第4話
拝啓。おふくろ様へ。
貴女の息子は、愚かでした。目先の欲に捕らわれ、周囲への警戒を怠った結果、魔族に取り囲まれて無残に切り殺されました。
非常に悔しいです。俺はもう、貴女の息子として再び孝行することはできないでしょう。貴方の息子は死んだのですから。
ですが安心してください。大丈夫です。何でなのかは知らないけれど、死んでしまった俺は今……
「……あっ。目が覚めましたか、剣士さーん」
……いたいけな女の子として、親友のパーティに拾われましたから。
ははは、寝起きだからかな? 理解が全く追いつかねぇ。
「お、目が覚めたか。よかったよかった」
「おはようさん、お加減はどうや? まだ痛いとこあるか?」
見たことの無い部屋で目を覚ました俺は、メイと名乗った魔導士ちゃんに手を引かれ大広間へと降りてきた。
なんだ、このバカでかい屋敷は。
「いきなり気を失うからびっくりしたぜ? ここは俺様のアジトだ、ようこそ歓迎するぜ」
「……何がどうなってるのか説明ください」
「だーっはっはっは!! だよな、混乱してるよなお前さんは。簡単に言うと気を失ったお前さんをアジトに運んだ後、カリンに回復魔法かけてもらった」
「ウチがカリンやでー。よろしゅうなー」
「……あの研究施設は?」
「塵になった」
「そっか」
レックス、あの洞窟を消し飛ばしたんだろうか。いったいどうやって? ただの剣士にそんなことが出来るんだろうか? でも、レックスならやりかねないかぁ。
「丸1日寝てたんですよー、剣士さんは。……さて、やっとこれでお名前が聞けますね」
「そう、それな。お前の名前が分からなかったから、呼ぶときに苦労したぜ」
「いやレックス、アンタ勝手にこの娘に『フラッチェ』とか名前つけて呼んでたやん」
……フラッチェ?
「お、おいカリン。そーいうのは黙ってろって、勝手に名前つけられたら良い気分しないだろ」
「疑問だったんですが、そのフラッチェってなんなんですか? 剣士用語だったりします?」
「いや、そんな言葉は知らないが……」
レックスは気まずそうに、四方へと目を泳がしている。ああ、成程分かった。
フラッチェ、ねぇ。下劣なコイツの考えそうなアダ名だ。
本人は悪ふざけのつもりだったのだろう、随分と侮辱的な名前を付けてくれたもんだ。ま、でも偽名を考えるのは面倒だったし、その
「じゃあ、『私』は一度死んだことだし心機一転して、今後はそのフラッチェという名を名乗るとしよう」
「あれ? 名前、変えちゃうんですか?」
「ああ。とても面白い名だしな、フラッチェだなんて」
その言葉を聞いて、レックスは額に汗を浮かべている。まー焦るよな、自分がつけた陰口を正々堂々と名乗られたら。
さて。何で俺が『私』なんて一人称を使い、まるで女性であるかのごとく振る舞っているのか。
……それは先ほど、目を覚まして魔導士ちゃんが広間に案内してくれるまでの間、俺は『これからどう立ち回るか』を考えていたからだ。
今の俺の立場は、なんとも微妙である。女になった、元男。レックスが俺に気が付かなかったのも無理はない。
微笑むメイが持ってきてくれた水の、その水面に映った人物は、あまりに元の俺とかけ離れていた。
ミドルショートの黒髪に、利発そうな瞳と透き通るような肌。生真面目そうな雰囲気を纏った、気の強そうな美少女がそこにいた。誰だコイツ。
メイから受け取った布で体を拭く際に、自らの全身を確認した。やはり、俺の身体は女性のものだった。胸は貧相だが尻はでかい、安産型の体系だ。剣士としては重心が落ち着くからありがたい。
そして薄い傷が体中、目立たない位置に走っている。奴らの手術の後だろうか。今は詳細が分からないから、気にしないでおこう。
さて。
こんな状況をレックスにバレたらどうなるか。想像するだけで恐ろしい。
『だっハッハッハハハハ!!! 笑いが止まらねぇ!! 負けて捕まって女になって、て不幸すぎるだろ!!』
間違いなく。俺が憤死するまで、奴は俺を煽り続ける。レックスはそういう奴なのだ。
絶対にバレるわけにはいかねぇ。何としても隠し通さねばならない。そのために、『私』は、
