第30話 魔族との馴れ初めを語る救世主
『この先にいる村の人々は死にかけていた俺を助けてくれた。人族であるからと言って差別せず。この人たちがどうして踏みつけにされ蹂躙される謂れがある。俺たちの敵は邪な魔族だけなはずだ。もうこれ以上戦う必要がない』
イクスが聖騎士を前にして魔族との馴れ初めを語っております。
聖騎士たちに動きがありませんが、鎧の中で困惑しているのは想像に難くないです。
このまま止まったままで平和な話し合いをすることになるのならいいですが、一人でもイクスの言葉に「ふざけんじゃねえ裏切り者が」みたいな感じでブチギレて飛んで行ったら大惨事になりそうです。
誤ってそれでイクスが死んだら目も当てられません。
この世界、ゲームと似通ってるから主人公死亡──ゲームオーバーしたら世界ごと消滅とかないこともなさそうなんだよな。
ワンチャン死んでも大丈夫もあるが、試すにはリスクがやばい。
世界滅亡をかけたイクス死亡ロシアンルーレットは流石に勘弁です。
無事にガス欠せずに辿り着けたので、ファラスに割と発言力の高いシアを通して「早よ説得してください」って伝えるか。
「確かあいつは知り合いだろ。行ってやらなくていいのか?」
「いい。俺が正面から行っても拗れるだけだし、生身で鎧と相対したくもないからな。最悪揉めて聖騎士長と王女殿下から処分も下されるし、割に合わん」
シアが待機しているテントに向かう。
あれ、なんか聖騎士の鎧に包囲されてるんですけど。
「お初にお目にかかるスラン殿。私は聖騎士長直属聖騎士隊ラウンズのコーネレイ」
何なんですかね、これはと思っていると中盤の戦闘で敵に瞬殺される瞬殺のコーネレイが出てきた。
まだ出番じゃないのに何しにきたんですかこの人は。
「すまないがこれから救世主の懐柔にあたるので、不安要因を取り除きたくてな。ことが終わるまでそっちのテントで待機してもらっていいか」
なるほど。
我々は邪魔してきそうだからここで大人しくしてほしいということか。
ファラスもここに来てだいぶ切羽詰まってるらしく、形振り構ってないな。
こんな露骨な包囲をすれば、教会と仲の悪い我々を敵としか思っていないていう内心がダダ漏れですよ。
「わかった。一刻も早い事態の解決を願う」
「協力感謝する」
騒いでも生身で鎧とバトルことになるのでそのままテントの中に入場する。
「戻りましたか。スラン、リリアン」
中に入るとジト目で不服でしょうがないと言った感じのシアと近衛騎士たちがいた。
むくれてもしょうがないですよ陛下。
日頃の行いが悪いんですから。
「教会に主導権を握られているこの状況面白くありません」
出撃して誰も援護してくれなかった俺の方が面白くないですよ。
もう文句言ってもしょうがないんですから、みんなでしりとりでもして時間潰しましょう。
そっちの方が建設的ですよ。
「何よりも私たちに見ることも許さないというこの状況胡散臭すぎます」
「陛下、一応地面に穴を掘れば出ることは可能ですが」
「馬鹿を言うな。見つかればことを構えることになるぞ。丸腰のまま」
「だがそれしか」
「ならば発見されないほど遠くまで穴を掘り進めて、発見されにくい少数精鋭で行けば良いだけです」
シアが無茶振りを言い、周りの近衛騎士たちが侃侃諤諤といった感じで言い合い始めた。
何だか外に行って状況を確認する方で話がまとまりそうですね。
居残り組にされると失敗した時にここで鎧にタコ殴りにされるので、実行隊に行くために先手を打つか。
「シア様の言うとおり捕捉されないほど遠くに穴を掘れば発見されずに外に出れる。だが魔力不足で中途半端になっては困る。この中では魔力量の多いものが行くべきだろう」
「それならばスランあなたとそこにいるリリアンを実行隊に任命します。残りのものは私と共に待機しなさい」
「「「は!」」」
無事実行隊に任命されました。
今から鎧乗りアルバイトから土木作業員に転職します。
「スラン。お前は私より腕が立つ。私が土魔法で穴を掘るからお前は温存しておけ」
はい、秒でフィジカルエリートに職を奪われました。
穴掘り中ニート確定です。
まあ穴掘って外の様子を見に行ったところでイクスと揉めてもファラスにとって何の利益もないので、イクスに「侵攻やめます」って言ってるとこ見て即終了だと思うが。
「スラン殿私の通話用の魔導具をどうぞ。これで陛下に外の様子を報告できます」
さて行こうかと思うと通信の魔導具を近衛騎士に渡された。
便利だけどシアにしか繋がらないと言うのがなんとも言えんな。
とりま準備もこれで完全だし、行くか。
──
イクスが現れるとローゼリンデはファラスに呼び出された。
イクスを説得と言うのなら周りの面子も呼べば良いのになぜ自分だけがと思うと、ファラスが言葉を紡ぎ始めた。
「残念なことだが、救世主は卑劣な魔族どもに洗脳されている」
