第52話
叙勲式の翌日。
「お、おお? あんたが、『神剣』?」
「……多分な。そんな大層な名前を付けられる様な謂れはないんだが」
俺はミーノの指示通り、王都西に広がるなだらかな地形の草原へ足を運んだ。そこには既に建築資材が立ち並べられ、筋肉質な男達が大きな鎚を持って作業を始めようとしていた。
「お待ちしておりました、フラッチェ様」
「ああ」
その傍らには、全身重装備の国軍兵士も整列している。俺の部下としてミーノが派遣した者だそうだ。
ミーノの話によると、魔王軍は王都周辺の僻地に秘密裏に洞窟拠点を築いている可能性が高いらしい。そして奴らはもう戦争の準備を終えて、いよいよ俺達の砦を襲う段階に来ている。
今更此方から拠点を同定して仕掛けるだけの時間の余裕はなさそうだ。俺達は、首都に王手をかけられた状態と言える。
その本当にギリギリのタイミングで、俺やレックスが魔族達の拠点の存在を国軍に報告して。我ら人類が魔王軍という脅威を認識し、今に至った訳だ。
「あー。アンタみたいな細いのが剣振り回せるのか? 俺達の護衛、なんだよな?」
「一応な。これで腕に覚えはあるから安心しろ」
急ピッチで進められる、首都の要塞化。その作業をしている工兵達を守るのが、今回の俺の仕事。
大工達が集まる広場の中央。俺は木組みの高台に乗って周囲の大工に指示を飛ばしていた老練っぽいおじさんが、大工の棟梁だと目星づけ話しかけてみたのだが。
「……うーん。いや、代理人とかじゃなくて、本人?」
「おう」
「いや、その。化け物みたいな魔族を屠ったって聞いてたから、もっとゴツい女を想像していてな」
「何が言いたい。要は、私が頼りなさそうで不安って事か?」
「あ、いや。そこまで言うつもりは無いが」
だがしかし、俺の姿を見た大工達の反応は少なくとも好意的なモノでは無かった。小さく肩を落とした者、じろりと値踏みするように睨み付ける者、不安さを隠そうともしない者。
彼等から『こんなのが本当に俺達を守ってくれるのか?』と言う心の声がはっきりと聞こえた。
まーそうだよな。自分達を守ってくれる将が、こんなちんまい女だと不安になるわな。
「心配するな。これで、受けは得意でな。例え魔王が乗り込んでこようと、お前達が余裕を持って逃げられる程度の時間は稼いでやるさ」
「は、はぁ」
信用してもらおうとでかい口を叩いてみるも、返ってくるのは微妙な反応ばかり。
だからそう、不安そうな顔するなよ。なんか腹立ってくるじゃないか。
俺だって、好きで小柄な女性やってる訳じゃないからな。本当はレックスみたいなゴツマッチョになりたいんだからな。
あー。筋肉欲しいなぁ。俺のスタイル的にはあまり必要じゃないんだろうけど。
「……」
「おうい、大槌持ってこい! 支柱を打ち込むぞ!」
「おおーっ!!」
暇である。
「えっさ、ほいさ! 家族のために~」
「えっさ、ほらさ! 我らは築く~」
「「あらほささっさ、ほいさっさ~」」
陽気に歌を歌いながら、大工達は土木作業を続ける。そんな彼らを、俺は遠くから眺めるだけだ。
実はさっき「私も何か手伝える仕事はないか」と尋ねてみたのだが……。貸してもらった大槌は持ち上げられず、体重が軽いせいで満足に土を掘る事すらできなかった。
そう、悲しいことに俺は彼らを手伝うには貧弱過ぎたのだ。
「引き上げ用意~っ!!」
「「せーの、それ!!」」
大工たちはテキパキと陣地を構築していく。
その一方で、俺は仕事の邪魔だからと作業場の端に追いやられ、一人寂しく三角座りさせられていた。
これではあまりに暇なので独り剣の修練を始めようとしたら、素振りは危ないからやめてくれと言われ何も出来なくなった。くすん、くすん。
そりゃ、非力な女が大工なんか出来る訳無いけどさぁ。俺、一応英雄的な感じじゃなかったっけ?
商人さん達は、結構ちやほやしてくれたよ? いや、大工さん達も仕事が忙しいから塩対応なのは分かってるけど。
「ぐーるぐーる。ぐーるぐーる……」
俺は仮にも、叙勲を受けた英雄である。それで最初は一応気を使ってくれていた大工たちも、あんまりに非力な俺に呆れてしまったのかとうとう誰も話しかけてこなくなり、やがて俺は端っこでうずくまるだけの存在になった。
くすん、くすん。
「────あ、見つけた! なんで守将がそんな隅っこにいるんだよ!」
「ぐーる、ぐーる……ん?」
照りつける日差しの元、素振りをすることすら禁じられ、話し相手すらいない状況。あんまりにも暇なもので、俺は涙目になりぐるぐると地面に指で渦巻きを書いて過ごしていたら。
聞き覚えのある幼く横柄な口調の、無粋な男の声が頭上から響いてきた。
「誰だ?」
「くっくっく、やっと復讐の機会がやってきた。ここならミーノの目が届かないからな……ぶっ殺してやる」
「あー。何だメロか」
その自己中心的な発言を聞いて、大体察したけれど。仕事中の俺に話しかけてきたのは、東の方を守っているはずの国軍大将メロその人だった。
お前、仕事はどーした。
「暇だからお前を犯しに来た」
「やっぱお前おかしいわ」
何だコイツ。え、護衛任務すっぽかして俺をボコりに来たのか? 本当に何考えてんだ?