「みんな、これからフラッチェと呼んでくれ。剣士は約束を守る、これからこのパーティで世話になるよ」
「歓迎するでー。あれやな、やっとこれでレックスが突撃出来るようになるなぁ」
「今まで私達を守るために、あんまり距離を取れなかったですからね。待望だった、二人目の前衛職です」
「期待してるぜ、その、フラッチェ!!」
レックスとは身の知らず、赤の他人を演じることにしたのだった。私はただの女剣士、元の俺とは無関係の存在。
「ふふふ、俺様のハーレムも人数が揃ってきたぜ……」
そうそう、こんな奴親友じゃねぇ。
「ところでレックス」
「何だよ」
俺は何か気持ち悪い笑みを浮かべているレックスに近付き、耳元で密かに呟いた。
「
「うげっ、気付いてたのかお前。じゃあ何で……」
「当て付けだよ。あの娘たちが名前の由来に気付いたら、さぞ幻滅するだろうねぇ」
レックスは女性の胸を気にする。エロい話を振られた時は、まっさきに胸について語り出す変態だ。
「これも報いさ、くだらない事をするからだ」
「……ごめんなさい」
「ま、私はそんな事を気にしてないからいいけれど。深く傷つく人もいるから、以後控えるように」
「……善処します」
つまり、今の俺の身体はグラマラスではない訳で。レックスは、それを揶揄してフラッチェなんて名前をつけたのだろう。
俺の冷たい忠告を受け、レックスはモゴモゴと萎縮していた。
何でも良いからレックスより精神的優位に立ちたかった俺は、説教が出来て非常に良い気分だ。
人間が小さいな俺。
さて。俺はレックスにアジトの中の一室へ案内され、そこを私室として良いと言われた。俺が所有する部屋より遥かにでかい。良い屋敷持ってるな、レックスめ。
さて、過去を捨て、フラッチェと名乗るはめになってしまった美少女な俺だが。今後は今までのしがらみを捨て、レックスのパーティーメンバーとして一人の女剣士として生きる────。
なんてつもりはない。
元の姿に戻る当てはある、俺は絶対に男に戻るのだ。断固として男に戻るのだ。
魔導王ジャリバ、と言ったか。俺はあのゾンビ女の研究により、全く新しい肉体を得て甦った。あの女は恐らく、人間の肉体を素材に全く新しい身体を作りあげる技術を持っている。
つまり。あの女を倒して隷属させれば、俺を元の体に作り替えさせることも可能だろう。レックスには、後でジャリバを一撃で切り落とさないよう言い含めておこう。
それまでは、俺は一介の女剣士『フラッチェ』として生きる。しばらくナタルと母さんに会えないけれど、手紙を出しておけば二人を心配させることもないだろう。
────そして、何よりだ。今回の一件、魔王軍とやらには随分デカイ借りが出来た。この屈辱は、1000倍にして返さないと堪忍袋が収まらねぇ。俺はそう、硬く決意した。
さて。とりあえず当面の目標が決まったので、次は目先の問題に対処しないといけない。
女になってしまったせいで、今まで培ってきた金も装備も人脈も何も使えないだろう。この顔で知り合いに預けてる金を下ろしにいっても、詐欺師扱いされるだけだ。
つまり、装備を整えたいが金がない。
まぁこれに関しては、心苦しいがレックスの世話になるとしよう。これからは、俺は奴のパーティメンバーとして過ごすのだ。少しくらい融通して貰ってもバチは当たるまい。
本音はまだ、レックスとパーティを組むことに抵抗があるけれど。あの強大な魔王軍と戦うのが前提なら、レックスと共にいるのが正解だと思う。この男より強い人間を、俺は知らない。
そもそも男に戻るため、俺に手段は選んでいる余裕はない。今はプライドを捨ててこの男の仲間として戦い、いつかジャリバを見つけ隷属させる必要がある。
だから俺は、体型の近い魔導師のメイちゃんから外出用に私服を借りた。まず最初に剣と防具、ついでにその他色々と生活用品や衣類などを揃えねばならない。
「レックス、相談がある。私は自分の装備を整えたい。その、魔族から奪った剣はまだ持っているんだが……いまいちしっくりこない」
