第24話
面倒くさいなぁ。
それが、ナタルの率直な気持ちだった。いきなり絡んできて売春を強要する、自称軍部の最高権力者。あ痛たた、と恥ずかしくなる程に寒い言動。
どれ一つとっても、面倒ごと以外の言葉が出てこない。
「ですから! 私たちは売春婦ではないと何度も言っているでしょう!」
「冒険者だと名乗ったじゃないか」
「依頼を受ければ働きますが、そういった方面の依頼はお断りです!」
無論、ナタルは元々冒険者になりたくてなったわけではない。兄の行方を知るためにレックスの仲間になっただけであり、兄の遺産はまだまだあるのだ。お金に困ってなどはいない、身体を売るなんて御免被る。
だが目の前の男は、自分達を娼婦と信じて疑わない。安く見やがって、とナタルは密かに憤慨していた。
「……仕方ありませんね。あまりこう言ったコネを使うのも嫌なんですが、宮廷魔導士のクラリス・マクロをご存知でしょうか。彼女は、私の姉なのですが」
「あん? ……宮廷魔導士クラリスってあの頭パッパラパーのチビか?」
「えー、そんな認識……。はい、頭パッパラパーのチビです」
メイのその言葉に、驚いたのはナタルだ。宮廷魔導士の妹が何故冒険者をやっているのか。
宮廷魔導士と言えば、魔術師の最高権威である。自らの研究の為に国から多量の補助金が貰える立場だ。その稼ぎは冒険者の比ではない。
だが、ナタルは少し考え直す。
メイや自分が所属しているのはこの国最強と名高いレックスのパーティメンバーだ、むしろそれくらいじゃないと務まらないのかもしれない。だとしたら、残る二人も相当の強者だと予想できる。
「よくあんなのの妹やってて自殺していないな」
「たまに考えましたけど! あんなのの妹で毎日胃を痛めてましたけど!!」
……でも、いくら何でも実の姉をこき下ろしすぎじゃないか。
「で、それがどうしたんだ。そういや聞いたことがあるな、あのパッパラパーの妹は出来損ないのゴミクズだと。成程、姉に見放されて冒険者にでもなり下がったか」
「……出来損ないは認めますけどね。まだ生憎と、姉は私を見放してくれないみたいで。私にちょっかいをかけると、姉が黙ってませんよ」
「ぷ。あーっはっはっはっは! 何だ何だ、お前まさか宮廷魔術師如きに配慮して貰えると思ってるのかお前。しかも、その中でも色物中の色物に」
「……姉の実力をご存じないので?」
「知ってるよ。色々器用らしいな? ……でも所詮ただの魔術師、接近戦に持ち込めばそれでおしまい。つまり僕の足元にも及ばない、取るに足らない羽虫さ」
「それマジで言ってるんですか。マジであのクラリスを知っててそんな事言ってるんですか」
今、何故かメイの目が少し濁った気がした。どうしたんだろう。
見たところ、この将軍は剣を腰に携えている。即ち剣士職だ、接近戦になれば魔術師じゃ相手にならないに決まっているのに。
……あ、そうだ。剣士職であるなら、兄の名前が使えるかもしれない。
「……将軍は、剣士?」
「あん? 僕に言ってるのか、見ればわかるだろう」
「私の兄貴は、……『風薙ぎ』。その名は、王都にも轟いているだろう」
死んでしまったが、兄は各地に名を馳せた大物冒険者だ。その威光は、死んだとしても変わらない筈。
「『風薙ぎ』? あー、そういや居たなそんな冒険者」
「兄貴は、世界最強の剣士だ」
「世界最強、ねぇ。随分と口がでかい奴だったんだなソイツ。僕に挑みもせずに勝手に最強を名乗るとは片腹痛い」
そういうと。青年は含み笑いを崩さないまま、おもむろに────
「不愉快だよ、そういうの」
────メイド服を着た少女の、胸倉をつかみ上げた。
「勝手に最強を名乗るな。それは僕の称号だ。僻地でヘラヘラとお山の大将を気取っているような冒険者風情が名乗っていい称号じゃない」
「がっ……、息が……」
「最強は僕だ。この白光のメロこそが、この世で最も強い人間なんだよ。覚えたか」
豹変、と言うべきだろう。
最強という単語を聞いた瞬間、過剰とも呼べる程の反応を見せた剣士メロは、おもむろに手を離しナタルを地面に落とした。
「決めた。お前は今日は絶対に返さない。その身に最強と言うものをたっぷり刻み込んでやる」
「や、やめてください! さっきから言ってるでしょう、私たちはそんなことをしないって!」
「普段から身体売ってる女よりかはその方が良い。安心しろよ、金は本当に出す。それで明日には山盛りの金貨を持って満面の笑みで帰ることになるんだから、黙ってついてこい」
