第15話
「ふむ……。俺は気を失っていたのか?」
「あ、ペニーさん! 目が覚めたんですね」
茶髪を揺らす幼き少女は、ぱぁっと満開の笑顔を咲かせる。コキリ、コキリと首を鳴らす筋骨隆々の30代男性が、抱き着いて来た幼女を肩に乗せ、そして微笑んだ。
「流石は剣聖、か。俺じゃやはり歯が立たないな。エマに格好の悪いところを見せてしまったか」
「武器を持った相手ですし、仕方ないですよ。それにペニーさんの本領は集団戦ですから!」
旦那の肩に乗ってご満悦のエマは、優しく頬を緩めるペニーに頬ずりしている。年齢差さえなければ、二人は仲睦まじい理想の夫婦と言えよう。
「ところで、エマ?」
「何ですか?」
そんな、平和な二人の前で広がる光景は。
「あれ、何だ?」
「剣聖レックス様が、不義理を働いた様子です」
……ジト目の女3人に囲まれ詰め寄られ、情けなく狼狽しているこの国最強の剣士だった。
「何!? そんな男には見えなかったが……。何にせよ二股はいかんよ、二股は」
「そうですね。そんな悪い男のは、皮を剥いて串刺しにして削ぎ落として煮て焼いて食べちゃわないといけませんね」
「……そうだな。俺は絶対そんなことしないから安心してくれ」
「ええ、私は信じてますとも!」
その時ペニーは少し、内股になった。
「おい、レックス。公園ってのは、少し休憩する為の場所じゃ無かったのか?」
わずかに殺気を込めて。俺は、目の前のエロ猿をキッと睨みつけた。と言うのも、今日の事をメイやカリンに説明したら、とても聞き流せない様なふざけた事実が浮かび上がったからだ。
レックスは俺を公園に誘っていた。確かに、公園という場所には暇な人や親子連れが集まるそうだ。が、この付近には公園は二つあり、レックスの言う『親子連れ向け』の公園は少し離れた場所にある。
もう一つの公園は、つまり俺が今日誘いこまれた公園は、
「あそこって……ほぼ逢引き専用の公園ですよね」
「違うんだ。俺様もその辺をよくわかってなくてだな!?」
「……で? フラッチェもあっさり誘いに乗った理由は……」
「私はよくわからなかったが、ついて行っただけだ!!」
「まぁ、アンタはせやろな」
カリンはちらりと、俺をアホの子を見るような目で流し見た。正直その扱いには文句を言いたい。
「……レックス様も、ご存じなかったのですか?」
「そうそうそう!! 俺様も中に入って一瞬怪しんだけど、親子連れっぽいのも居たし大丈夫かなって!」
「ふーん……? レックス、そもそもアンタって公園とか行くタイプやったっけ?」
「というかレックス。お前、周りカップルだらけだったのに平然としてたじゃん。しかも私が帰ろうって言っても引き留めただろ」
「あがっ!? それはだな、えっと」
じりじり、と冷や汗を浮かべるレックスへ詰め寄る3人の女。正確には2人の女と元男。
眼前では我が怨敵レックスが、かつて無い程追いつめられている。俺が男の時、ここまで焦ったレックスは見たことがなかった。
……よりによって、こんなしょうもないことで追いつめられるレックスを見ることになるとは。
「違うんだ、聞いてくれフラッチェ」
「おう」
「俺様はだな、本当にお前と分かり合いたかっただけなんだ! 変なところに連れ込んじゃったのは謝るけどさ。お前とはまだ出会って数日だろ? 大仕事の前に一度腹を割って話そうと考えていただけなんだ」
しどろもどろ、ではあるが。レックスは俺の目を見ながらそう言った。
「だって俺様は、お前の事を何も知らないから。お前はお前で、自分の事を何も話そうとしないし。……俺達は仲間だろ? だから、一度二人きりでじっくり話をしたかっただけなんだ」
「そうだったのか」
