第21話

「お話は了解しました。フラッチェさんは大半を寝て過ごされたので、あまり報告できることがないのですね?」

「ああ。すまない」


 レックスに飛び蹴りをかました俺の足が、奴の鎧とぶつかり快音を轟かせた。何やってんだと呆れた目を向けてくるレックスを横目に、俺はやや痛い足を擦って話し合いに交ざる。


 と言っても、俺が話す事は殆ど無いに等しい。俺の体がゾンビ女のモノだと言う事を隠すつもりだからだ。


 体が他人のモノなら、じゃあ中身は誰なんだよ。そう突っ込まれたら、俺は即座にボロを出す自信がある。俺は嘘が得意なタイプではない。


「我が見た、あのゾンビ魔族と狼魔族の仲間割れについても分からぬのか?」

「ああ、それは分かるぞ。断片的に聞いた限りではあるが、あの女ゾンビは人間と……、私達と内通しようとしてた様だ」

「魔族が人間と内通? そりゃまた、何で」

「ゾンビは、襲われた人間の成れの果て。魔族に蹂躙された挙句、魔王に従うことを強要されていたらしい」

「はーん、なのに大人しく従ってるって事は何か弱味でも握られてるのかね? 俺様なら絶対に従わんが」

 

 俺の返答に、レックスは納得が行った風だ。自分を殺した相手に従わされる、そう考えると彼等も可哀想である。


「────っ! それ、凄い情報ですよフラッチェさん! 他には? まだ、何か言ってませんでしたかそのゾンビと魔族は!」

「え?」


 そんな俺が聞いたゾンビの話に、物凄い勢いでエマちゃんが食いついて来る。確かに貴重な魔王側の情報だけど、これそんなに大事な話なのか?


「先程、剣聖様から洞窟内でゾンビの弓兵が爆発したという情報を貰いました。フラッチェさんの話と合わせると、ゾンビは魔王軍で虐げられている存在だと推測できます」

「え? そんな事あったんだ」

「そして、ゾンビ側も本心から従っていないのであれば、彼等を寝返らせる工作も可能かもしれません。上手くやれば、味方が増える訳です」

「おお!」

「エマちゃん、ゾンビが爆発した事そのものが魔王に従う理由かも知れねぇぞ? アイツら、身体に爆弾か何か埋め込まれて『従わないと自爆させるぞ』って脅されてるのかも知れん。だとしたら、寝返らせるのは無理じゃねぇか?」

「いえ。魔王に従う理由さえ分かれば、ゾンビは十分味方になりうるのですよ。剣聖様の仰るとおり爆弾であれば、その処理方法を見つければ良いだけです」


 そっか。上手くすれば、ゾンビが味方になるのか。


 ……もしかしたら、本当にジャリバと肩を並べて戦う未来も有ったかもしれないんだな。アイツも、話してみたら案外悪い奴じゃ無さそうだったし。


「すまない、何で脅されているかは聞き出せていない」

「そうですか。では、次の機会があれば問うてみましょう」


 こうして、俺はエマ達に報告を終えた。













 火山の噴火が終わり、シェルターが開かれると俺達はクラリス達と別れた。彼らはすぐさま、戻って国王に今回の火山での事のあらましを報告するらしい。


「剣聖様、今回は依頼の受諾ありがとうございました。此度の成果を王に上申しましたら、きっと報酬は支払われることでしょう」

「本当に助かったぜ、俺一人なら死んでたからな。では、達者で。レックス、どの娘が本命か知らんが一人に絞れよ」

「がはははは! 妹よ、レックスの傍ならしばし家出を許そう! だが危ない真似はするなよ!」


 3人は挨拶もそこそこに、手早く荷物をまとめてサイコロから去っていった。魔王軍の存在が明白になった以上、国としては一日でも早く対応に動き始めなければならない。彼らに時間の余裕などほとんどないのだ。


