第3話:宅飲みの誘い

※追加エピソード(短編集掲載分)



「それにしても。どうして急にマッチングアプリなんて始めたんです?」


「なんてってなんだよ。出会いの場として、今どきわりと普通だろ」


 たしかに、さっき久遠ひさとおに言われたように、嘘の情報も多い世界だとは思う。

 けど、条件を絞っていろんな人と出会えるという意味では、十分メリットはあるはずだ。


「そういう意味じゃなかったんですけど。ただ、先輩なら普通に素敵な人と出会えそうだと思ったので」


「いや、出会えてないから未だに独り身なんだが」


「それは、今まで会った人の見る目がなかったんですよ」


「なんだよ、やけに褒めるじゃないか。……って、お前、昨日奢ったろ? 今日はもう無理だからな」


「えっ、うそっ。今月はちょっと厳しいんですけど!?」


 わざとらしくおどけてみせる久遠に、俺もつい笑って返す。


「なんだよそれ。まあ、毎日のように飲み歩いてりゃ、そうもなるだろ」


「だって、ビールの美味しい季節じゃないですか。先輩と飲みたいですし」


 ほろ酔いといった感じの頬。

 『先輩と』って、わざわざ強調する必要はなかっただろうに。


「だったら家で飲めばいいだろ。俺だって、お前が来るまではそうしてたし」


「やですよ。一人で飲むのは寂しいので。というか、先輩と飲みたいので」


 ぷくっと頬を膨らませて、不満げな表情を向けてくる。

 駄々っ子か。まあ、大学を出たばかりなら、まだ子供っぽくても仕方ないのかもしれない。


 俺ももう二十九目前。

 そんなことを言われる歳になったのだと思うと、妙に感慨深くなる。


 それにしても、『先輩と』って。やっぱりわざわざ言い直す必要はなかったろ。


「そうだっ!」


「な、なんだよ急に。びっくりするだろ」


 カウンター席、右隣に座る久遠が、勢いよく身を乗り出してくる。

 こういう時のこいつは、だいたい碌なことを言わない。……嫌な予感しかしない。


「一つ提案なんですけど。こうして毎日のように一緒に飲んでるわけですし、いっそ今後、週末は先輩のおうちで宅飲みっていうのはどうでしょう?」


「何を真顔で言ってんだ。無理に決まってんだろ。っていうか、なんでうちなんだよ」


「だったら、私の家でもいいですけど?」


 そう言って、やけに色っぽい目を向けてくる。


 綺麗さと可愛さが高水準で共存している、どうしたって魅力的な顔だ。

 ──だが、だからといって流されるわけにはいかない。


「同じことだろ。……つうか、どういうつもりで言ってんだよ」


「どういうもなにも。単に安く済ませるためですけど?」


「ああ、そういう……」


 ──話、な。


「あれ、もしかして先輩……」


「な、なんだよ」


「……いえ。別になにも」


 涼しい顔でグラスを口に運ぶ久遠に続き、俺もクイッと一口煽る。


 一瞬、勘違いしかけた自分に苦笑いしつつ──

 なにかを察したような後輩の表情が、なんとも恨めしい。


 ……こいつと宅飲みしてる未来も、案外そう遠くないのかもしれないな。


 そんなことを思いながら、俺はひとり、静かに溜息をついた。

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