「そんなお金なんていりません!」
この将軍の中で、ナタルのお持ち帰りは確定してしまったらしい。
実は王都ではこの将軍、かなりの加虐趣味で知られている男である。腹を立てた女には、どんな手段を用いてでも欲望のまま蹂躙する。それがこの男の中での「常識」なのだ。
「……良いのですか? 三大将軍のメロは本人の了承を得ないままに女性を拉致するなんて醜聞、王都中に広まってしまっても!」
「だから、同意なんぞ後から取る」
「ふざけんなし! 絶対嫌だ、とっとと消えろ!」
そして、彼はそれを成すだけの権力を持っている。ペディア帝国に所属する軍人のうち、頭一つ抜いて強いその戦闘力と各地で上げた戦功。
三大将軍と呼称はされているものの、この男の戦闘能力は他二人と比べても確実に一枚上手。ペニーより間違いなく強い。事実上、彼は帝国軍最強の座にあるのだ。
「……ごめんなさいレックス様、お名前をお借りします。私達は、この地のギルド所属冒険者レックスのパーティメンバーです! これ以上の横暴を続けるのであれば、しかるべき対応を致します!」
「あー? お前らか!! お前らが遠征なんぞしてこの地をほったらかしてたせいで、この僕が盗賊退治なんてくだらない仕事やらされたんだぞ!」
「その遠征は、国軍からの依頼でしょう! 文句を言われる筋合いはありません!」
「国軍依頼だぁ? ってことはあの二人のどっちかの依頼か。まぁ何にせよ、この僕に迷惑をかけたレックスパーティなら丁度いい。お前らにもいずれ落とし前をつけさせるつもりだったんだ」
「……ですから、お門違いと言う奴ですってば。私たちは先日ペニー将軍と共に依頼を受けましてね。ですので、彼を通じて国王に貴方の乱痴気ぶりを報告して貰うこともできるんです」
正攻法ではこの男から逃げることが出来ないと悟ったメイは、なりふり構わず権力に頼ることにした。レックスのパーティであること、ペニーと面識がある事、自分の姉の事。全て虎の威を借る狐だが、自らの身を守るためには仕方がない。レックスやペニー達も、決して怒ったりはしないはずだ。
そう、考えて。
「……あー。どうせホラだとは思うんだが……、本当だったら確かに面倒くさいな」
「残念ながら、全て事実ですよ」
「じゃあ、暴言だ。そこのメイドは、さっき僕に暴言を吐いたからね。治安維持のために連行させてもらおうか」
「……ぼ、暴言とか吐いてないし」
「治安維持の連行は、暴力沙汰に対してのみ許されているはずでは? 暴言程度で連行は出来ない筈です。モノを知らないと思って馬鹿にしないでください、これでも私は元貴族なんですからね」
「……ふぅん、よく知ってるじゃん。お前がクラリスの妹ってのは本当なのかもかね。アイツの出来損ないの妹、魔法以外はよく学んでたって話だし」
メイは将軍と数秒間、睨みあう。
確かに、いくら彼が権力者だからと言って法を破ったり強姦したりが許されているわけではない。あくまで、国王まで話が行く前に情報を握りつぶしているだけだ。
この二人が本当にペニー将軍と知り合いであれば、状況次第で国王に謁見が可能だろう。メロはペニー将軍と仲が悪く、メロを蹴落とすチャンスとしてペニーはこの二人に協力する筈。特に、ペニーの参謀の
この二人を好き放題出来たとして、怨み混じりに国王に直訴なんてされたら面倒なことになる。
彼の保身的な頭は、そう判断した。彼は人格が歪んでいるが、頭の回転は鈍くない。
「この街の方々は証言してくださるでしょうね。今私達を強引に連れて行ったら、それは明確な違法行為だと」
「……」
「私たちは、貴方の依頼を拒否します。ですので、可及的速やかに私たちを解放してください」
勝った、とメイは思った。
いろんな人とのコネを使う羽目になったが、こうなれば目の前の将軍は自分たちに手を出してくることはないだろう。
元々、性欲を発散する相手など誰でもいいはずだ。たまたま目に付いた自分たちに断られ、メロ将軍は激高しただけ。きっと苦虫を噛み潰すような顔で、私達を帰してくれるはず。
────ところが。
「……ああ。ずっともやもやとして思い出せず気持ち悪かったんだが、今やっと思い出したよ」
メロの表情は、決して曇らなかった。
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、その男はナタルの前に歩み寄り。
「『風薙ぎ』って確か、もう死んだんじゃなかったか?」
そう言って笑った。