そのレックスの言葉は、俺の心に突き刺さった。確かに、俺は自分の事を何も話していない。下手に話して勘づかれるのが怖かったからだ。
そして、俺はレックスの性格をよく知っている。コイツは昔から、妙に身内に甘い性格だった。案外、寂しがりやな男なのだ。
そして故郷を失い天涯孤独の身になったレックスは、きっと無意識に心を預けられる身内を求めていたに違いない。パーティの仲間として共に過ごしているメイやカリンに家族に近い意識を持っているのだろう。
そして、新たなる仲間となった俺とも、キッチリ向かい合おうとしたって事か。律儀な男だ。
「そんな言葉で丸め込まれるのは、激チョロ剣馬鹿だけやで! ほんまの事言ってみぃ!」
「……本当に一切の下心が無かったと、断言できますかレックス様?」
「いやあの、まぁ多少はね?」
「自白しおったぞ!!」
かつて俺は、寂しがりなレックスから距離をおいた。それも、ただのわがままな俺の意地で。
そして俺はまだ、自分の正体を隠している。レックスにふがいない今の自分を知られるのが怖くて、気まずい関係になるのが嫌で隠している。
それが、回り回ってレックスに心配をかけていたのだ。
「すまないレックス、もう少し待ってくれ。心の整理が出来たらいつか、私はお前に全てを語ろう……」
「あれ!? フラッチェがもう完全に説得されとる!」
「何ですかこの人!? チョロいとかいう次元じゃないですよこれ!?」
ん? メイやカリンは、何を驚いているんだ?
「そ、そんな事よりだな。ほら見ろ、ペニー将軍も目を覚ましたみたいだぜ? そろそろ、仕事の話をしよう、な?」
「……」
「お、やっと話は纏まったか!! 我は退屈だったぞレックス!」
「まだ納得とかしてませんけれど。……そうですね、当の本人が丸め込まれちゃいましたし」
こうして場がまとまり、レックスは冷や汗を流しながら一息ついていた。
そうだよな。いくらレックスとは言え、出会って間もない女を逢い引き場に誘い込まないよな。単に俺と話がしたかったんだろう。
そして幼女がピンと背筋を伸ばし、俺達の座るテーブルの最奥で、資料を片手に話を始めた。
「では、不肖ながらペニー将軍旗下、筆頭参謀である私エマが今回の依頼内容をご説明いたします」
「……エマちゃんが司会するの? こう言うのは大人がやった方が」
何で、誰も突っ込まないの?
これだけ大人が雁首揃えているのに、
「フハハハハハ!! 堅苦しいのは苦手でな!!」
「俺は、口下手だ。だからこう言うのはエマに任せている」
「これでも私、文官として働いた経験もあるんですよ? 皆様がよろしければ、このまま続けさせて頂きますね」
……そう言われてみれば確かに、エマ以外の国軍二人は司会に向いてなさすぎる。お前らもっとしっかりしろよ。
「この依頼の背景といたしましては、首都付近で『地図にない洞窟』と言うものが最近ポツポツと報告されておりました。新たに見つかった洞窟、にしては不自然に入り口が隠れていない。今まで見つからなかったことが不思議なくらい。それを怪しみ、多くの冒険者さんが洞窟に入らずギルドに報告してくれたのです」
……あー。そういや、俺が入ったあの洞窟も入り口丸分かりだったな。そこで訝しめれば死なずにすんだのか。
いや、どちらにしろその洞窟の調査依頼は、ギルド指定冒険者の俺に回ってきただろう。結局死ぬ運命は変わらなさそうだ。
「そして、前回の剣聖レックス様の調査により我々は『魔王軍』と呼ばれた新たなる敵性存在を認知しました。そして、その根城である可能性の高い上記洞窟の調査を依頼したくここへ伺いました。その件に関しては、レックス様には御受諾頂けたと伺っております」
「ああ」
そこでふぅ、とエマは一拍の間をおいて。手元から一枚の紙を取り出し、皆に見えるよう広げて壁に貼り付けた。