「イクスがですか? 先ほどの声を聞いた感じではおかしなところはなかったのですが」
「実に巧妙でね。声を聞いた程度ではわからないんだ。だが洗脳されたものは決まって魔族に肩入れした発言をする。君も彼の発言を聞いただろう」
確かに先ほどイクスは魔族に肩入れする発言をしていた。
魔族に肩入れした理屈はイクスらしく納得していたが、思い返せば敵の本拠地の魔族領にいることなどおかしい点はある。
魔族領に自ら行くなど自殺志願者でない限りそんなことはしない。
イクスは確かに精神的に不安定になっていたとはいえ自殺するほど弱くないのだから。
確かにおかしい点はあるが、まだイクスの言動より「洗脳されている」と言われている方がローゼリンデには疑わしく感じた。
「聞きました」
「いきなり言われてピンと来てないようだね。だが今は信じてもらうほかない。必ず彼の要求を飲み背中を見せた時、我々に牙を剥く。多くの命が失われた時からでは遅いんだ。そのために救世主と同等の力を持つ君に戦ってもらいたい」
「私にイクスと戦えと? そんなこと……」
「君しか彼に対抗できる力はないんだ。君が戦わなければ多くの人間の命が散ることになる。君の大切なものの命も含めて」
エーデたちの姿やスランの姿がローゼリンデの脳裏に浮かんだ。
それが失われると思った瞬間に堪えようのない恐怖が湧き上がってきた。
まだ信じられたわけではないが、信じたいものを信じて大切なものを失うのは愚かだということが彼女にはわかった。
だが信じるとしてもイクスを自分の手で葬るというのも無理だと心が語りかけてきている。
だからローゼリンデはこの世を救うものならば応えなければならないはずの「他のもののために戦え」というファラスの言葉に返事ができなかった。
「なに彼を殺してくれというわけではない。彼を無力化してくればいいんだ」
イクスを殺さなくていいという言葉を聞くと本来なら刃を向けるのも嫌だがまだマシな気がしてきた。
「君が上手くやれば卑劣な魔族の手から無傷で救世主を救い出すことも可能だ。誰も傷つけることなくこの事態を解決することができる」
「それは本当ですか!?」
先ほどまで陰鬱な解決手段を想像していただけにその言葉はローゼリンデにとって殊更素晴らしいものに聞こえた。
自分が実行すべきものに。
「ああ。可能だ」
「それはどうすれば?」
「君には要求を受け入れることと魔族の村に案内して欲しいことを伝えて彼の元にできるだけ接近して鎧の首を刎ねてもらいたい」
「騙し討ちということですか?」
「そうなるが、できるだけ無傷で無力化するなるとそうする以外に方法がないからな。気はすすまんかもしれんが頼むよ」
少し卑怯な気もしたが、それだけで全てが救われるというのならローゼリンデには断る理由はなかった。
「分かりました。聖女としての使命を果たしたいと思います」
「ありがとう。君には辛い役割を強いると思うがよろしく頼む。もうすでに鎧の準備はできている。早く彼を君の手で救ってやってくれ」
ローゼリンデが自らの使命を実感し頷いて去っていくとファラスはその背中を見送る。
そうするとファラスお抱えの騎士団ラウンズの一人──ローデンがローゼリンデと入れ替わるようにテントの中に入ってきた。
「聖騎士の準備整いました」
「早いな。魔族の村を滅ぼすのはまだしも聖女がしくじった場合は救世主を討てという命令は渋ると思ったが」
「偽物だと言ったところ大した実績もあげてなかったことでスムーズにことが進みましたもので。ですがあれは本物でしたのに本当によろしかったのですか?」
「いいとも。使命を果たせないのなら本物とて意味はない。まだ使命を果たせるのならスペックの高い偽物の方がましだ」
「十年前にファラス様自ら凍結した計画を実行する時が来たと。いえ、あの救世主に一切干渉しなかったのは元々処分する予定で計画はもうすでに実行されているのですか」
「ああ、あれは自分の感情を優先し過ぎてダメだとわかっていたからな。もうすでに代わりは作ってある。あとはあれを消すだけで良い」
「ファラス様の慧眼に感服致します」
「煽てても何も出んよ。お前は私の右腕だ。今回のこと期待しているぞローデン」
「は! 必ずやこのローデン、ファラス様の期待に応えて見せます!」
「心強い返事だ。行きたまえ」
敬礼して足早にローデンが出ていくとファラスは我慢できなかったように笑い声を上げ始めた。
「ローデン、お前は私が人族のことなどどうでもいいと言った時どんな顔をするんだろうな」
一頻り笑うと魔導具の水晶のスイッチを入れて、イクスの元に向かうローゼリンデの鎧──『白雪蒼白』の姿を表示する。
「憎しみ合い。殺し合え」
小さく憎悪に染まった声を響かせるとファラスは再び壊れたように笑い始めた。
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