第5話

Bruise Claw<ブルーズクロー>第5話


「うう・・・ん・・・」

「お!ようやくお目覚めか」


宿屋のベッドで目を覚ましたアーマス。

あの戦いから丸一日眠り続けていたようだ。


「ここは・・・?はっ・・・!ゼルディアは!?」

「落ち着けよ。ここはタマスの宿屋。

 ゼル姉もエンドたちも帰ったよ。お前丸一日寝てたんだぜ?」


ゼルディアに渾身の一撃を浴びせられたアーマスは、激しく吹き飛ばされ、

相応のダメージを受けたものの、大事には至らず気を失うに留まっていた。

気絶したおかげもあり、暴走状態も収まり、誰も大事に至ることなく事が終わったのは

不幸中の幸いともいえる。


元々エンドの気まぐれで始まった勝手なテストとやら。

「ま、合格って事でいいかな」と、何処からも上から目線で腹が立ったのは言うまでもない。


「そうか・・・丸一日も・・・。

 俺・・・どうなったんだ?・・・

 

 ゼルディアにボコボコにされてた記憶はあるんだが・・・

 それに・・・あの燃えるような熱と怒り・・・

 ラキット・・・俺はまた・・・」


「はぁ・・・やっぱ記憶ねぇんだな。このバカ!」


ラキットのその一言で察しがついたのか、うつむくアーマス。


「・・・ってことは、やっぱ俺、また暴走しちまったんだな。すまねぇ・・・」

「ったく、ゼル姉がいなかったらどうなってたことか・・・」


「そうか・・・ゼルディアが止めてくれたのか」

「まぁな。つうか、お前・・・本当に頑丈だな。

 お前は覚えてないかもだけど、ゼル姉の必殺技喰らって生きてるんだからな。

 ホント凄かったんだから」


「そうなのか・・・だけど、この頑強さが仇になって、また暴走しちまった」


「・・・

(自身の防衛本能が暴走を引き起こす・・・か。

 危機的状況下で、中途半端に意識を失くすと暴走状態になる。

 だから予兆が見られる場合は、一気に意識を失くさなきゃダメなんだよな・・・

 こいつの打たれ強さで、生半可な事じゃ意識はトばないってのが厄介なんよな)」


「てか、いくら俺が頑丈って言っても無傷なのはなんで・・・」

「それはパキア・パキアの治療のおかげだよ。

 かくいう俺も治してもらったからピンピンしてる」


アーマスも無事だったとはいえ、ダメージはそこそこあった。

ゼルディアの一撃を食らったのだから当然である。


「あの食いしん坊か・・・借りが出来ちまったな」

「あの生臭坊主、なんで戒律破ってメチャクチャやってるのに、

 治癒術あんなに凄いの、謎すぎるぜ・・・」


神聖魔法に属する治癒術は信仰心や術師の道徳心など、

今までに積んだ”徳”によって、発揮できる威力が変わる。

もちろん術師のセンスや技量にもよるところはあるのだが・・・


「ラキット、お前、本当にあいつの言う通りにするつもりなのか?」

「あん?・・・あぁ、エンドレスブルーの事か?まぁそのつもりだよ」


「正気なのか?天使の泪の情報なら、この先手に入るかもしれないだろ!?

 いくら何でも今まで鍛えたもの全てを失うって・・・

 しかもそれはあくまでダンジョンに入るための代償に過ぎない・・・

 

 そもそも、エンドレスブルーがあるかどうかもわからないんだろ!?

 あまりにもリスクが大きすぎるじゃねぇか!」


アーマスの言う事はもっともである。


「確かにな。かなりバカげた賭けだと思うよ。

 だから、そんなバカは俺だけでいい」


あくまでも自分ひとりで挑む気のラキット。


「はぁ・・・意志は固いんだな」

「あぁ。決めたんだ。

 だから、ブルーズクローも解散だな」


「は!?なんで・・・」

「いや、団長がいないギルドってのもアレだろ?」


それは、”生きて帰れる保証はない”という意味も含めての言葉・・・


「ったく・・・相変わらず勝手な野郎だぜ。

 よし!!俺も腹を括るぜ」

「は?腹をくくるって・・・」


「俺も行くって言ってんだよ。『ウーラネウスの地下迷宮』」

「アーマス・・・おまえ・・・」


あれだけ人に警告しといて、アーマス自身が事の重大さが解っていないはずはない。

だから、ラキットも改めて警告する事はやめた。

この男は、全部飲み込んだ上で行くと言ってくれているのだ。


そんな返事は期待していなかったため、驚きと・・・

そして同時に喜びがこみあげてきたが、素直ではないラキットは表情をごまかそうとする。


「なんだ?感動して泣きそうか?いいんだぜ泣いてもよ?がっはっは!」

「はぁ!?誰が泣くかバカ!