 一方俺達は依頼達成したから、のんびりアジトに戻って報酬を受け取るだけ。冒険者とは、やはり気楽な職業である。


「クラリスが居なくなって寂しくなるな、メイちゃん」

「全然! むしろせいせいしますとも」


 将軍たちが立ち去った後、俺はほんのり元気がないメイの頭を撫でた。何だかんだで仲良し姉妹だったな、あの二人。


 俺達もクラリス達と一緒に帰っても良かったが、折角だから火山都市サイコロの観光をして帰る流れになった。初日は依頼の準備だけでロクに観光に出かけていなかったし。


「で、だ。メイ、この辺でいい魔石が有ったら仕入れとけ。向こうで買うより安いぞ」

「そうですね。せっかく魔石の原産地なんですから」

「ウチは工芸品見たいなぁ。硝子細工のビートロ言うんか? そういうのが此処の名産品らしいで」


 昨日とはうって変わって、皆和気あいあいと楽し気に話している。時折、メイちゃんの気遣わしげな視線が気になるが。


 俺も本音を言うと、やや高揚してきている。初めての土地で初めての経験をするのは、人にとって無上の喜びだ。世界には、まだまだ未知で溢れている。


 今だけは、嫌なことを忘れ楽しむとしよう。


「メイちゃん。魔石って何に使うんだ?」

「魔法陣を使う時に、魔力の供給源になるんです。魔法陣は陣そのものにも魔力を込めないといけないので、魔石など魔力の籠ったものが必須になるんですよ」

「ほー」


 魔法陣かぁ。そう言う技術があるのは知っていたが、実戦で使ってる魔導士見たことないな。


 いや、そもそも冒険者が使うようなもんじゃないか。固定してしか使えない訳だから、城の迎撃用だとかそんなんに使われているんだろう。


「フラッチェはどこか行きたいところはあるか?」

「剣を見たいから鍛冶屋、だな。火山都市と言うくらいだ、燃える剣とか売ってないかと期待している」

「……さすがにそんなんは売ってないと思うで」


 むむ、やはり売ってないかなぁ。炎を纏った剣とか、実用性はさておいてカッコいいじゃないか。浪漫に溢れている。


「……いや、売ってたぞ」

「マジで!?」

「そーなん!?」


 レックスは、知らないのが意外そうな顔でとある方向を指さした。その先にあるのは、鍛冶屋の看板。


 奴にからかっている気配はない。どうやら、マジであるらしい。伝説の、炎の剣が!


「じゃあ、近いし一回鍛冶屋見に行くか?」

「私もちょっと、興味ありますね。見に行きましょうか、燃える剣」

「へぇ、何で知っとるんや?」

「……いや、な? ここに来た初日、鍛冶屋に顔を出してだな。俺様もちょっと気になってはいたんだ」


 レックスも、燃える剣にまんざらではないらしい。剣士だもんな、一度は憧れるよな。


「よし、行くぞ! 待ってろ炎の剣!」

「フラッチェ、走るなー。メイから離れると暑いぞ」

「……子供みたいやなぁ」


 沸き上がるテンションを押さえきれなくなった俺は、レックス達を置いて駆け出した。一刻も早く、実物を目で見てみたいものだ。
















「お、おおお!!」

「わー奇麗……」


 鍛冶屋に入ると、レックスの言うとおり本当に置いてあった。メラメラと炎を纏って、荘厳な台座に立てられた一振りの剣が。


 目を輝かせて剣を凝視していると、中年の炭鉱族の男が快活に語りかけてきた。


「ラッシャイ。そのマスタングソードが気になるかい?」

「マスタングソードって言うんですか、この燃える剣」

「そうよ。火山から掘られた魔石を使って、剣先に炎を纏うように加工された剣さ。鞘に入れたら、ちゃんと炎は収まるから安心しな!」


 店主は、快活に笑い話しかけてきたそのドワーフらしい。人当たりの良いドワーフって、なんか珍しいな。俺の知ってる冒険者のドワーフは、皆根暗で鬱屈としていたが。


「お、おお!! 凄い、凄いな! このマスタングソードはいくらなんだ、店主?」

「1万Gだ。ちと割高だが、サイコロの特産品の一つだからソコは大目に見てくれ」


 う、うおお。高っ……。まぁ、伝説の剣だしそれくらいはするか。


 今回の依頼の報酬って結構あるよな。1万G稼ぐのって普通に冒険者やってたら1年くらいかかるが……、今回の報酬だけでぎりぎり支払える。


 どうしよう。か、買おうかな。


「店主さん。これ、炎はどれくらい持ちます? 見た感じ、半年持たなそうなんですけど」

「うっ……、良いところ突くねぇお嬢ちゃん。確かに、魔石の魔力が尽きたら炎が出なくなっちゃうね。けど、大丈夫。ウチで魔石を買いだめして、魔力が切れたら付け替えれば良いんだよ。付け替え用に加工した魔石も、セットで安く売ってあげるよ」