「……兄貴は死んでいない。きっと、どこかで生きているし」
「いやあ、死んだと聞いたよ。魔族の巣に迷い込んで、無様に殺されたってね」
「きっと囲まれて、不意打ちされて」
「有名だよねぇ、『風薙ぎ』。ヒョロッヒョロで貧弱な体して、人の隙をつくのだけが取り柄。まともにやったら誰にも勝てないから、必死で卑怯な手を使い続けた小悪党」
「……違う。兄貴の剣は、受けの神髄と呼ばれ────」
「それで、お前らの頭のレックスと言ったか? レックスに挑んでは負け、挑んでは負けを繰り返していた糞雑魚剣士だろう?」
それは、侮蔑。
まるで世間話をするような気安さで、メロはナタルの肩を叩きながらせせら笑った。
「……堪えて、ナタルさん」
「結局のところ、名だけの男だったと言う話よな。野良魔族にすら勝てず、まともな剣士には負けっぱなしだった訳だ。卑怯な手を使って他の初心者冒険者を狩り、一丁前の剣士を気取っていただけの勘違い野郎。それが、『風薙ぎ』だろう?」
「……やめろ」
「おかしいと思ったんだ、名を挙げた冒険者のくせに貧相な体格だなんて。風薙ぎは人を騙したり、取り入ったりするのには長けていたんだろうなぁ。自分の虚栄心を満たすため、自分は強いんだという噂だけを流し続けた」
「違う」
「その挙句! そこら辺の野良魔族にあっさり殺されて、自分が雑魚だと国中に知れ渡ってしまったわけだ! 情けないなぁ、あんなに躍起になって流した嘘の実力というメッキが、こんなにもあっさり剥がされてしまうなんてなぁ!」
「堪えてナタルさん!!」
カチカチ、とメイドの口元が震える。
彼女の心中を察し抱き着くようにナタルに覆いかぶさる黒魔導士は、泣きそうな声で彼女を諌めた。
「連行する気です! あの男は、貴女から手を出させて無理やり連れていくつもりなんです! 耳を貸しちゃあいけません!」
「兄貴、は……っ!!」
「あん? お前の兄がなんだって? 虚栄心の塊で、実力も伴わず、同期のレックスに負けっぱなしだった男。魔族に殺されるまでろくに勝利も得られず、偽物の名声だけが生きがいだった虚しい男!!」
実に気持ちよさそうに、メロは彼女を煽る。目論見は当然、メイドから手を出されること。
一発でも殴られてしまえば、彼は大手を振って堂々とナタルを連行することが出来るのだ。だから遠慮せず、全力で煽り続けた。
「そう……お前の兄はとどのつまり、よく吠える負け犬さ。死ぬまで負け続けの人生の癖、分不相応な名声欲に囚われた無様な敗北者!」
「っ!!」
その瞬間、ナタルの拳が強く握りしめられて。目に涙を浮かべ、ナタルはメロ将軍をひっしと睨みつけている。
きっと、メイが抱き着いていなければ即座に殴り掛かっていただろう。敬愛する兄をこき下ろされたナタルの心情は、推して知るべしだ。
「……う、くぅ」
だが、耐えた。ナタルはその悪魔の如く残忍な暴言を、メイの諫めと自身の理性をもって律した。荒れ狂う激情を腹に収め、歯を食いしばりながら耐え抜いた。
「ふん、乗ってこないのか。腰抜けの妹は、所詮腰抜け」
「もういいでしょう。言いたいことはもう言ったでしょう。早く私たちを解放してください!!」
ポタリ、ポタリと涙を溢して屈みこむメイド。それを見て多少は溜飲が下がったのだろう、メロはつまらなそうにその二人から視線を切った。
別の獲物を探す事にしたらしい。
────だが。
彼のその暴言に、腹を立てていたのはナタル一人ではなかった。
「……ハァ、ハァ」
それは街並みの中、二人の少女とメロ将軍のやり取りを聞いていた人物だ。
その人物は過保護だった。もし街中で誰かに絡まれたらどうしようと、自らの妹やメイを心配してこっそり後ろから一日中ストーキングを続けた女剣士。
案の定面倒くさい連中に絡まれてしまった二人の少女を、もし暴力沙汰に発展したら助太刀に入ろうとずっと期を伺っていたシスコン気味の兄。
そんな折に聞いてしまった、メロのこの発言である。
「……ハァ、ハァ。敗北者……?」
ナタルが耐えているのに、自分が激高して手を出す訳にはいかない。何とか必死で怒りを堪えていたのだが、最後の煽りでとうとう堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
「取り消せよ。……今の言葉!!」
人間は極限まで煽られると、こうなるのか。
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