第14話

「剣聖レックス様、並びのそのパーティメンバーの剣士様、お初にお目にかかります。私はぺディア帝国大将軍ペニー様の副官を務めております、エマと申します」


 くりん、とした丸い瞳を揺らし。サラサラの茶髪を肩まで伸ばしたその女の子は、イソイソと服飾を整えながら俺達に自己紹介を始めた。


「あ、えーっと……」

「先程は大変お見苦しいところをお見せ致しました。厚かましいのですが、先ほどの件は何とぞお忘れいただけると幸いです」


 そう言って幼女はペコリ、と頭を下げる。俺が改めてその娘を見れば、幼いながらやや釣り目で気が強そうな印象を受けた。成長すれば、きっとクールな美女になるだろう。


 そしてエマと名乗った少女は幼い見た目ながら、その振る舞いは非常に大人びていた。気まずい所を見られたからか頬を赤くしているが、飄々と無表情を崩さず話し続けている。


 なんだか、大人の対応だ。


 ……まさかとは思うが彼女、成人していたりするのか? 見た目だけでもう犯罪チックだから将軍は有罪だが、クラリスという前例もある、見た目がいくら幼かったからと言って本当に子供とは限らないのかもしれない。もし彼女が成人しているのであれば、俺達はとんだ無礼を働いたことになる。


「ねぇエマ……さん?」

「何でしょう」

「貴女、歳はいくつ?」

ピー歳です」

「よし、アウト」


 ────ロリコン死すべし慈悲はない。俺は半裸のまま土下座を決め込んでいる将軍の頭を蹴り飛ばした。














「なぁペニー……。俺様さ、言わなかったか? いくら好いて貰ってるからと言って、ガチ幼女はダメだろうと。年齢的に成人してるクラリスちゃんならまだしも、エマちゃんだけは駄目だろって」

「……エマが、あまりに可愛くて、ついな。反省している」

「嬉しいです、ペニーさん……」

「なぁ、斬っていいかレックス。こいつは斬っていい人間だよな?」

「残念ながらペニーは国軍のトップだから駄目だ。しかるべき所に通報して、国家の法に裁いてもらおう」


 レックスは氷の様な眼つきで、ペニーを睨んでいる。俺も全く同じ感想だ、こいつ死ねばいいのに。


 公衆の面前で堂々と幼女とイチャつき始めたこの国の恥部、ペニー。俺は今、この国で生まれてしまったことを心から恥じ、隣国に亡命でもしようかと本気で悩んでいる。 


 こんなのに軍の指揮権を持たせるなよ……。


「ふっふっふ。レックス様がそう仰るのは予想しておりましたとも。ですが、そんな剣聖様にご覧いただきたいものがあります」

「……何? 何を見りゃ良いの?」

「はい。見てください、この婚約証明書を。私は国王の仲人のもと、ペニーさんと今年の春付けで婚姻関係になっております。そう、この国の最高権力者が保証しているのです、私はペニーさんの妻であると! 従ってペニーさんが私に手を出す分には何ら違法性はありません」


 その幼女は、得意満面に婚約証明書とやらを見せびらかしてきた。成る程、あの依頼書と同じ国軍の紋様がその証明書には押印されている。


「なぁレックス、国王斬りに行こうぜ」

「この国が亡ぶから駄目だ。代わりにペニーに責任取って死んでもらおう」

「ははは、レックス。せっかく可愛い彼女が傍にいるんだ、カッカせずに冷静に話をしようじゃないか」


 ペニー将軍は悪びれる様子もなく、ガハハと笑って誤魔化している。


 ……と言うか、彼女って誰だ? 


