第2話 千影の転機

 コンテストの結果を確認しようとしていた手が、後少しのところで止まったの。指先が小刻みに震えていて、結果に対して、私が期待よりも不安を抱いているということを改めて実感したよ。


「でも、自分の全力を尽くした成果が反映されたものだから、受け止めないと......」


 覚悟を決めて、結果を確かめると、そこには、優秀賞と記載されていたの。


「やったあぁぁ!最優秀賞は取れなかったけど、充分すぎる成果だよ。」


......私が小説を書き始めて、二年半が過ぎたね。初めは、思う通りに表現出来なくて、苦しかったよね。慣れてきたとしても、上手くいかない時があって、泣いていたあの夜も、覚えているよ。


「でも、それら全部を乗り越えて、成し遂げたの。これは、誇るべきことだよね?」


 私は、胸の中に湧き上がる熱を、誰かに伝えたくて、SNSにコンテストの結果を投稿したの。そうしたら......


「受賞をきっかけに、あんなにバズるとは、思ってもみなかったよ。」


 そう、私が何気なく投稿したものに、コンテスト参加者や、作品のファンが注目して、結果的に、フォロワーが何十倍にも増えたの。加えて、半数以上は、私の別作品も読んでくれたから、お陰様で、執筆活動の方は、順調そのもの。


 勿論、読者の数だけを求めているわけでは無くて、初期の頃から読み続けてくれている方や、熱烈なコメントを書いて下さる方も、

大切にしていきたいと思っているよ。


......けれど、振り返ってみると、本業の学生生活の方は、酷い状態を維持しているね。大学へ進学したから、少しは変わったんじゃないかと思っていたけれど、あいも変わらず、ぼっち生活継続中!


 でも、高校の頃とは違う意味の苦労があるように感じるの。まず、講義に関する情報が先輩や友達から提供されない分、酷い履修に仕上がる確率が上がるのね。次に、食堂や広めの教室で食べるぼっち飯が辛いこと。最後は、サークルや部活に、加入し辛いの。というか、一人で見学へ行く位なら、サークルや部活に入らない方がマシだと思う。


 ......等々の理由で苦労しつつ、春学期を終えて、秋学期に突入した、今日このごろ。リアルとSNSという名の仮想世界があまりにもかけ離れていることに気づいたにも関わらず、何か行動するわけでもなく、パソコンで内職を始めたの。


 どうせ、初回の講義は説明がメインだから、こっそり小説を書いていても、特に支障はないはず。


......という風なことを考えながら、執筆作業を続けて、作品を投稿サイトの方に下書き保存しようとした、その瞬間。背後から、誰かに話しかけられたの。


「君が......愛宮えのみや陽永ひな?高校生小説コンテストで受賞した、あの?」


        「へっ?」


 動揺しすぎて、きちんと返事が出来なかったよ。流石に、大学内には私の活動のことを知っている人はいないと、安心しきっていたの。けれど、偶然にも知っている人がいて、加えて、リアルの私を特定されるなんて、運が悪すぎるよ。


 どうしよう?SNS上では、陽キャのコミュ強女子に擬態しているから、その仮面を外した状態の私なんて、見せたく無いよ。というより、見られる位なら、無視した方が無難かも。


 けれど、パソコンの画面を見られた以上、私が愛宮陽永である事実は、確実にバレているね。しかも、格好や態度から、SNSとは性格が別物だということも、勘付かれた訳で......


 はぁ、どの道詰んでるなら、隠すだけ無駄だね。正直に話して、周りにばら撒かれないように口止めしないと。


「そうだよ......ガッカリしたの?」


 話すために、その人顔を見た時、気がついたの。彼は同級生かつ同学部で、言語の授業も一緒だから、私の現状を完璧に知られていることに。


「正直、想像と違った。愛宮さんは、努力家で人当たりの良い方だと思っていたから、いつも一人で、周りと関わる努力をしない君と同一人物なんて、未だに信じられないな。」


「うっ、かなり痛いところを突くね。もしかして、私のこと、元々嫌いだったの?」


「う〜ん、好き嫌いとかではなくて、俺は、君が行動しないことに対してイラついているんだ。」


「それは、仕方ないことなんだよ。だって、人と関わっても、上手く行くとは限らないし、馬鹿にされたり、ハブられたりすることがあるのね。なのに、そんなリスクを冒してまで、無理に人と関わらなきゃダメなの!?」


 彼の言葉があまりにも的確だったから、つられて、本音を吐露してしまったの。いいえ、これは本音ではなくて、言い訳かもしれないね。ムキになって、対抗してみても、根拠のある返答が、出来ないから......


「ほら、本当は気づいてるくせに。俺は、行動しないとしか言って無いのに、人と関わるって言葉が出てくる時点で、君自身、何かしら思うことがあるはずなんだ。しかも、大学にいる時、つまらなさそうな、それでいて、寂しそうな表情を浮かべている。なのに、何年前かもわからない過去のことを引きずって、逃げ続けているところが気に食わないんだ。」


        「......」


 今の私に、よく効く言葉だよ。だって、あまりにも痛い、正論パンチだから。しゃくに障るけれど、私だって、分かっているの。心のどこかで、変わりたいと思っていることに。でも、現実は、一歩も踏み出せていないの。


「無言は肯定とはよく言ったものだな。まぁ、自覚があって、変わりたいと思ってるなら、俺も手伝うさ。何せ、推しの小説家が困っているんだからな。」


「......本当?私、変われるかな?」


「それは君の頑張り次第だ。というか、話すのはこれが初めてだし、改めて、お互いに自己紹介した方がいいか。俺は、進藤しんどう先也せんや。君は?」


小森こもり千影ちあき。これから、よろしくね。」


「うん、よろしく。」


                  続く

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