第13話

「……悪夢です。こんな、どうして……」

「ふはははは!! 世話になるぞ、レックス!」


 こうしてメイとクラリスの姉妹が無事に合流できたので、クラリスは俺達のアジトに招待する事となった。一応レックスからの厚意らしいが、やはりメイの目は死んでいた。


 だが、想い人であるレックスに諭され最終的にアジトに招待することを受け入れた。実際に嫌なんだろうなぁ、とは思う。


「メイよ! 久方ぶりに共にベッドで過ごそうぞ!!」

「断固拒否です!! 絶対に嫌です!!」


 などと、受け入れたあとも二人は帰り道で言い争ってはいたが、何だかんだ姉妹は水入らず同じ部屋で寝泊まりした。メイが反抗期なだけで、やはり姉妹仲は良い様子だ。




 さて。次に俺達は、魔王軍の調査依頼に備えねばならない。熟練の冒険者であればあるほど、下準備に念を入れる。


 例えば所持品一つにしたって衣類や携帯食に始まり、予備の武器や剣の手入れセットなど持っていきたいものは山ほどある。それを依頼に合わせて取捨選択し、纏めねばならない。


 ギルドで依頼を受けた次の日、レックスは各自に依頼の準備をするよう通達した。それを受けた魔道士姉妹は仲良く魔道具屋に出かけ、修道女のカリンは薬草を補充すべく教会に向かったらしい。


 そして。


「フラッチェ。一緒に鍛冶屋行こうぜ」

「分かった」


 俺はレックスと二人、武器防具の手入れを頼むべく鍛冶屋に赴くことになった。俺の防具は新品なのでほぼ傷んでいないのだが、レックスとの稽古で剣はやや磨り減っていた。念のため手入れしてもらうとしよう。

















 さて。


 俺はレックスに案内され、奴の行き付けの鍛冶屋へ向かっている最中なのだが。


「……」


 ────何か、気まずい。


 そういや、レックスと剣を重ねた数は山程あれど、二人で何処かに出かける機会は殆ど無かった。目を向かい合わせれば、取り敢えず剣を抜いて一勝負していたからだ。


 二人並んで歩いたのは、勝負のあと治療しに教会に行く時くらいだ。大抵はお互いヘトヘトになって、無言でフラフラと歩いていた。


 つまり、何が言いたいかというと。


「……」


 会話が続かないのである。元々、俺はペラペラ陽気にしゃべるタイプではない。レックスはどちらかと言えばお喋りな筈だが……、今日に限ってはあまり話しかけてこない。


 レックスから見て、俺とまだ出会ってから3、4日だもんなぁ。そんなに共通の話題ないしなぁ。


 はぁ、何でも良いから話振れよレックス。俺から何か聞いてもも良いけど……レックスについて聞きたいことはあんまり無いんだよな。コイツについてはほぼ何でも知ってる。


「……な、なぁフラッチェ」

「あん? どうした」


 そんな感じで微妙な空気に困っていたら、意を決したかのごとくレックスが話しかけてきた。きまずかったのは、向こうも同じだったらしい。


「その、何だ。俺様はいつもデリカシーが無いだの、空気が読めないだの散々言われてな」

「いきなりどうしたレックス。自虐とは珍しい」

「いや。……今から聞く質問も、かなりデリカシーが無いような気がしてな。答えたくなければ答えなくて良いんだが────」


 レックスの横顔を見る。


 やつは真剣だった。何か、どうしても聞きたいことがある。そんな表情だ。


「良いよ。何でも聞いてこい」

「分かった。フラッチェ、お前さ……」


 成る程。話かけて来なかったのは気まずかったのではなく、聞きたいことを聞いて良いか躊躇っていたのか。


 存外に気を使うんだな。昔は、その辺を全く気にせずズバズバ聞いてきたもんだが。それでデリカシーに欠ける、とか言われて矯正したのだろう。


 さて、そんな前振りしてまでコイツは何が聞きたいんだ?



「────俺様のこと、知ってたよな?」



 う、うおっ!?


