貴方

堕なの。

貴女

 貴女が居なくなったのは、雨の日のことでした。何時だってお姉さんでいたがった貴女は、もう僕の年下になりました。それでもまだ、僕にとって貴女は追いつけないほど遠くにいるのです。どうすれば、貴女に近づけるのでしょうか。本当は死ぬ事が一番早いのでしょうけれど、そんなことをすれば、貴女に軽蔑されてしまいます。それに、貴女の妹もまだ生きていますから。彼女を守ることも、僕と貴女がした約束の一つですから。死人に縛られることは馬鹿のすることと何方かが仰ったようですが、僕はそうは思いません。そんなこと、貴女を失った身で思ってはいけないのです。


 雨は憂鬱。自分も、街も。そんなことを思うようになったのは貴女が死んでからでした。今日も、重く黒い雲に息が詰まって、若しかしたら死んでしまうかもしれないと思っています。もちろん、人はそんなにヤワではないのですけれど。

 朝起きれば顔を洗ってご飯を食べて、身支度をします。今日は休日ですが、僕は平日と休日の朝のルーティーンを変えないようにしているので、休日の生活習慣も割としっかりしています。貴女が初めてそれを知ったときは、目をまん丸にして驚いていたことを今でも鮮明に思い出せます。

 身支度が終われば朝のランニングに行きます。雨の日も、雪の日も、それは変わりません。尤も、これは貴女が消えでから始めたことですから、貴女は知らないでしょうけれども。

 貴女が消えた日は僕は傍に居なかったので、悪くないと言えば悪くないですし、何も出来なかったというのは非常に正しいです。それでも、何かを探し原因を求めるのは最早義務だと思うのです。大切な人をなくしてまで、平常でいる必要はありませんから。とは言っても、数年も経てばある程度気持ちに区切りがつくものです。一般的にはそうなのです。しかし、僕にはそれがほとほと分かりませんでした。それほどまでに、貴女の存在は僕の中に大きくあったのです。

 ランニングが終われば、その後はまちまちです。平日なら仕事に行きますが、休日は墓参りの時もあれば、独り空と溶け合っていることもあります。空と溶け合っている時は、傍から見ればただの屍のようでしょう。ですが、貴女を失ってから、その行為は僕に一時ばかりの安寧と安らぎを与えてくれたのです。

 貴女を想い、涙を流す夜がまだございます。貴女の影を妹に見ることも多くあります。それでも、一歩ずつ、一歩ずつ生きていかなければと思うのです。数年かけて、漸く姿勢を整えてきたのです。

 だから、貴女の妹の死は、再び僕を闇に落としました。

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