「良いんじゃねぇの? 奪った剣よか、そりゃ自前の剣の方が使いやすかろう。後で良い店教えてやるよ」
「……ただ、言いづらいのだが、今の私は無一文でな。いや、殺される前はそこそこ稼いでいたんだが……。以前の装備とか財布とかは魔族に全て奪われていて……」
「おう、つまり金だな。構わん構わん、お前をパーティに誘ったのは俺だ、融通してやるよ。コイツの装備代とかはパーティ共用の資金から出そう。良いなお前ら?」
「ええんちゃう? フラッチェほどの剣士さんなら、安い投資やろ。その代わりしっかり働いてや」
「賛成です。……というか、お金余ってますもんね。主にレックス様の個人の稼ぎで」
やっぱり、レックスは金持ちなのか。畜生、俺も貯金はそこそこあったけどこんなでかい屋敷を買えるほどじゃない。
そうだよなー、レックスは名前売れてるもんな……。そりゃ、いろいろと割の良い仕事が回ってくるよな。
「金に糸目はつけんでいいぞ。値段に関わらず、自分にしっくりくる装備を整えてこい。剣士にとって、それがどれだけ大事なのはわかってるよな?」
「達人は得物を選ばないが、達人同士の戦いにおいては得物が大きな差になる。よく知っているさ」
俺の昔通っていた、道場の師範が良くそうぼやいていた。
『俺にもう少し質の良い剣があれば、この国の大将軍は俺だった』と何度も何度も愚痴っていた。師範は、よほど悔しかったのだろう。
道場の師範は貧乏貴族で、大将軍の座を争って決闘した相手は王の分家貴族だったらしい。当然、資金力には大きな差があり、決闘の際も装備の質が全然違っていたのだ。
それでも師範はその大貴族相手に、互角以上の戦いを演じた。100を数える撃ち合いの末、一瞬のスキをついて相手の剣を叩き上げた師範は、そのまま胴体へ向かって剣を振り下ろそうとして、気が付いたという。
師範の剣だけが打ち合いに耐え切れず、砕け散ってしまったことに。
因みにその師範は、齡5つのレックスに木刀でボコボコにされてたりする。これは実力差が有りすぎたケースだからノーカウントだけど。
5歳で既に大将軍候補だった男を圧倒するって、よく考えなくてもレックスおかしい。
「ま、遠慮せず好きなモン買ってこい。その分働いてもらうから」
「恩に着る」
「あ、なら私がお店を案内しますね」
こうして俺は、行ったこともない高級武具店にメイちゃんと共に出かけたのだった。
人の金だ。好き放題に無駄遣いして、最強の装備を整えてやろう。
「……本当に、これ買っちゃうんですか?」
「一番しっくりくる剣を選ぶ、それが剣士にとってとても重要なのだ」
その、武具店で。会計を終え、新品の装備を身に纏った俺を、呆れるようにメイちゃんは見ていた。
「安い革製の鎧、小さく粗末な手甲、軽いが短く細い剣……」
「重装備は苦手でな。敵に切りつけられる前提の装備なんか邪魔なだけだ。防具っていうのは最低限、弓矢とかを弾いてくれるだけでいいんだ」
「剣はもっと長くて頑丈な方が、リーチが有っていいのでは? レックス様、自分の身長と同じくらいの剣を振り回してますけど」
「レックスはあの装備で素早く動けるからな。あれはレックスがおかしいんだ。普通は動きやすさを求めて、冒険者は短めの剣を好む。狭い場所でも振り回せるし」
俺は魔導師だからか剣についてよく知らなそうなメイちゃんに、気持ちよく蘊蓄を垂れていた。
ああ、素晴らしい買い物だった。流石は高級武具店、いい品揃えである。
今まで俺は、ここまで自分にフィットした装備を揃えれたことはあっただろうか? 刃渡り30㎝強の軽くて素朴なこの剣なんか、まさに俺のために存在するかの様なフィットぶりである。
ニヤニヤが止まらねぇ……。
「……今日の代金を全部合わせても、私のローブ1枚にすら届いてない……」
「ん? どうしたメイちゃん」
「いえ、その。フラッチェさんは倹約家ですね……」
おそらく満面の笑みであろう俺を、傍らにいる魔導士は微妙な表情で眺めていた。
そう誉めないでほしい。
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