第2話 お互いの距離


「悪い。長くなったな」


「いえいえ。もういいんですか?」


 待っている間に自分のスマホを見るでもなく、何やら独り物思いに耽っていた久遠ひさとおはちらっと俺を横目に見遣みやるとグラスから柔らかそうな唇をそっと離す。


 ほんと絵になるな。そんなことを思った。


「ああ。今日はもう大丈夫と思う」


 さすがに人と飲んでいるのに何度も、というわけにはいかないだろう。親しき中にもなんとやら、そう思い俺のターンで終わる(はずの)内容で返したつもりだ。


 その時、ふと思う。


 いつからこんなにも親しくなったんだろう、と。


 ダイバーシティだなんだと叫ばれる昨今。とはいえ男女関係に向けられる目は未だシビアなものだ。


 差別と区別は違うといったところか。

 言っても男女二人きりでのサシ飲みだ。見る人に見られればやれパワハラだやれ社内恋愛だなどと、あらぬ誤解をされたとて仕方のないシチュエーションだとも言える。


 少なくとも二人きりで、という点に絞ればもちろん俺から誘ったことは一度もない。でもだから大丈夫ということでもないのだろう。


 彼女が大阪こっちに来る前は、チャンスこそあれど社内でそういうのは避けてきたつもりなんだけどな。


 なのにこうも毎度毎度誘われるがまま。

 つまるとこ俺の中でもこの時間が心地良いものになってしまっている。多分そういうことなんだろう。


「どうかしました?」


「いや、なんでもない。どした?」


 思った以上に近い距離から覗き込まれていたことにドキっとする。


 そんな俺に気付いたのか気付かないのか、久遠ひさとおはそのままの距離感で続けてきた。


「ちなみになんて返したんです? 結構長めの文を打ってたみたいですけど」


「言わねえよ。っていうか、そんな恥ずかしいこと言えるわけないだろう」


「あら。だったら尚更聞きたくなっちゃいますね。いいじゃないですかぁ、ね、先輩と私の仲なんだし?」


 なに、そのにんまり悪戯っぽい目は? またそれがやたらと可愛いだけに尚更ムカつくんだが。


「あほか。どんな仲だよ」


 さっきの久遠ひさとおみたく軽く手を添えてツッコみを入れてやる。すると待ってましたとばかり、嬉しそうにケタケタと笑い始める始末。


 ほんと、これでまだ入社して三ヶ月ちょっとなんて。

 まるでそうは見えないんだが? 


「そういえば。こっちも一ついいか」


「はい、なんでしょう?」


「さっき、東京支店に戻りたいって言ってたろ。それと30までには子供が欲しい……だっけ?」


「たしかに言いましたね。それが何か?」


「なんで?」


「また単刀直入にそういうことを。先輩? それってかなりに踏み込んだ質問だと思うんですけど。分かって聞いてます?」


「そもそも自分から言ってきたんだろう。それにここは至極プライベートな空間だと俺は理解してるんだが、違ったのか?」


「まあ、たしかにそうですけどぉ」


 追及されるとは思ってなかったんだろう。

 うぅんと唸りながら口許に手をやると珍しく真剣に思考を巡らせている様子。


 と、ほどなくしてちろっと視線を投げかけてきた。


「ちなみに先輩の実家はどちらでしたか?」


「俺は日吉。って言っても分からないか。武蔵小杉から5分圏内なんだけど——、久遠ひさとおは船橋だったよな」


「すごい。よく覚えてますね」


 そう言うと久遠ひさとおは存在感のある大きな目をパチパチと瞬かせる。

 そんな彼女に「つまり電車で1時間ってとこだ」と付け加えてやった。


「で、なんでだよ」


「ですから……。子供を産むと色々と仕事にも支障が出るでしょう? そう考えると出来るだけお互いの親元近くに居を構えるのがベターかなぁと思いまして。単にそれだけです」


「つまり結婚するなら地元。相手の実家も近い方が尚良しってところか。結構真剣に考えてるんだな」


 どうやら寿出産という意味ではなかったらしく、ひとまず安堵する。

 仕事を続けてくれるのなら東京支店であろうとどこだろうと会社の意向に沿わないということはないだろう。


 望外に貴重な情報を聞くことが出来たな。

 そんな風に考えていると久遠ひさとおがなにやらぶつぶつ言っている声が聞こえてきた。


「なるほどぉ。先輩の実家まで1時間かぁ」







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