第114話 良い匂いですわ
「あ、ありがとうございますわ……っ」
女性であるわたくしに対して真摯な振舞、そして割れ物を扱うかのような対応、怪我をおもんぱかって回復までくださるアフターフォロー。さらに服の上からでも分かる筋肉質な身体。
きっとこの服の下には鍛え抜かれた美しい身体が隠されている事だろう。
そのどれをとってもロベルトのクズとかいうヤツよりも上である事が窺える。
あぁ、何故わたくしたちはもう少し早くである事ができなかったのだろうか……。
帝国の危機レベルであった天災レベルの大規模なスタンピードに対してもう少し早く起こっていればと考える事自体が皇帝陛下であるお父様の娘としてあり得ない考えである事は理解できているのだが、そう思わずにはいられない。
もう少し早く、ロベルトのクズとの婚約話がでる前にである事ができたのならば、わたくしは間違いなくお父様に黒衣の英雄様との婚約を取り付けていたというのに……。
何故神はこうもわたくし達の恋路を邪魔するのだろうか……。
「では、俺はこれで」
「あっ……」
「何か?」
「あ、あの……せめてお名前だけでも」
そんな事を思っていると、黒衣の英雄様がやる事は終わったとばかりにこの場から離れようとするのでわたくしは思わず引き留めてしまった。
きっと黒衣の英雄様は皇帝陛下から賞与されるという事が初めての経験であろうし、本日の主役でもある事から忙しい中ぶつかって来た小娘のわたくしに怒ることなく心配をしてくださったのであろう。
そんな黒衣の英雄様を呼び止めてからその事に気付き、申し訳ないと心の中で思いながらもわたくしはせめて名前だけでも知りたいと問いかける。
「……申し訳ないが俺の名前を教える事はできない。それでは失礼する」
しかしながら黒衣の英雄様はそう言うとこの場から離れていき、わたくしはその背中を見つめる事しかできなかった。
きっとお父様より正体を誰にも明かすなと言われているのだろう。
そしてわたくしには分かる。きっと黒衣の英雄様はわたくしに名前を名乗りたかったという事を。
その事が黒衣の英雄様の声音から伝わって来たのだから間違いない。
「……つれないお方。……あっ」
そんな律儀で不器用な黒衣の英雄様にわたくしは少しばかり棘のある言葉を漏らしたその時。床に何かが落ちている事に気付く。
それはカラスの濡れ羽色をした漆黒のハンカチであった。
「……………すーーーーーーーーはーーーーーーーーぁぁぁああっ…………良い匂いですわ」
香りまで良いだなんて……。
「……何をやっているのですか?」
「ひぁあっ!? い、いたんですのっ!? アンナっ!!」
「はじめっから居ましたよ。エリザベート様の側付きメイドですから。むしろどうして居ないと思ったのですか?」
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