「何? そっか、魔石の魔力が尽きたら炎が消えちゃうのか」


 魔石の魔力を使って炎を出してる訳だしな。そりゃそうか。


「しかもこの炎、初級魔法ちゃうの? 初級魔法の魔法陣が柄に刻んであるだけやん」

「レックス様。これくらいなら、剣を用意していただければ私でも作れますが……」


 ……あ、そうなの。結構簡単な作りになってるのね。メイちゃんでも作れるんだコレ。


「かー、分かってないねぇ黒魔導士のお嬢ちゃん。中級以上の魔法陣刻むと、炎は派手になるが魔石が一瞬で吸い上がって燃費が悪いんだよ。それに、綺麗にまんべんなく炎を纏わせるのって結構難しいんだぜ?」

「……と言うか、そもそも何故炎を纏っているんです? 」

「そりゃあ、決まっているだろ」


 店主は、やれやれ何もわかってないなといった顔になり。


「カッコいいじゃん?」


 と言い放った。


 そうだよね、実用性は皆無だよね、これ。

















「だよなぁ。剣の柄も無茶苦茶熱くて持ちにくかったし、実用性はまったく無いよなぁ」

「値段さえ安けりゃ、良い土産物にはなるんだが。流石にネタ武器に1万Gは出せん」


 俺とレックスは意気消沈しながら、鍛冶屋を後にした。かなり迷ったけれど、結局炎の剣は諦めたのだ。金なら腐るほど持ってそうなレックスですら、手を出すのを躊躇う一品である。


 一応、メイちゃんが居なくとも火を起こせるってメリットは有るけども……。それは、剣に求める機能じゃないし。


「ほな、次は魔石でも見に行こか。ええ感じの魔石があれば、メイが燃える剣くらい作ってくれるって」

「剣の加工は初めてですけど、あの剣を見る限りかなり簡単な構造なので可能です。少し時間を頂ければ」

「いや。……格好いいけど、やっぱ意味ないよ。あんなネタ武器にされたら、剣が可哀想さ」


 こうして俺は、火山都市サイコロで小さな夢を諦めたのだった。幼心に憧れていた武器が、実用性も何もないと知って。















「さて。観光ももう十分だろ、帰るぞお前ら」

「はーい」


 鍛冶屋を去った後。俺達は工芸品や観光名所を見て周り、火山都市を十分に堪能した。


 実に楽しい一日だった。だけど依頼終わりの小旅行も、ここでおしまい。


 これからきっと、魔王軍との闘いで忙しくなるだろう。ならば、限り有る休息を大切にし、オンとオフをキッチリ切り替えなければならない。


「今日はサイコロに泊まらへんの?」

「すみません、もうすぐ私の魔力が切れます。魔法で気温が下げられなくなったら、この街はかなり居心地が悪いと思います」

「あー。この気温で寝るのは勘弁してほしいな」


 メイが申し訳なさそうに、杖を小さく擦る。そっか、今涼しいのもメイが冷やしてくれてるからなんだった。


 彼女は半日近く魔法を使いっぱなしだった事になる。そりゃ、魔力も切れるだろう。


「なら各自、帰る準備をしろ。依頼は家に帰るまでが依頼だ、いつ敵に襲われるか分からねぇ。気を抜くなよ」

「はいよ」


 レックスに云われるまでもない。剣士は常在戦場、いつどこで奇襲されても対応しなければならない。それができなければ、どんなに剣の腕が立とうとも最初に死んでしまうのだ。


