第112話 返答は『はい』しか無い



「…………お父様、一度お医者様に頭を見てもらいましょう」


 わたくしのお父様はここ最近の近隣諸国との攻防に頭を使い過ぎてきっと頭がおかしくなったに違いない。


 ここは娘であるわたくしがしっかりと本人に言ってあげるべきであろう。


「あぁ、大丈夫だ。問題ない。まだボケる歳でもないしの。むしろロベルトの近くで生活をしていて、ロベルトの隠して来た力の片鱗すら感じ取る事すら出来ていなかったお主には実の父親ながら嘆かわしいばかりだの。今まで可愛さ余って甘やかしすぎたのかもしれぬ」


 しかしお父様は問題ないと一蹴したかと思うと、逆にわたくしに対して父親ではなく皇帝として視線を向けてくるではないか。


 その視線はいつものような温かみは無く、冷めた視線をわたくしに向けてくる。


 そんな、今まで向けられた事も無い視線を向けられた上に『育て方を間違ったかもしれない』とまで言われわたくしの心は『ぎゅっ』と握りしめられたような感覚になり、軽い過呼吸にもなってしまう。


「……な、何故そんな事を言うんですの? ロベルトがクズであるという事は最早周囲が認める事実ですわっ!! わ、わたくしはそんなクズと、破滅が約束された婚約などしたくないですわっ!!」

「娘よ、まだ分からぬか? これはお願いではなく命令である。お主は我が娘として産まれた瞬間に他の者達よりも裕福な暮らしが約束され、そして他の者達よりも強い権力を持っている運命である。しかしながら当然それには代償はある。そして我はその代償を支払えと申しておるのだ。お主は我が娘ではあるが、皇帝である我が守るべき国民ではないという事を忘れたとは言うまいな? お主はその国民を守る為の一つの駒でしかない。その駒を動かす我がロベルトの元に嫁げと申しているのだ。その返答は『はい』しか無いと知れ」

「………………は、はい。わかりましたわ……っ」


 それでも、急激に喉側渇き、張り付いた状態で何とか声を絞り出すように抗議するのだが、お父様はわたくしに向かって『自分の立場を弁えろ』と冷たく言い放つではないか。


 そこにわたくしの意見を聞き入れる隙間がない事を感じ取ったわたくしは、搔き消えそうな声でどうにか返事をする。


「うむ、それでこそ我が娘である。なに、お主が心配するような事にはならぬよ。そこは我を信用してほしい。それに先程はああは言ったが娘の幸せを願わない親はおらぬという事も理解してほしい」


 そういうとお父様はわたくしを抱き寄せると、頭をやさしく撫でてくれるのであった。



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