その紙に描かれていたのは……、俺でも聞いたことのあるくらいには有名な山だった。
「首都のすぐ北西に位置するドワーフ達が作り上げた炭鉱族の町、火山都市サイコロ。そこにも『去年まで誰も見たことの無かった』新たな洞窟が発見されております」
「火山都市……って、火山のすぐそばにあるっちゅー危険な街やっけ」
「はい。危険なので炭鉱族以外は近寄らず人が少ない上に、魔石の名産地でもあります。レックス様の報告通り魔王軍が実在するなら、ここに拠点を築くと見て違いないでしょう」
「立地が危険だから早々軍を動かせないし、大量の魔石を確保出来る。奴らにとっちゃ一石二鳥だな」
「加えて、野良の魔物も強力です。だから奴等からしたら非常に防衛しやすい拠点と言えるでしょう。なので、軍の被害を押さえるためレックス様を含めた少数精鋭での調査を行う方針になりました」
エマの張り付けた紙に描かれた、溶岩の川に囲まれた火山「サイコロ」。
俺も話に聞いたことがあるだけだが、少し地面が緩んでいると地割れが起きて溶岩に転落するという、人間が生活できる環境じゃないらしい。
……うわぁ、やだな。気温次第じゃ俺の剣が溶けちゃうかもしれん。
「まぁ我がいれば周囲の温度を下げられるから、さほど気負う必要はないぞ!!」
「なんと便利な」
そう、熱された剣を握れるかなとビビっていた俺だったが。俺の不安はどや顔をしているクラリスにより即座に解消された。
そうか、基本遠距離砲台として運用される黒魔導士を洞窟に呼んでどうするんだと思ったが、彼女はそのために呼ばれたのか。
「では、具体的な周辺情報ですが────」
そしてその後エマは、周囲に生息する警戒すべき魔物や周辺で確認された盗賊団などの詳細な情報を教えてくれた。事前に調べてくれたらしい。
……ひょっとしなくても、この場で一番しっかりしているのはこの幼女かもしれない。
「以上で、ブリーフィングを終了したいと思います」
「ああ。司会ありがとうエマ」
「何かほかにご質問があれば、いつでも気軽にご相談ください」
そう言ってにこやかに微笑むエマちゃん。彼女を見て満足げに頷くペニー将軍とクラリスさん。本来お前らの仕事だぞ。
「では、明朝に出発でいいな。ペニーにエマちゃん、今日はうちに泊まっていけ。まだ客部屋に余裕はあるから」
「それは助かります、宿代が浮きました。ペニーさん、お言葉に甘えましょう」
「ああ、世話になるレックス」
こうして。いよいよ明日、俺達パーティは魔王軍の立てこもっているだろう洞窟へ向かう事となったのだった。俺が正式なレックスパーティの一員として働く初の仕事である。
ま、期待に添える程度には働かせてもらおうか。
そして、その夜。
「……ふむ。こんな時間に素振りか、少女よ」
「お、ペニー将軍か」
久々の大仕事で寝付けず目が冴えてしまった俺は、夜中にこそこそと裏庭に行って剣を振っていた。
満足したら帰るつもりだったが、まさかペニーに後をつけられていたとは。
「もしかして、起こしてしまったか?」
「……俺の癖なんだ。俺はどんなに遠くとも、鋭い剣気が有れば飛び起きてしまう。奇襲ってやつには何度も何度も煮え湯を飲まされたからな」
「それは、失礼した」
「謝るこっちゃねぇよ。むしろ、勤勉だなと感心していたところだ」
自嘲するかのように、ペニー将軍は低い声で笑った。そういや、レックスの話ではこの男は「民を救い続けた歴戦の英雄」なんだっけか。近くで剣を振ってる奴がいれば、そりゃあ飛び起きもする。
「ただな、少女よ。お前、まだそんなに鍛えてねぇだろ?」
「……」
「お前さんはレックスのお気に入りみたいだ、だからこそ忠告しておく。あの辺の魔物は本当に強い、生半可な腕だと足手まといだ。特に前衛職はな」