 ────かつての俺の様に。


「準備オッケーやで」

「私も、整いました」

「イケるぞレックス」

「よし。なら出発だ」


 こうして俺達は、灼熱の火山都市から元居たアジトへと帰還する。きっと今後も、国軍は魔王軍関連でレックスに依頼を出すだろう。


 それまでに、たっぷり鋭気を養って。そして、ジャリバの無念を晴らせるよう修行を積まねばならない。


 男に戻る方法は不透明になってしまったけれど、俺のやるべき事は山積みだ。一つ一つ、目の前のことと戦っていこう。そう、心に決めて。

















「……お前。剣聖レックスだな」


 そしてまさに火山都市サイコロを後にした、その折だ。静かで冷徹な声が、レックスを呼び止めたのは。


 ゆらり、と幽鬼のようにレックスの傍に立っていたソイツは、静かに腰に差した剣の柄を握っていた。


「あん、俺に何の用だ? 挑戦者か何かか」

「違う。レックス、私はお前を殺しに来た」


 ソイツには、レックスへの殺気を隠すつもりもない。敵意を剥き出しのまま、俺たちの行く手を阻むようサイコロの出口に立ち塞がった。


 全身黒いフードで覆われ、ソイツの顔はよく見えない。だが声質からハスキーではあるが、性別は女だと分かる。背丈からは、まだ成人していないように思えた。


 こんな年端の行かぬ少女が、レックスに斬りかかったとして勝てるとは思えんのだが。


「俺への恨みか? まぁ、心当たりが多すぎてちょっと絞りきれんが……。挑戦ってことで果し合いなら受けてやるぞ」

「……うるさい。何でもいいから、死ねよお前」


 柔和な笑みを浮かべ、宥めるように対応したレックスを少女は睨み付ける。


 レックスは、その話の通じない襲撃者に溜息をついて。俺達に目配せで下がれ、と言ってきた。


 相手してやるのね。優しいな、レックスは。


 まぁ、俺から見てもこの娘の腕は大した事なさそうだ、レックスにとって全く脅威になってない。むしろ、


「……また女の子ですか」


 ボソリ、と何か呟いていたメイちゃんの方がよっぽど怖いくらいだ。本当に女の子の縁が多いよね、レックスの野郎。


「で? どこからでも良いぜ、好きに打ってきな」

「馬鹿にして……っ!」


 レックスは皮肉げな笑みを浮かべ、少女を挑発した。


 激昂した様子の女は、チャキンと剣を抜き放つ。そして被っていたフードを投げ捨て、不安定な姿勢のまま上段に短剣を構えた。







 ────突っ込みたいところが、2つある。


 まず1つは、


「何!? 剣が炎を纏っているだと!?」


 少女が抜き放った剣が、メラメラ綺麗に燃えていたことである。


「ああ! これはお前を殺す私の殺意の炎だ……!」

「何て事だ!」


 いいえ、魔石の生み出した初級魔法です。あいつ、鍛冶屋で買ったのか。あのバカ高いネタ武器を買っちゃったのか。


 ……しっかり驚いてあげるあたり、レックスもノリが良い。カリンなんか、俺に隠れて爆笑してるのに。


「よし、こうなれば決闘だ! 俺はレックス、『鷹の目』レックス。名乗りは決闘の華だぜ、お前の名はなんだ?」

「……私に二つ名などはない! ……そしてこれは決闘ではない! 私はお前に復讐しに来ただけだ!」


 そして、もう一つ突っ込みたいのは。俺はその少女に、酷く見覚えがある事だ。


 何やってんだ、アイツ。何であの馬鹿が、ここに居る? なんでレックスに喧嘩売ってんの?




「私の名はナタル!!」


 深くかぶったフードの中から出てきたのは、寂しがり屋の暴君。俺のよく知る、兄離れが不十分な内弁慶の妹だった。


「レックス!! 兄貴の仇、取らせてもらう!!」




 ギョ、とした顔でレックスが俺を睨む。そういや、お前は俺をナタルと勘違いしてたんだっけか。


 残念でした。そこで、鍛冶屋に騙されて無駄に高い炎の剣を買わされた馬鹿が本物のナタルです。

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