場所がドロリと溶けていく。地面のレンガ、木造の家も、英雄の銅像も全てが溶けていく。ディアスティマが出す魔法は、まるで酸のようだった。


 レオナの前にディアスティマの顔が現れる。

「ぁ、」

「レオナ!!」

 ディアスティマの手が伸ばされ、シャノンが魔法を発動するのも間に合わず頭を掴まれそうになった瞬間、ディアスティマの手が金色の力に強く弾かれた。

「!?」

「退きなさい、魔族」

 凛とした女性の声が響く。ディアスティマが振り返った先には、聖剣を持った赤髪の女性がいた。

「何者だ、貴様。しかもその手に持つのは聖剣……あぁなるほど、だからこの程度の傷も治らないのか」

 ディアスティマは、負った傷が魔族特有の自然治癒能力が機能しないことに納得し、魔法で傷を治す。

 助けられたレオナは、自分と同じ赤髪の女性を見て、思わず目を見開いた。

「ね、姉様!?」

 レオナは驚き、思わず声を上げた。

「……第一王女リューゲルか」

 レオナの言葉にディアスティマは納得したような声色でそう呟く。

「姉様、どうしてここに来たの!? 裸足のままだし、ネグリジェで外に出るなんて女なのにみっともないわ……というかそれ、西の王国に代々伝わる聖剣で……また、国宝庫から持ち出したのね!? お父様に怒られ……いや、それよりも……!」

 何かを言いかけたレオナだったが、それは姉リューゲルの声に遮られる。

「妹が命に危機に晒されていたら来るものでしょう!! この聖剣は魔族の力を反射する力があるわ。ほら、立ちなさいレオナ。貴方が戦うのよ」

「で、でもこの聖剣、姉様を主として認めちゃってるのよ!? 姉様、戦えないのに!!」

「しょ、しょうがないでしょ……! 聖剣が認めちゃったんだから……! そ、それに私だって少しは戦えるわ! ほら、実際にレオナを助けたでしょ!!」

 どうしたことか、こんな時に姉妹喧嘩が始まってしまった。

「なんで二人はこんな時に喧嘩を始めるんだ……!」

 ハーベスは呆れたように声を荒げる。

 だが、レオナは止まらない。

「というか、姉様はそんなに動いたらお腹の子に悪いでしょ!! ほら、早くお城に戻ってよ!!」

「お姉ちゃんの子が弱いわけないでしょ!!」

「姉様の身体が一番心配なの!!」

 姉妹喧嘩をする二人の様子を黙って窺っていたディアスティマだったが、理解したかのように目を見開き、昂った声で言った。

「既に勇者の子を身籠っていたのか……!」

 ディアスティマは、リューゲルに手を伸ばす。だが、聖剣によってディアスティマの手は弾かれた。

「……なんと邪魔な」

「ほら、レオナ。この剣を使って!」

「私がこの聖剣を使ってもただの剣になるのに!?」

「言い聞かせたから大丈夫よ!」

 姉妹喧嘩をしている間にも、ディアスティマは確実にリューゲルを仕留めれるように強大な魔法を練り上げている。空間が歪み、重力がバグり、聖剣だけではどうにかできる魔法ではないのが目に見えてわかる。

「貸してくれ!!」

 レオナに手渡された聖剣は、ハーベスに奪われる。

 ハーベスはリューゲルを狙った魔法を聖剣で受け止めた。

「……忌々しい。退けろ」

「それは無理な頼みだな……! 親友の子を死なせるわけないだろう!!」

 ハーベスはディアスティマにそう叫ぶ。

 今、守っているのは、家族でも民でもない、唯一だった亡き親友の子。己の命に変えても守るのだ。

「レオナ! リューゲルさんを連れて早く城へ行け! シャノンもだ!!」

「オレは残る。攻撃はここからも続くからな、死んではネオンに殴られるぞ、いいのか?」

「そ、それはよくないな……ネオンの拳はどんな攻撃よりも痛いからな……」

 シャノンがレオナに目配せをすると、レオナはリューゲルを連れて城の中へ戻っていく。

「逃がすものか」

 ディアスティマが飛ばした魔法は、シャノンの魔法に弾かれる。同時にハーベスも受け止めていたディアスティマの魔法を空へ弾き飛ばした。

「民の避難が終わったようだな。……さて。ここから本気で行こう、宇宙の律者ディアスティマ」

 ハーベスは、聖剣を構えてそう言った。



 聖剣を持ったハーベスが前衛を務め、シャノンが援護するように後衛を務める。

 西の勇者パーティーは、あまりに強すぎた勇者ネオンいてこそのパーティーではあったが、各々の戦闘能力も高く、連携も並ならぬものであり、四人揃うとまさしく脅威そのものだった。だからこそ、魔王は勇者パーティーを別々に配置することで勇者ネオンを倒したのだが、盗賊と魔導士の二人にも関わらず、ディアスティマは圧倒されていた。

「普通、聖剣は主と認めた者にしか真価を発揮しないのだが、何故赤の他人である貴様が使える……?」

 純粋な疑問が浮かんだディアスティマ。

 そんな疑問に答えたのはシャノンだった。

「リューゲルは怖いからな。聖剣も従うくらいに」

「リューゲルさんって怖いか……?」

「……オマエは知らなくていい」

 サッと目を逸らしたシャノン。

 どうやら、人によって認識の違いがあるようだ。


 しかし、そもそも盗賊職はここまで強くはない。ダンジョンや森、夜などの特異環境であれば唯一無二の真価を発揮するのだが、戦闘では精々サポートくらいだ。普通、このように最前線では戦わない。

「聖剣も可笑しいが、貴様も可笑しい。盗賊とはここまで強くない。やはり西の勇者パーティーは純粋に可笑しい。あまりに常識外れだ。そして、魔導書の貴様も……ッ、と、我に喋る時間を与えないか」

 ディアスティマの腕がシャノンの魔法によって斬り裂ける。これ以上、喋っては……否、これ以上戦いが続いては負けると判断したディアスティマは、どこからともなく杖を出し、二人を仕留めることにした。

「――〈138億光年〉」

 莫大なエネルギーの魔法が放たれる。 

(この先は……城!! 僕ら諸共、城にいるリューゲルさんもまとめて殺すというのか……!)

 真っ先にディアスティマの意図に気付いたハーベスは、魔法の前に立ち塞がり、聖剣で受け止めた。

「止められると思うな」

 邪魔をしてくるハーベスに連撃しようとしたディアスティマだったが、逆にシャノンに攻撃される。

「オレがコイツを仕留める。オマエはそれを何がなんでも止めていろ」

「当たり前だ!!」

 ハーベスとシャノンはそう声をかけ合い、己の敵に集中する。


 もしこの魔法が城へ放たれたら瞬く間に城は塵となり、王族を失った西の王国は滅びるだろう。

「ここまでやるようになったか、魔族め……!」

「当たり前だ。ここ数百年は、貴様ら西の王国のせいで魔族は多大な被害を与えられた。そして、勇者ネオンが登場したここ十数年でそれはさらに加速した。お互い様だろう?」

「そんなわけないだろう!!」

「しかし、それ以上は貴様の腕が千切れるぞ? 千切れたら最後、それを止められる者はいなくなるが」

 嫌味のような言葉を吐いてクスクスと笑うディアスティマ。ハーベスは悔しさから歯軋りを鳴らす。

 ハーベスの左腕が千切れる。残った一本の腕でこの魔法をどれほど止めていられるだろうか。



 限界に達した時、ハーベスの頭の中では親友と出会った過去の記憶が蘇る――

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