「俺様はフラッチェと初対面だと思う。でもフラッチェ、お前は俺の事を何らかで知っていた」

「ほう、どうしてそう思うんだ?」

「剣は何より雄弁に語る。お前の剣筋だよ」


 思った以上に深い切り込みを見せたレックスの質問。何とか平静を取り繕って受け流そうと試みるも、レックスの顔には確信が浮かんでいる。


「前から変だとは思ったんだ。お前は俺様の剣を予知するかのように綺麗に受け流し続けていた。でも、そういうのが得意な剣士かもしれないと思って流していた」


 ……それは。確かに俺が、レックスの剣を知り尽くしていたから受け流せていた部分もあった。成る程、受け流しを多用しすぎたのは迂闊だったか。


「でも、初見の筈の俺様の軌道を彼処まで読みきれるものなのか? 言っちゃ何だが、俺様の剣は世界最強クラスだぞ? それに、いきなり知らない人間に誘われパーティーに組み込まれたのに、フラッチェは俺様に対して忌避感も何も抱いていないし。お前、初対面の男を信用しすぎだろ」

「……ま、メイやカリンも居たからな。男一人なら、もっと警戒したさ」

「最後に。お前は何で偽名なんか使ったんだ? 一回死んだからって、親から貰った大事な名前を捨てるほどの理由は無い」


 レックスは、奴の剣の如くズバズバ切り込んでくる。そうか、レックスのいう通り確かに色々と不自然だった。


 ……まさか、バレたか? そうだよな、男の時から何度も剣を合わせた相手だ。毎日のように打ち合ってたら、そりゃ勘づくか。


「もしかして、確信してるのかレックス」

「ああ。お前の剣筋、性格、そして態度。いつまでも俺様の目を誤魔化せると思うなよ」


 あー。やはりバレてしまっていたらしい。うわ、気まずいな。


 いやでも、レックスのアレを見てしまったせいで自分から名乗りにくかったから、むしろ気づいて貰えて良かったかも。俺はどの面下げて「実は生きてましたウッヒョー」と言えば良いのか分からなかったし。


「そうか……」

「そうだフラッチェ。いや、本当のお前の名前は────」




 流石は親友、か。こんな薄氷の様な嘘でいつまでも誤魔化せるものでは無かったな。




「ナタル、だろ?」

「……ん?」


 ん?


「聞いているぞ。アイツには1人妹が居たってな。ちょうどお前くらいの年頃の、生意気で意地っ張りな奴だと聞いたよ」

「……」

「挑発に乗りやすさと言い、綺麗すぎる剣筋と言い、アイツとの共通点以外を探せって言われても難しいくらいにそっくりだ。……お前、兄と一緒にあの洞窟に潜ってたんだろ?」

「……」

「アイツがあっさりやられたのも、お前を庇おうとしたとかそんな所か? っと、すまん。今のは失言だ」



 何言ってんだコイツ。



「あとお前がメイ達をずっと見つめてたのも、兄妹が居るのが羨ましかったからじゃないか? ……違うか、ナタル?」

「……ん、んー」


 今、俺は物凄く微妙な表情をしている気がする。どうしよう、この言い訳を受け入れて良いものだろうか。


 確かにその説明は、すごくしっくり来る。しっくり来るけど、本物のナタルとレックスが遭遇した瞬間に破綻する。


 てか、ウチの妹と会ったこと無かったっけお前? ……あー、そういや無かったか? 


 まぁ、でも親友にこれ以上の嘘を重ねるのは気が引ける。ここはやはり、


「すまん、その件に関しては黙秘する。いつか、きちんと話すさ」

「分かった。……なら、今まで通りフラッチェと呼ぶよ」

「それで頼む」


 うやむやにしとこう。


 レックスは、返答を聞いて俺をナタルと思い込んでいるっぽいけど。本物のナタルはこんな気の良い性格じゃないぞ。


 あれはただの暴君だ。寂しがり屋の暴君。


「じゃ、話はここまでにして行こうぜフラッチェ」

「おう」


 とまぁ、俺は妹を隠れ蓑にして再びレックスを誤魔化したのだった。


 うーん、いつかバレる日が来ると思うと怖いなぁ。 

















「毎度」

「おう」


 快活な鍛冶屋のおっちゃんに剣を軽く研いでもらい、俺とレックスは店を出た。


 レックスの剣はでかいが頑丈らしく、殆ど手入れは必要なかったらしい。あんなに魔王軍を斬り倒したのに、殆ど歯こぼれしてないってかなりの業物じゃないか? まったく羨ましい。


