第23話
「ふむ、成程なぁ」
「……ど、どうかな? 割と上手く行った気がするし」
俺達レックスパーティのアジトの1階。
普段はカリンが鼻歌混じりに調理をしている厨房に、今日は小さなメイドと修道女が二人並んで立っていた。実はカリンは、新たに仲間となった
こんなんでも大事な妹、心配だった俺はカリンについて厨房にやってきたのだが……。そこには白濁した謎の物質を鍋でコトコト煮込んでいる妹がいた。妙な異臭が厨房に広がっており、俺はむせかえってしまう。
「カリン、どうするよ」
「……。まぁ、食うてみたろ」
カリンは数秒間、その謎の液体と睨み合った後。
やがて覚悟を決めた目になり、彼女はゆっくりとスプーンを口元に持っていった。ナタルが生み出した謎の白い液体を掬い上げて。
「……いただきます。ずずー」
「ど、どうぞ……」
この名状しがたい謎の白い液状物質こそ、ナタルの作り出した「野菜スープ」である。
……我が妹ながら、よくぞ自信満々に「家事が出来る」等とのたまったものだ。見た事ねぇよ、こんな謎の料理。
実家では家事はすべて親任せ、時折母の料理を手伝う程度だった筈だ。そんなナタルがいきなり料理しても結果は目に見えている。
「なぁ、ナタルちゃん。これ、何を入れた?」
「ひ、羊の乳だし。乳の甘みがミラ草の苦みを中和して、割と美味になるし」
「あー、成程なぁ。羊の乳かぁ、この白い色は」
スープを口に含んだカリンは、凄く難しい顔をしてナタルに向き合った。……そして言葉を選んでいるのか、数秒黙り込んでから彼女はゆっくり口を再び開いた。
「煮込みが無茶苦茶。野菜がシナシナやったり、肉が固かったり。野菜から先に煮込んだやろアンタ」
「……はい」
「で、肉も野菜も切り方がバラバラ。デカいのやちっさいのが混在してて、凄い食べにくいわ」
「う……」
「普段から料理しとるわけやないな? 誰かのレシピを習いはしたけど、知識としてそれを知っとるだけや。違うか」
「……その通りだし」
やはり、ナタルの料理はカリン的にアウトだったらしい。先ほどの自信はどこへやら、ナタルは委縮して視線をそらしている。
「んー、しばらくはメイド見習いやな。料理はウチが手伝どうたる」
「分かった」
「ただ、誉めるところもあるで。具は無茶苦茶やけど、スープそのものはかなり旨いわコレ。どこで習ったんや?」
「え、旨いのかそれ?」
その白いスープが?
そう思ってカリンからスプーンを借り、俺も少しだけすすって見る。
……あ、本当だ。思ったよりまずくない。むしろ甘くてクリーミーで結構旨い。
「えっと、そのスープが私のお師匠の得意料理だし」
「師匠? 何やあんた、一応剣習っとったんか」
「剣と言うか何というか。私も冒険者になって兄貴の手伝いできればな、って思ってて。集落近くに住んでる引退した冒険者にその辺のスキルを習ってたんだし」
「成程なぁ。羊の乳とミラ草のスープか、ええやんコレ」
……ナタル、お前引退した冒険者みたいな胡散臭いヤツに弟子入りしてたの? 兄ちゃん知らなかったぞ、そんな情報。騙されたりとかしてないよな?
