第116話 忘れたとて問題ないだろう



「きゃっ!?」

「……大丈夫か?」

「…………は、はいっ」


 そんな事を思いながら歩いていると、急に開いた扉から飛び出してきた女生とぶつかってしまうではいか。


 咄嗟に腕が出てくれたお陰でバランスを崩して倒れそうになっている女性を支える事ができてホッとする。

 

 もしこれで相手がそのままバランスを崩して床に倒れたりでもしたら色々と面倒くさい事になりかねないので、その最悪な事態を避ける事ができたのは不幸中の幸いであると言えよう。


 しかし、安心したのも一瞬であった。


 というのも、ぶつかった相手があのカイザル陛下の娘であったのだ。


 正直な話し、相手があのカイザル陛下の娘であると分かった瞬間にこの場から立ち去りたかったのだが、流石にそんな事をしては後の賞与式で何が起こるか分かったものであはないのでとりあえずこの娘を刺激しないように細心の注意を払いながらこの場を流す方向で動く事にする。


「なら良かった。女性に怪我をさせたとなれば一大事だからな。とりあえず後々どこか痛み始めてしまう可能性もあるからこれを渡しておこう。身体のどこかに異変を感じた時はこれを使えばいい」

「あ、ありがとうございますわ……っ」


 そして俺は早口で相手の身体の心配をし、後から『実は後ほど確認してみたら怪我していました』とか言われる可能性があるだけでも嫌だったので、その可能性すら潰す為にストレージからエリクサーを出して皇帝陛下の娘へと渡す。


 ここまですれば問題ないだろうと思った俺はこの場から去りたいのだが、何故か皇帝陛下の娘は俺の胸板に顔を埋めて動かないではないか。


 これでは埒が明かないと思った俺は声に出して『自分はこの場から離れたい』という意思表示を示す事にする。


「では、俺はこれで」

「あっ……」

「何か?」

「あ、あの……せめてお名前だけでも」


 しかしながらこういった類の人物は一定数『口で言っても分からない』という者がいるわけで、名前を告げずに去りたいにも関わらず引き留めて名前を確認して来るではないか。


 というか、名前を告げないで去ろうとする意志を示すという事は遠回しに『あなたには興味がございません』という意思表示だと思うのだが、こいつは今まで皇族として何を学んできたのだろうか?


「すみません。エリザベート様は今まで異性と触れ合った事が無いので、慣れない状況によって軽いパニックになってしまっているようです」


 そんな俺の状況を察してくれたのか側仕えであろうメイドがこの状況を分かりやすく説明してくれる。


 察しの良い人物がいて助かった……というかコイツの名前はエリザベートという名前だったんだな。何回か聞いた事があるような気がするけど完全に綺麗さっぱり忘れていたわ。ふーん、エリザベースね……うん? エルザビート? あれ? まぁいいか。忘れたとて問題ないだろう。


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