 レックスと稽古に使っただけの我が剣は歯こぼれしてたのに。まぁ、値段も安いしそんなものか。


「なぁフラッチェ。帰りに公園よろうぜ」

「公園? お、そうか帰る前に一勝負だな!」

「違うから。何で研いで貰った直後に打ち合うんだよ」

「じゃあ、何しに?」

「時間潰し。メイ達は姉妹水入らずにしてやりたいし、カリンは回復薬調合してるから遅くなるだろ。たまにはのんびりしよう、フラッチェ」


 そう言ってレックスは腕を伸ばし、軽く伸びをした。そうか、せっかく手入れしたんだから剣の稽古は出来ないか……。


 剣を合わせられないなら、確かにやることがないな。出来るとしても素振りくらいか?


「そうか、ならたまには休むか」

「そうそう、根を詰め過ぎても逆効果だぜ? お前は生真面目だからいつも剣振ってるけど、それだと視野が狭くなるだけさ」


 レックスは知ったような口を利く。実際、この国の剣の頂点なんだから正しいのだろうけど。


 そんな剣聖様のご忠告に従って、俺はレックスと共に公園でのんびり休むことにしたのだった。大事な依頼の前である、確かに息を抜くのも必要か。


 ……でも、俺の返事を聞いた瞬間レックスが軽く手を握りしめたのが気になった。何か嬉しい事でも有ったのだろうか。









「……」

「結構混んでるな。よし、その辺に腰を降ろそうか」


 公園、か。


 成る程、俺は今まで公園なんて殆ど来たことがなかった。小さな頃、父が生きていた時に家族揃って遊びにいったきりか。


 あの時は遊ぶのに夢中で気が付かなかったが、大人になって改めて来たら色々な発見がある。


「か、カップルだらけ?」

「まぁそう言う連中も来てるわな」


 右を見ても左を見ても、恋仲であろう連中がイチャイチャイチャイチャと盛りあっている。茂みのなかで明らかに『合体』してそうなカップルすら居る。


 な、何だこの魔境は。


「あ、フラッチェお前、こういう場所だって知らなかったのか?」

「え、その、ただのんびりする場所かと」

「ほっとけほっとけ、視界に入れなきゃ無害な連中だよ。この辺でデートスポットなんて多くないからな、共用の場所には大抵カップルが来るもんだ」

「いや、喘ぎ声とか聞こえてくるし……。いや、うん分かった」


 そうか。そう言うものなのか。


 俺はガキの頃、こんな場所で遊んでいたとは。ナタルとの鬼ごっこに夢中で気が付かなかった。


 そういや、一回行ったきりで父も母も公園にあまり連れていこうとしなかった。教育に悪いと判断したのだろう。


「あ、あんまり心休まらないな此処は。こう言う雰囲気は苦手だ、早めに帰らないか?」

「そうか? 確かに発情したカップルも居るけど、普通に家族連れとかも居るぞ」

「家族連れ? こんな教育に悪い場所にか?」


 レックスの指差す方に目を向けると、成る程、確かに父娘が仲良く肩車しているのが見えた。気にしない家は、普通にここに遊びに来るのだろう。


 齢一桁ほどの少女は、満面の笑みで父親の頭に抱きつきはしゃいでいた。その微笑ましい光景に、少し心が落ち着いてくる。


「ま、気にしすぎないことさ。変に意識されると、カップルの方も良い気持ちじゃない」

「そんなものか」

「俺達も周りを気にせず、のんびりしとこうぜ。ウチの庭とは違う、広々した空間も悪くないだろ」


 レックスにそう言われ、俺も野原に腰を落とす。僅かな喧騒と心地よい風が、心身を優しくいやす。


「確かに、これも悪くない」

「だろ?」


 少し、目を閉じてみる。


 公園の柔らかな草木が、下ろした腰を暖かく包み込む。空と俺がまるで一体化したかのような、解放感と安らぎ。


 ああ、本当に悪くない。