 まったく呆れたバカだな。このバカ!」


残念ながら隠し切れなかった照れ隠し・・・

かくいうアーマスも照れ臭かったのか、ついつい茶化してしまった。


「バカバカ言うなチビ!」

「あんだと!?この脳筋がぁ!!」


と、結局いつもの小競り合いになるのだが、これが彼らの日常である。


ガチャ・・・


『あん?』


言い合いの最中、ドアを開ける音に自然と視線を向ける二人。

そこにはミリシアが立っていた。


「あ、あの・・・私も!私も行きたい!」

「行きたいって・・・どこに?」


「ゴメン・・・聞くつもりじゃなかったんだけど、聞こえちゃって・・・

 ウーラネウスの地下迷宮・・・エンドレスブルー探し・・・

 行きたい!私も!」


まさかの飛び入り参加である。


「・・・いやいやいや!おま・・・わかってんのか!?」

「うん!大丈夫!」


「大丈夫って・・・今まで鍛えた力が失くなるんだぞ・・・

 おまけに、エンドレスブルーが確実にあるかもわからないってのに・・・

 それに、あったとして、それは依頼人に渡す・・・

 ようするにミリシアにとっては無報酬なんだぞ?」


「第一危険だろ。守り人もいるって話だぜ?」

「舐めないで!自分の身くらい、自分で守れる・・・!

 報酬については・・・ダンジョンで手に入れた何かをくれれば、それでいいから」


「はぁ・・・(話がさらにややこしくなってきたぜ・・・)

 つーか、何でついて来たいんだよ?リスクしかないってのに」

「バカ野郎・・・そんなもん決まってるだろ?なぁ?ミリシア」


ニヤリと笑みを浮かべるアーマス。


「//////・・・!!!ちょ!!」


顔を真っ赤にして慌てだすミリシア。


「あぁん?アーマスは知ってるのか?」

「な、ななななんでもいいでしょ!私が行きたいって言ってるんだから!

 それでいいでしょ!何か問題でも!?」


「?・・・正直何があるかわからないし、命の保証はできないぞ。

 それでもいいのか?」


真面目なトーンで念押しの確認をするラキット。


「う、うん・・・!」

「まぁいいんじゃねぇか?男二人よりも華があって。

 ミリシア、料理は出来るのか?」


「う、うん!任せて・・・!」


一転して呑気なアーマスに若干呆れるラキット。

”まぁいいじゃねぇか”で臨むほど気楽なものではないと思うのだが・・・


「・・・まぁ確かに人手は多い方がいいかもだな。

 じゃぁ決まりだな。明日出発しよう。

 解散!解散っと!」


話をまとめた所でラキットとミリシアの二人は部屋をあとにした。


「ん?私はともかく、ラキットは同じ部屋でしょ?」

「いやぁ・・・ほら、飯行く約束してなかったっけ?

