第117話 そういう事である



「……申し訳ないが俺の名前を教える事はできない。それでは失礼する」


 そして流石に俺の正体をバラす訳にはいかないので、名前は教える事はできないと言うとそそくさとその場から離れる。


 というか一秒でも早くこの場から去りたいので、気が付いたら早歩きになってしまっていたようである。


 これから精神的に疲れるであろう事が立て続けに続いていくのでこんな所でどうでもいいエリザベル? とかいう訳分からない人間から精神力を削られたくないしな。


 そんな事を思いながら俺は一旦カイザル陛下が俺専用にと用意してくれた休憩室へと向かうのであった。





「──本日お主たち貴族に集まって貰ったのは、勿論あの大災害になりうるスタンピードを一人の犠牲も出さずに乗り切る事ができた事と、これを使って他国へとけん制できる為我が帝国はこれから数十年の平穏が訪れるであろう事を祝う為の場というのもあるのだが、流石にそんな祝いの席に例の、黒衣の英雄と呼ばれる者を呼ばないのは失礼というものであろうっ!!」


 カイザル陛下が謁見のまで座っていたにも関わらずわざわざ立ち上がったかと思うと長々と帝国に対する熱い思いを述べ、そして拳を高く振り上げて今話題の黒衣の英雄をこの場に呼んでいると言う(叫ぶに近い)ではないか。


 一応カイザル陛下からは『時が来たら呼ぶのでその時までここで隠れていて欲しい』と、本来であれば恐らく皇帝陛下が逃げる為に謁見の間に作られた通路へと通じる隠し部屋で待機させられていた。


 当然その場所は逃げる為の準備をする部屋なので何も無く、防音などされている訳も無いのでカイザル陛下の叫び声がここまで聞こえてくるではないか。


 恐らく俺に聞こえる為にあえて大きな声を出したのだろうが、普通に話していても筒抜けであったので正直な話し無駄な気遣いであると言えよう……というかそもそもこの賞与の場が無駄な気遣いというか、面倒くさいので放っておいて欲しかった。


 しかしながらここまで来て流石にカイザル陛下の顔に泥を塗る訳にもいかないので俺はカイザル陛下の横へと瞬時に移動する。


 そうする事によって隠し部屋の場所を知られる事もないだろう。こういうのを気遣いというのだとカイザル陛下へ言ってやりたい気分である。


 それと、俺は思う。


 国のトップと繋がっている悪役はカッコイイ……と。


 そういう事である。


 もしカイザル陛下がそこまで見越しての賞与式であったのならば、要らぬ気遣いと思っていた事は謝罪しよう。

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