「この卑怯者!! 僕ですらまだ叙勲とかされたことないのに。どんな汚い手を使ったんだよ貧乳!」
「あー。いや、あの叙勲は単なるプロパガンダだぞ。……私は別に、叙勲されるような手柄を立てたつもりはない」
「あっはっは! そんな事だろうと思ったよ、嘘の手柄を報告してまで目立ちたかったのか? この恥ずかしい奴め!!」
「……」
色々と恥ずかしいのはお前や。
「これ以上、お前が強いみたいな変な噂が立つと迷惑だ。ここらで一丁、絞めておこうと僕は考えた訳だ」
「はあ」
「以前、僕に剣を向けた罪で。今、お前をボコボコにして大工達の便器にしてやるよ」
「……はあ」
こいつの考えはよく分からん。ここで味方の筈の俺を半殺しにして、コイツに何の得があるんだろう?
……まさかそこまで考えてなくて、感情優先で動いてるのか? 一国の大将ともあろう人が?
「……」
俺は、溜め息をついて立ち上がり。いきなり「存在そのものが迷惑」と称されているメロの乱入で、動揺し四散した大工達を見渡して。とりあえず暴れても怪我人が出無さそうなので、俺はゆっくり剣を抜いた。
「いいよ。かかってこい」
「あっはっはっは!! 出来れば一瞬で死なないでくれよ、お前にはたっぷり後悔させてやりたいんだから!」
あー。何と言うか、時間の無駄だ。
と、思ったが。存外な事に、メロとの手合わせは割と練習になった。
やるじゃん、メロ。
「……何で、何で、この、僕がぁ!!」
「メロお前、ちゃんと剣術身に付けたんだな」
そう。以前のメロの剣術は力任せに振り回すことしかしていなかったのに、今日手を合わせるとサマになっていた。
鋭い角度で、レックスに迫るスピードの斬撃が雨霰のように降り注ぐ。動き自体は大したことなくとも、メロの速度が合わさればそれなりに脅威だ。マジでやるじゃん。
「─────ふぅ」
「何だよそれ、何で僕がっ! 斬りかかったはずの僕の方が倒れてるんだよ!?」
いやぁ、想像だにしていなかった。まさかメロが、この短い間に剣を持った赤ん坊から剣士へと変貌を遂げているとは。
拙いながらも、フェイントの動きを見せるようになった。剣の振りは、基本の型に忠実な整った動きになった。まだまだ熟練の剣士とはいいがたいが、少なくとも以前の彼とは雲泥の差だ。
そっか、そういや前コイツ訓練所に居たっけ。あの時、コイツ剣の訓練してた訳ね。この傲慢強姦魔は、努力もするらしい。
「嘘だ、嘘だぁ! だって、前のお前ならもっと!!」
「安心しろよ、お前は確実に成長しているよメロ。それで私に勝てると踏んで、挑みに来たんだろ」
「当たり前だ! お前は、僕に負けてしかるべきなんだ!!」
「ま、私も成長するんでな」
「こんなのおかしい、何でぇ!? 僕はあんなに頑張ったのに、何で差が開いてるんだよ!!」
「……」
どこまでも自分本意な奴だ。自分が勝つのが当然だとでも思ってるのか、レックス程の強さがない癖に。
だけど、俺だって負ける悔しさはよく知っている。幼稚だと思われるかもしれないが、負けるのは辛い。俺よりさらに精神年齢の低いメロなら、なおさら辛かろう。
「────素振りだ、メロ。袈裟斬り、兜割り、横薙ぎの三種類を徹底的に素振りしろ。腰がぶれないように、理想の型を意識して気を払いながらな」
「……あ?」
「振りはまともになったが、お前は勝負がかかった大事な時によく腰が泳いでる。意識せずとも理想の振りが出せる様にならないと、お前のようなスピードタイプは焦るとすぐに型が崩れてしまう」
「……」
んー。俺は何を言ってるんだろう。
これじゃまるで助言みたいだ。
「あと、仕事中に来るな。もし、魔王軍が攻めてきてたらどーする。空いてる時間なら稽古に付き合ってやるから、とっとと帰れ」
「……お前、僕を馬鹿にしてんのか?」
「いや? ただただ、普通に迷惑な奴だと思ってる」
「……はあ」
俺の言葉を聞いたメロは、悔しそうな顔から死ぬほど微妙そうな顔に変化して。毒気を抜かれたように、剣を納めて俺に背を向けた。
「……帰る」
「おう、とっとと帰れ」
「……次は、犯す」
「勘弁してくれ」
あの鬼畜強姦魔、何とかまともな性格に更生できねえかなぁ? 才能だけは有りそうだし、魔法とか含めた戦闘力で負けるようになったらどうしよう。
ま、そん時はレックスに助けを求めるか。いくらメロが強くなろうとも、あの人外には敵うまい。
……さて。
「ぐーる、ぐーる……」
地面に渦巻きを描く作業に戻るか。……暇だなぁ。
「なあ『神剣』様。一緒に、その。飯でも食わねえか?」
「え?」
「いや、悪い。誤解してたわ、アンタの事」
「邪険にしてすまんかった。大将、あんた本物だわ」
でも何故かメロの襲撃の後、大工のみんなが異様に優しくなって、積極的に絡んでくれるようになった。そのまま、同じ釜の飯を食べて盛り上がることが出来た。
わーい。
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