「うし。ほんなら取り敢えず、このスープはレックスに食わせよか。あの阿呆がナタルをメイドにするって決めたんや、望み通りメイドお手製の料理を振る舞ったろうやないか」
「え、でもそれ失敗作じゃないの?」
「スープ旨いし全然食えるで。ま、ウチはちゃんとしたモン作って食うけどな」
「私の分も頼んで良いかカリン」
「構へんよ」
こうして、昼飯はレックスだけ微妙な出来の野菜スープが出されることとなった。お望みのドジっ娘メイドお手製の失敗する料理だ、残さず食え。
……とまぁ、俺はレックスの苦い顔を期待していたのだが。
この男、中々に味音痴らしい。ウメェウメェ、料理できるじゃんと褒め称えながら、レックスはナタルのスープを完食してしまった。
普段から丁寧な料理を提供してくれているカリンが、少しイラッとした顔をした。
昼食の後。
人の行き交う喧騒に満ちた街中を、二人の少女が並んで歩いている。黒いローブを纏った魔導師と、やたら裾の短いメイド服の少女だ。
「成る程。それで、レックス様だけ白いスープを飲まれてたんですね」
「そんな訳だ」
結局、その少女はカリンからもメイドとして雇われる事を認められた。曰く、鍛えたらモノになりそうとのこと。
カリンとて本職は回復術師である。家事をする必要がなくなり時間に余裕が出来れば、副業として解毒薬や回復薬の販売にも手が出せるのだ。その方がパーティとしても金銭に余裕が出来る。
カリンとレックスが賛成してしまえば、メイやフラッチェもこれ以上ナタルを雇う件に反対することが出来ない。こうして晴れて、ナタルはメイドとしてレックスパーティに雇われることとなった。
「ナタルさんとしては、今レックス様をどう思っているんですか?」
「ん? どういう質問だそれ?」
「いえ、つい昨日まで兄の仇と怨んでいた訳じゃないですか。今はどーなのかなぁと」
そんなナタルは今、割と暇な
「いや、兄貴の仇じゃなかったからもう怨んでないし。お門違いだし」
「そーですよね。じゃあ、今はレックス様には好意的な感じなんですね?」
「む。その、レックスに関してはだな。斬りかかったのを許してくれたし雇ってもらえたしで感謝はしているが……。事あるごとに兄貴を虐めてたのも、あの男な訳で。内心複雑だぞ」
「ははぁ。複雑ですねぇ、ホント」
一方メイは、ついでにナタルのレックスへの好感度をチェックしていた。ぽっと出のアホにレックスを奪われかけた所である、恋する乙女は慎重になったのだ。
「それより、次の依頼はいつなんだ? 魔王軍を追っているんだろうレックスは」
「情報が入り次第としか言えませんねぇ」
「まだ時間があるなら、私もレックスに剣を教えてもらって剣士になりたい。誰だって最初は初心者だし、今からでも遅くないし」
ナタルとしては、今のところレックスに対する異性的興味は無い。ただ、彼女は力が欲しいだけなのだ。
今までは自らを高める努力を怠り、安穏と兄に守られ生きてきたナタル。だが、その守ってくれていた兄はもういない。
ならば、兄に再会できるその日まで。彼女は胸を張って兄に会えるよう、少しでも兄に近付けるよう、努力することに決めたのだった。
「あー……。でしたらレックス様よりフラッチェさんに弟子入りした方が良いかもしれませんね。レックス様は我流ですが、フラッチェさんは基本に忠実な剣士だって聞きましたよ」
メイとしては、別に剣士になることに反対する理由はない。強いて言うならレックスと二人きりになられたら面白くないくらいだ。
だから、さりげなくフラッチェを師匠にするよう誘導している。
「ん、あの弱そうでチョロそうな剣士か?」
「ええ、確かにチョロいですし弱そうでは有るんですが……。実はかなりの凄腕ですよ。私もビックリしました」
「本当か」
そしてナタルが探し求めるその兄は、目と鼻の先に居ることをナタルはまだ知らない。
「……はぁ。わざわざ僕が出向く敵では無かっただろうに」
そんな二人が帰り際、今日の買い出しをしようと商人通りに顔を出した矢先。
数人ほどの部下を引き連れたつり目の青年が、忌々しそうにぼやいているのを目にした。
「貴方が強すぎるだけですよ、メロ様」
「そんな事は知っている。それを差し引いても、ここら辺の冒険者をけしかければ十分じゃなかったかと考えてるんだ」