「何が言いたいのです?」
「忠告さ。俺は、お前が依頼を辞退したほうが良いと思ってる。……その手、剣ダコが出来てるじゃないか。つまり、未だ剣に手が慣れていない。お前は最近まで剣を握っていなかった。違うか?」
そして、ペニーは観察眼もあるらしい。確かに俺の手は、マメやタコが沢山出来てしまっていた。将軍の言うとおり、この肉体の持ち主は剣など握ったことはなかったのだろう。
剣士の癖に筋肉も頼りないし、手にはタコが山のようにできている。こりゃ、確かに初心者剣士だと思われても仕方ないか。
「……不安なら確かめてみるか? 私の腕を」
「ふむ。……良いぞ、そこまで言うからには何かしら自信があるんだな」
「まぁね」
とはいえ、一人だけ依頼から置いてけぼりは御免である。肉体は剣の初心者でも、中身はレックスのライバルにして元ギルド指定の冒険者なのだ。
元々俺の剣は筋力に依存しない。実際に俺の腕を見れば、ペニー将軍も納得するだろう。
「私は、寸止めする。将軍はお好きにどうぞ」
「わかった。防いで見せろ、少女よ」
俺は静かに剣を抜き、ペニー将軍を挑発した。一方で将軍は興味深げに口元を緩め、そして俺から数メートルほど離れた場所に陣取った。
レックス以外との実戦は、久しぶりだな。
「ゆくぞ?」
「おう」
ペニ―将軍はそう言って、拳を構え。静かに一歩、踏み出した。
──ゴウ、と風を切る音がする。
音が聞こえた頃、目の前には俺の頭蓋を吹き飛ばせる威力を秘めた拳があった。──ペニーが僅か一歩を踏み出しただけで、彼の拳は俺の眼前に肉薄していた。
それは凄まじい速度と正確性を兼ね備えた、まさに必殺の一撃と言えよう。
「決着だな」
そしてその拳は、俺の顔に触れる事無く寸前で静止した。その異常な拳圧だけで、俺の髪がふわりと靡く。ペニーには元々、俺に攻撃を当てるつもりなどなかったのだろう。
だからこそ、寸前で止まれたのだ。
「で? 私の腕に不満はあるか?」
「……」
もっとも。俺もペニーが、拳を寸前で止めてくれると信じていた。信じていたからこそ、俺は剣先を躊躇わずペニーに向けられたのだが。
剣と拳では、リーチが違う。手を伸ばしきった拳でも、軽く構えた剣のリーチに敵わない。
ペニーの拳が止まったのは、俺の眼前数センチ。一方で、俺の短剣はペニーの首筋にピタリと張り付けられていた。これが実戦だったとしても、俺がペニーの首を斬り飛ばす方が早かっただろう。
誰が判定しても、俺の勝ちだろうな。
「……侮っていた。許せ、女剣士」
「フラッチェでいい。アンタも、私を心配して忠告してくれたんだろ? 謝る必要はないさ」
久しぶりに勝負に勝って微妙に上がったテンションを押さえつつ、俺はペニーの首元から剣を外して鞘に収めた。
キリも良いし、明日も早い。もうそろそろ、寝るとするか。
「私はもう寝る。ペニー将軍、また明日」
「……ああ」
……ふふふ。確か、レックスはペニー将軍倒すのに数秒かかってたっけ? 俺は一瞬での決着だったよな。
これってさ、間接的にレックスに勝ったと言っても過言じゃ無くね? ぐふ、ぐふふふふ。
いやいや、調子に乗るな俺。まー、実際は相性の問題なんだろう、それはよくわかってるけどさ。ペニーみたいなリーチのないインファイターって、カウンター型の俺のスタイルのカモだからなぁ。
そんな、とりとめもないを考えて部屋に戻る女剣士。
微妙に嬉し気な彼女の背を見ながら、
「未来でも見えてるのか、あの娘……」
────やや、その顔を恐怖に引きつらせながら。
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