あの人

 あの人は、姉の彼氏だった。傍から見ても、依存関係にあるのは明らかで、毎度会う度に胸焼けがした。馬鹿な2人だと思った。そして姉が死んだ時、本当の馬鹿だったと分かった。

 家族を上回る落ち込み様だった。雨の降る日で、涙を誤魔化す私とは正反対に声を上げて泣いていた。恋人が死んだら誰でもそうなると言われればそれまでなのだが、そこには収まりきらない何かを感じた。だから、その何かを探すことにした。

 変な人だった。姉が死んで身を裂かれるような思いをしたはずなのに、普段のルーティーンは乱れることなく規則正しい生活を送っていた。一瞬大事ではなかったのかもと考えて、ありえないと頭を振った。そしてあの世にいる姉に謝った。

 あの人は、よく私の面倒を見た。初めは会いに行っていたけど、そのうち向こうから来るようになった。姉との約束がと言っていたが、その真偽は定かではなかった。私からしてみれば、姉は誰かを死して尚縛るような人間ではなかったから、あの人が自分を守るために作り上げた嘘の言葉だと思っている。

 あの人は優しかった。私が困ったらいつも助けてくれた。数ヶ月経てば表面上はいつものように戻って、普通の生活を送るようになった。変わったのは、私たちの関係だけだ。姉といた時間が、私といる時間になって、姉に向けていた気持ちを、私に重ねて見ている。だから気持ち悪かった。それに心を許している自分も、酷く気持ち悪かった。

 それでも代わり以上にはなれはしないのだと知ったのはいつの日だっただろうか。寝言で姉の名前を呼んでいて当たり前だと諦めた。自分の心が受け入れてもらえないことを、彼から与えられる心が偽物であることを、当然であると受け入れた。でもやっぱりそれも表面上で、心の中の苦みには見ないふりをした。いつか来る限界を何処かで感じながら、それでも彼をなるべく苦しませない方を選んだ。短絡的な思考が、その時の私を支配していた。

 雨の降る日だった。大雨だった。姉の死んだ日は小雨だったからまだ重ねないで済んだけれど、気持ちが沈み込むことは抑えきれなかった。その日に、あの人と会ったことも良くなかったのかもしれない。足を滑らせて、崖から落ちた。あ、落ちると思ったけれど、それに抗う気はなくなってしまった。少し考えたら生きなければと思えたのかもしれない。だが、ふと、もう死んでも良いと思ってしまった。これだから、雨もあの人も嫌いだった。

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