 嬉しそうな子供の声が聞こえ、軽く薄目を開けると先程の父娘が抱き合ってキスをしていた。何とも平和な光景である。


 ……だが、もし。俺を殺したあの魔王軍がこの町へ襲ってきたら、彼等は蹂躙されるのだろう。


 数日前の俺のように、無念を叫んで死んでしまうのだろう。


 そうはさせない。あの時とは違い、俺の隣にはレックスが居る。忌々しいが、この男は剣も立つし頼りになる。


 この平和な光景を守り抜くのも、剣の道に生きた者の宿命だ。力あるものが、力なきものを守る。剣とは、力なのだ。


 俺は志も新たに、依頼に向けて心身ともに充実させるべく、今だけは静かに休息を得るのだった。





「ひゃんっ」





 ……ん? 今、変な声がしなかったか。


 レックスの声ではない。レックスは『ひゃんっ』とか言わない。言ったらむしろ気持ち悪い。


 これは、さっきの女の子の声か? 転びでもしたのだろうか? 


 俺は不審に思い、再び薄目を開けて父娘の方を眺めた。





「あっ、あん……」





 俺の目に映ったその景色は。


 30代付近の男性が、齢一桁の半裸の少女を抱き締めて持ち上げ、せっせと腰を振り始めている所だった。


 隣にいたレックスも気付いたらしい。流石に表情が凍りついている。




「アウトォォォォォォ!!」




 俺は反射的に、手入れして貰った直後の剣を抜いて不審者目掛け投げ付けた。


 何やってんだ。何やってんだあの男。家族連れじゃねーのかよ。まさか実の娘に手を出してるのか?


 その変質者は、機敏だった。俺の投げつけた剣を察知するや否や、少女と『合体』したまま華麗に指先だけで剣を受け止め、そして投げ返してきた。


「うおっ!?」


 間一髪、俺は返ってきた剣をかわす。何者だあのオッサン、素人じゃないぞ。


 まさか敵か? 少なくとも、ロリコン糞野郎である事は確定しているが────。あ、この時点で敵か。ロリコン死すべし慈悲はない。


 俺から外れ地面に突き刺さった剣を抜き、そしてその不審者の首を切り落とすべく踏み込もうとした瞬間。




「とうとう手を出しやがったかこの変態将軍がぁ!!」

「ぐあぁぁぁ!!」

「ぺ、ペニーさーん!?」


 レックスがオッサンの腹に、渾身のボディブローを放っていた。よくやったレックス。


「レックス……貴様、何故ここに……」

「良い感じで女連れ出してたんだよ! 畜生、お前のせいで空気台無しじゃねーか!!」

「ぺ、ペニーさん、大丈夫ですか!?」


 ……だがおい、レックス。今の発言に、少し問い詰めたい所があるから後でお話ししようか。


 と、言うか待て。今、このオッサン何て呼ばれた?




「レックス。このロリコン、知り合いか?」

「あー……。残念ながら」


 半裸の幼女に心配されている筋骨粒々の推定30代ロリコン男性は、俺の問いを聞きゆっくりと立ち上がった。


「……自己紹介しようか、娘よ。俺はぺディア帝国大将軍が一人。『無手』のペニーだ」

「こんなのが大将軍なのか。この国はもうダメかも分からんね」

「フラッチェ。残念なことにこの性癖ロリコンさえ無ければ、ペニーがこの国で一番まともな大将軍だぞ」

「この国はもうダメだね」


 やっぱり将軍だった。と言うか、今回の依頼の同行者だった。どの辺が真面目なんだ、この不審者の。


 ぺディア帝国は本当に大丈夫なのか? ひょっとしたら、一度魔王軍に国を滅ぼされた方が良いのかもしれん。


 純粋そうな半裸の幼女に抱きつかれキリッとしているそのオッサンを見て、俺はそう考えてしまった。

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