 いや、俺か。こんな場所に二人っきりで来てるもんだから、そう勘違いされたのか。一応否定しておかないと────


「誰のせいで良い雰囲気が壊れたと思ってんだロリコン野郎!! 後もう少しだったんだぞ!」

「お、彼女に良いところでも見せたいのかな? 模擬戦ならば、相手になろうか」

「ペニーさん頑張ってー」

「うるせぇぶっ殺す!」


 その寒気がするような誤解を訂正する暇もなく、激怒したレックスは猛然と大将軍に斬りかかったのだった。おい、否定しろよ。


 ……あともう少しで、何するつもりだったんだお前。




 因みに、

 

「正義は勝つ、悪は滅びる……」

「ペニーさーん!!?」


 無謀にもレックス相手に素手で応戦したペニー将軍は、数秒で地面にめり込んでKOされていた。レックス相手に数秒持った当たり、流石は大将軍、そこそこは強いのだろう。















 レックスが落ち着いてから。周囲のカップルが危険を察知したのかいなくなってしまった頃、気を失ったペニー将軍をレックスが担いで俺達はアジトに戻ることにした。これで依頼を受ける人員が揃ったことになる、打ち合わせもあるしクラリスの滞在している俺達のアジトに連れて行くのが一番無難だろう。


 俺は、旦那がKOされて意気消沈しているエマと手を繋ぎながら、道すがらレックスにペニーの事を詳しく尋ねた。


「レックス。お前の言う真面目ってどういう意味だ?」

「……ペニーの事か? いや前会ったときは、エマに手を出してないって言ってたからな」

「実際、手を出してた訳だが。この国の大将軍はやべー奴しかいないのか」

「────でもなぁ。それでも他の大将軍が、その、酷すぎてだな。幼女に手を出したこと差し引いてもまだ、多分ペニーが一番まともな部類なんだよ……」


 レックスから帰ってきた答えは、頭がさらに痛くなる話だった。まとも、なのか。この男の評価がレックスの中では『まとも』なのか。


「そんなレベルなのか。この国の軍はそこまで腐りきってるのか」

「一応、ペニーの『市井の民を守りたい』って気持ちは本物だし。市民というか『子供を守りたい』だけだとしても……。何にせよ、国の民の為を想って行動できるのはペニーだけだろうな」

「ああ……、コイツ本気で市民を守ろうとはしてるのか」


 レックスの他の将軍に対する評価がひどい。コレより酷いって、それは人間を名乗っていい生物なのか? 


「あと、私がコイツの10倍も愉快ってのだけは納得しがたいんだが」

「いやだって。コイツの性癖笑えねーじゃん」

「そういう意味か」


 なるほど、文字通り『愉快度』なのね。それで、俺は笑える存在だと言いたい訳ね。いつかぶっ殺してやる。


「ただフォローしておくと、ペニーという男は大して才能ない癖して、野盗やら魔物やらに襲われる『子供』を守るため死に物狂いで修業してだな。その結果、尋常じゃない努力と経験に裏打ちされた実力一本で窮地の村を救い続け、その功績でとうとう大将軍にまで上り詰めた男だ。救ってきた命の数は、この国じゃ誰もペニーにかなわないだろうな。そこは、俺様も尊敬している」

「……私も、家族が魔物に襲われて死んじゃった後、ペニーさんに拾われて育ててもらいました。私は心の底から、ペニーさんを愛しているんです。なので、ペニーさんを悪く言われるのは辛いです」

「うおっ……。成程、案外ペニーはまともなのか……。性癖以外」


 そしてレックスから聞かされる、目の前の変態からは想像もつかない偉業。今の話が本当なら、確かにレックス評価が『真面目でストイック』だと言うのも頷ける。


「まぁ、裏がないんだよ。クラリスちゃんにしろペニーにしろ。権力なんて野暮なものを持ってしまった人間は、いろいろと腹黒くなったり傲慢になったりするもんだが……、ペニーはそれも無い。ただ、ロリコンなだけだ」