 行かね?晩飯」


今まで何度かラキットを誘おうとしたものの、

直接的に食事に誘ったことはないのだが・・・

何かを察していたということなのだろうか。


「い、行く!・・・で、でもアーマスは?」

「あー・・・あのバカはまだ病み上がりだから、寝かせといてやろうぜ」


「けっ!(誰がバカだ。丸聞こえだっつーの。

 にしても、あのバカ、嬢ちゃんを食事に誘うなんてやるじゃないか。

 上手くやれよな)」


・・・・・

・・・


その後、二人は酒場で大いに盛り上がり、ミリシアを酔い潰し、

結果、おんぶして宿に戻ってきた。


ラキットはそのまま彼女を宿の部屋に送り届けると、アーマスとの相部屋に戻った。

アーマスは豪快にイビキをかいて眠っている。


「・・・ったく。

(このバカのイビキも聞き納めだな)」


ラキットはアーマスの乱れたタオルケットをかけなおし、そっと部屋を出た。

その足で宿の外に出ると、どこかに電話をかけ始めた。


この世界は魔法技術と科学技術が同時に発展を遂げており、

携帯電話は、魔法技術と科学技術のハイブリッドで一般化されている。


「俺だ。予定より少し早いけど、頼む」

『わかった。今、向かわせる』


電話の相手はエンドだった。

事前の話で、『ウーラネウスの地下迷宮』の近くの町・アントスまで

リーナが送ってくれる手はずになっていた。


アーマスもミリシアも行くとは言ってくれたものの、

やはり大きなリスクを背負わせるわけにはいかないと、

最初から一人で出発するつもりだったラキット。


程なくしてリーナが転移呪文で現れた。


「ウッス!」

「こ、こんばんわ・・・」


「悪かったな、こんな夜遅くに」

「い、いえ・・・えーっと、お連れするのは”3人”でよかったですね」


「いや、俺一人で頼む。

(あぁは言ったが、やっぱ俺の事情に巻き込めないしな・・・

 二人とも、一緒に行ってくれるって言ったのに、悪いな。

 お叱りは帰ってからたっぷり受けるからよ)」


「んー・・・?で、でもですね・・・そちらは?」


そうラキットの後ろを指さすリーナ。


「へ?」


ボカン!!


ラキットが振り返るや否や、荷物をつめた袋が飛んできた!


「ってーな!!なにすんだ!」

「『なにすんだ』は、こっちのセリフだっつーの!

 なぁに抜け駆けしようとしてんだよ!!」

「ほんとだよ!!よくも置いていこうとしたわね!つーか、誰よその女!!」


アーマスとミリシアがいきり立っている。

どうやらラキットの思惑はバレバレだったようだ。


「・・・はぁ・・・悪かったよ」

「嬢ちゃんはともかく、俺まで置いてくつもりとはね。見損なったぜラキット」

「私はともかくってなにさ!

 ふん!私を食事に誘うから怪しいと思ってたんだよね!

 こんなこったろーと思ったわ!」


「てかミリシア・・・しこたま飲んで酔ってたの・・・

 あれ全部演技かよ!?女コエー・・・」

「ふん!舐めんじゃないわよ!」

「いや、ミリシア、お前酒飲んでいい歳じゃないだろ・・・いいのかこれ」


「私の故郷じゃ、16にもなれば成人よ!なんか文句ある!?」

「い、いや・・・そうか・・・ないない。文句ない!(酔ってるな・・・)」


「はは・・・(こうなった以上、もう連れてくしかないだろうな)」

「ど、どーします?もう出発します?」


「あぁ。こいつらも一緒に頼むわ」

「りょ、了解です!じゃ行きますね!」


そういうと一瞬にしてアントスまで転移した。


「到着です」

「も、もう!?