「敵の規模は不明でしたから……、それに今、ここのギルド指定の冒険者レックスは遠征中だそうで」
「レックス! 何だ、ここは奴のホームなのか。だったら奴が帰ってくるのを待てば良かっただろうが!」
見るからにイライラとしている男と、その周囲に侍る統一された服飾を身に纏った集団。周囲の商人も、なるべく怒りを買いたくないのか彼らに売り込んだりするような真似はしていない。
そして、メイは気付く。彼等の纏った衣装に刻まれた、帝国の紋章に。
「……ナタルさん、少し迂回しましょうか。何やら国軍の人達が機嫌悪そうです」
「感じわるいなー」
権力を持った人間と言うのは、基本的に面倒臭いのだ。クラリスやペニーの様に増長せず人格を保っている方が珍しい。
メイはその事をよくよく知っていた。
「おい!! そこの女二人!」
だからメイは、こっそり逃げようとした矢先にその青年から呼び止められ、思わず顔をしかめた。
「お前ら娼婦だな? 金は出してやるから一晩ついてこい」
そう言い、自分達に向かって金貨を投げ捨てる青年。それを見て、面倒な事になったと二人は嘆息した。
「他を当たってください。私達は身体を売ったりしていないので」
「うざいし。消えろし」
何故、私達が目をつけられたのだろう。
高圧的な国軍にうんざりとした気持ちになりつつも、メイはなるべく相手を刺激しないよう丁寧に断った。厄介事は御免なのだ。
「あん? 娼婦じゃないのかお前達。僕達はちょっと人数多いけど、その分の金は出すぞ」
「だから、娼婦ではありません。私達は冒険者です」
「似たようなもんだろう。金さえ出せば、お前らは何でもするんだろ? 今僕はイライラしてるんだ、下らない理由で断ったら何をするか分からんぞ」
横柄な態度で、身体を迫る国軍達。
そのリーダー格の見るからに性格が悪そうなそのつり目の男は、軽く剣の柄に手を置きながら嘲るように話を続ける。
「ここで服脱げ。それで10000Gやる。そのまま宿までついてきて、一晩経てばその10倍だ」
「だから、やりません」
「冒険者風情が一丁前に意地張るな。明日の飯も食えるかわからんのだろう、貴様らは。おとなしく僕の施しを受けておけ」
話にならない、とはこの事だろう。国軍の男は二人が断るなんて一切考えていない。どうせ一度は断るのも、奴等の陳腐な値上げ交渉なのだろうとたかをくくっている。
有り体に言えば冒険者を見下しきっているのだ。
だがこれは、一般的な価値観だったりする。冒険者は実際金さえ払えば何でもするし、女の冒険者は大概金を出せばヤらせてくれる。娼婦と冒険者を兼任しているような女はかなり多い。
そう、冒険者とは、本来職を見つけられなかった者の就く底辺の仕事なのだ。レックスの様に「自由に生きたいから」わざわざ冒険者になる例など滅多にない。
「お生憎ですが。私達のパーティはお金に困っておりません、リーダーがとても優秀なので」
ここで、レックスの名前を出してしまったら余計な恨みを買ってしまうかもしれない。だからメイは、敢えて名前をボカしたまま彼等の欲望を断り続けた。
「ほう? その割には、そこのメイドは随分と扇情的な衣装を身に付けているじゃないか」
「着たくて着た訳じゃないし!」
「それは……、ウチのリーダーの趣味です。メイドにお出迎えされるのが夢だったそうで……」
「お前ら入るパーティはしっかり考えた方がいいぞ」
それは正論である。
「とにかく! 私達は貴方達とそう言うことはしません!」
「……はぁ。なぁ、こう言う事はあまり言いないんだが……あまり僕に恥をかかすな」
「いや、知らんし」
「僕はね、国軍の中でも最も偉い人間なんだよ。冒険者が僕の依頼を断るなんて、基本的に許されない」
その青年は、ふぅと小さなため息を吐いて。おもむろに剣を抜き、メイの首筋に突き付けた。
「ぺディア三大将軍の筆頭、白光のメロ。国軍の最高権力者だよ、僕は」
不機嫌そうな顔のまま、彼は自らの身分を明かした。メロと名乗ったその男は、剣先をチラチラと振りながらメイの首筋に小さな切り傷をつけ。
「立場の違いが分かったな? 陳腐な交渉はもう終わりだ、とっとと服を脱ぎ捨てて僕についてこい」
そう、二人に命じたのだった。
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