「最後の一言が致命傷なんだがな。欠点がでかすぎる」

「俺様もそう思う。でもまぁ世界広しと言えど、完全無欠で欠点のない人間なんて滅多に居ないもんだ。それこそ、この俺様くらいだな」

「……おやレックス、お前の股間────」

「ヤんのかこら泣くぞオラァ!!」


 完全無欠の存在(粗●)は、俺が言葉を言い終える前に既に若干泣いていた。よほどちっこいのがコンプレックスなのだろうか。


 一方エマは興味深そうに、レックスの股間をシゲシゲと横目で見ている。他の男のサイズも気になるらしい、好奇心旺盛いやらしい娘だな。


















「む? ペニーが結婚した話を知らなかったのか!? 実におめでたい知らせだろう!」

「おめでたいのはクラリスちゃんの頭かなぁ」


 アジトに着くと、クラリスは満面の笑みで到着したペニーを出迎えた。彼女的に、ペニーとエマの結婚はオーケーだったらしい。


 クラリス自身が幼い容姿なので、ロリコンに寛容なのかもしれない。


「ああ、素晴らしきは愛かな! この二人ほど純粋で一途な愛を、我はそうそう知らん!!」

「欲望で汚れ切った愛の間違いでは」

「我には分かる、互いが互いを心の底から信じておる。依存し合う事なく、パートナーをそれぞれの得意分野で助け合っておる。年齢差など、さしたる問題ではなかろう!」


 彼女はそう言い切り、太陽のような笑顔を浮かべた。


 まぁ、愛と言う言葉に弱そうなクラリスである。いとも容易く口先で丸め込まれたのだろう。


 何となくクラリスからはバカの香りがするし。


「えぇ……? そりゃ、アカンやろ……」

「……(絶句)」


 うん、やっぱりメイやカリンの様な、こう言う反応が一般的だと思う。ロリコンは殺しても罪に問われないからね、やっぱり夜討ちして首を獲った方がいいかもしれん。


「ペニーの事はもう良い。この馬鹿が目を覚ましたら、とっとと作戦会議を始めるぞ。コイツのロリコンは後々矯正するとして、まずは目の前の魔王軍を何とかしないと」

「矯正されたら困るんですが、剣聖様」

「こ、この怪しいオッサンと一緒に洞窟潜るんか……」

「私、ほのかに身の危険を感じるんですが。姉さん、本当に信用できる人物なんですかこの男」


 メイちゃんは眉を顰め、気絶しているペニーから後退っている。心底、嫌そうだ。


「無論である! 確かに一時期ペニーは我を口説きに来たが、こやつは基本的にエマ一筋だぞ!!」

「やべぇ、ソレ聞いてますます信用する気が起こらねぇ」

「ね、姉さんを口説いた……?」


 やっぱり口説いてたのか、クラリスを。それを聞いたメイの目が、絶対零度に凍り付く。姉を口説かれてご立腹の様だ。どうせなら合法のロリを狙うよね、死ねば良いのに。


「……ひょっとして、姉さんの唯一無二の婚期だったのでは? 勿体ない」

「ふははは!! ……メイ、その発言は流石に姉ちゃん怒るぞ?」

「ヒッ、ゴメンナサイ」


 違った。メイは姉を煽りたかっただけらしい。


「そういうメイはどうなのだ? レックスとの関係は進んでいるのか?」

「あーもう! 貴女はすぐそうデリカシーの無い話を!!」

「始めたのはメイからであろう!」


 そして、そのまま流れるように姉妹喧嘩に発展した。相変わらず平和だ。本当に仲が良いな、あの二人。


「このアジトも騒がしゅうなったなぁ。犬も食わん姉妹喧嘩やで」

「というか、そもそもクラリスちゃん単体で騒がしいからな。たまには煩い日常も良いだろ、依頼が終わるまでの数日は我慢してくれ」

「そうだな」


 そんな姉妹の微笑ましい日常を眺めながら。俺は仲間と共にペニーが目を覚ますのを待って────







「え? 剣聖様、先ほどそこの女剣士様と公園で逢引きしておられませんでしたか? クラリスの妹様と、どちらと恋人なのですか?」







 そんな、幼女の空気を切り裂く一言が場に投下される。


 しまった、誤解を解くの忘れてた。




 そしてビタリ、と姉妹喧嘩が止まり。ガラスが砕けるような不協和音が、メイやカリンから響いてきた。


 何あれ怖い。

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