(こいつ・・・前の転移の時もそうだったが、詠唱破棄どころか、

 目的地の呼称もなく、なんの溜めもないし、しかも転移の影響範囲も広い・・・

 相当な使い手だよな・・・ほんわかしてるけど、実力はマジだな)」


「じゃ、じゃあ私はこれで・・・おやすみなさい」


そう言うと、リーナはさっさと帰っていった。


「なぁ、何で直で地下迷宮の入り口に飛ばしてもらわなかったんだ?」

「あぁ、流石に一度でも行った事ないと転移は難しいっぽいな。

 ひとまず宿で今後について作戦会議でもするか。

 準備するにせよ、朝にならないとだしな」

「・・・くぅ・・・」


さっきまで元気いっぱいだったミリシアが睡魔で今にも倒れそうになっている。


「おいラキット、お前まぁた嬢ちゃんを置いていこうとか考えてないか?」

「いや、ここまで連れてきて流石にそれは・・・な。

 大丈夫・・・ちゃんと守るさ」


ラキットはフラつくミリシアをおんぶして・・・

その足で宿屋を探し、一晩部屋をとった。


「むにゃむにゃ・・・もう飲めないってばぁ・・・」


ベッドに寝かせられたミリシアはうわ言で何か言っている・・・


「さてと・・・ミリシアは寝かせといて、先に話をしとくか」

「話って・・・何かあるのか?」


ベッドに腰を据えて話を始めた二人。


「ウーラネウスの地下迷宮はじめ、虹色の宝玉が眠る『セブンスダンジョン』

 共通のルールについてエンドから聞いた情報を教えとくよ。

 その1.武器の類、あと防具も特殊なものなどを身に着けてると入れないっぽい」

「武器の持ち込みも禁止なのかよ・・・厳しすぎるな。

 まぁ普段から大した獲物は使っちゃいないけどさ」


対魔物戦において、ラキットはナイフなど小刀、

アーマスもナックルや手甲を使っている。


「エンドの話だと、中で手に入れたり、自分で作れる・・・?らしいんだよね」

「作るって・・・中に鍛冶師でもいるってのか?」


「詳しくはわからんけどな。

 ルール2.条件を満たせば、出入りが自由になるが、

 その条件を満たすまでは出れない・・・だそうだ」


「こりゃあれか・・・入ったら最後、入口が開かなくなるパターンの奴」

「かもな。おまけに転移術も効かないみたいだ。

 でも条件さえ満たせば、今度は転移術で行き来も出来るみたいなんだよな」


「へー・・・で、その条件とやらは?」

「そっちはわからないのよな・・・」


肝心な事は何もわからないという頼りない情報である。


「随分いい加減な情報だな。信じていいのかすら怪しいぜ」

「確かにな。だから長期滞在になる可能性も考慮して、

 保存食はしっかり準備していった方がいいだろうな」


「食料やアイテムの持ち込みはいいんだな・・・

 しっかし、攻略までどのくらいかかるのやら・・・」


「ルールその3・・・これは共通ルールなのかはわからないけど、

 少なくとも『ウーラネウスの地下迷宮』に関しては、”整ってる”らしい。

 なんと、灯りいらずに罠の類もないらしい」


「整ってる・・・か。古代迷宮によくある作りだよな。罠に関してはあれだけど、

 灯りや空調管理など、科学技術が使われてるってアレか?」


高度科学文明を有していた時代の迷宮は、

近代的というよりも未来的な作りになってる事がほとんどである。

ある程度不自由はあるだろうが、そこで暮らせるといっても過言ではないレベルである。


「っぽいねぇ。まぁ・・・これはいいニュースではあるんだけど、

 次が問題なんだよな・・・ルールその5.魔物がウジャウジャいる」


「・・・まぁこいつもダンジョンにはつきものだよなぁ・・・はぁ。

 うじゃうじゃって・・・戦闘は避けられないってことか」


「これは、まぁある意味で救済措置なのかもな。

 俺たちが無事に入れたらレベルは1になってるわけだしな」


「なるほど、鍛錬の為に用意されていると」

「プラス、食料にもなる。・・・まぁどんなのかわかんないけど、

 おそらくそんな配慮な気がしなくもない・・・」


「プラス思考にもほどがあるだろ・・・

 侵入者を阻むためってのが大正解でしょ・・・

 俺ぁまた不味い飯を食わにゃならんかもしれない事の方が大問題だぜ」


「不味い飯って・・・まぁそこはミリシアの腕に期待するしかないな。

 とにかく!モンスターがうじゃうじゃの理由は何にしてもだ・・・

 利用できるものはしないとな。

 それに味が不味かろうが美味かろうが、生きぬくためには割り切らないといかんだろ。

 お前は冒険者のくせに文句が多すぎるんだ!」


ラキットの言う通りである。


「け!はいはい!ラキット様の言う事は何も間違っちゃいねぇよ!」

「とりあえずエンドから聞かされてる事前情報はこんなところか。

 あとは現地に行ってみてからだな」


「だな、はー・・・」

「今更後悔か?残ったっていいんだぜアーマス」


「いや、もう腹はくくった!なぁに、俺たちはまだ若いんだ!

 また鍛えて今以上に強くなろうぜ!」

「そうだな」


こうして各々覚悟を決め、朝まで眠りにつくことに。

いよいよ冒険がはじまる・・・!


次回に続く

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