第5章

第39話:始まる秋もいつもの二人で


 多くの人が行き交う週末の梅田きた


 閉店したばかりの大型家電量販店の脇を、ほろ酔い気分でふたり並んでゆっくりと阪急方面へ歩く。

 隣を歩く久遠ひさとおは、気持ちよさそうに夜の空を見上げていた。


「最近、めっきり寒くなってきたよな」


 ふと声をかけると、こちらを向いた久遠ひさとおが「ほんとにそうですよね」と、しみじみ返してくる。


 ついこの間までクールビズだなんて言っていたはずなのに、今はふたりしてすっかりジャケット姿。

 気づけばもう十月も中旬を過ぎている。朝晩の冷え込みも、そろそろ本格的になってきた。


「まあでも、明日はまだ暖かいらしいし。厚着はしなくて大丈夫だと思うけどな」


「そうだといいんですけど。ちなみに先輩は、明日どんな服で来るか決めてたりします?」


「服? いや、まだ決めてないけど……多分、夏に毛が生えたくらいの軽めな感じだと思う。そういうお前はもう、なにか決めてんのか?」


「当然じゃないですか。なにより、先輩からの初めてのお誘いですし。それに……初めての車デートですから」


 ——デートという言葉に、もはや引っかかりすら覚えなくなってきた。

 ……それが慣れなのかなんなのかはもう分からん。


 ただ、期待しててくれと言わんばかりの顔を見せられると少しばかり不安がよぎるのは、これまでの積み重ねが成せる業なんだろう。


「いや、さすがに初めてってことはないだろ? 今までだって何度か——」


「いーえ。私、先輩との初めてはすべて記録してますから。間違いありませんよ」


「何自慢げに言ってんだ。そんなもん記録に残してんじゃねえよ」


 どや顔を決め込む後輩に早々とツッコミを入れておく。

 まさか、あの夜の話まで記録されてないだろうなと、内心では冷や汗ものだ。


 正直、あの夜に言葉にしたことで、自分でも気持ちに整理がついた気がしてるというか。

 たまに顔や態度に出てやしないか、不安になる時がある。


「でも、本当にうちまで迎えに来てもらってもいいんですか? 場所的には、私が先輩のおうちまで行ったほうが段取りはいいと思うんですけど」


「仕事じゃないんだから段取りはどうだっていいだろ。……それに俺も、自分の車に乗るの久しぶりだし。だから気にすんな」


「……そうですか。そこまで言ってくれるなら、今回はお言葉に甘えちゃいますね」


「それよりほんとにそこでいいのか? 神戸とか奈良とかでも。もし俺に気を遣ってるなら気にすんなよ」


「いえいえ、それだと電車やバスでも行けちゃいますもん。お酒も飲めないですし、逆に車じゃないと行きにくい場所のほうがいいかなって」


「なるほどな。言われてみれば、たしかにそうか」


 明日の目的地は大阪府内の南側、千早赤阪ちはやあかさか村だ。

 久遠ひさとおいわく、神奈川うちの清川村とか、千葉の長生村みたいな、のどかな場所らしい。


 そんな話をしながら歩いているうちに、いつの間にか阪急の改札前にたどり着いていた。


「じゃあ、また明日な。家を出る前に連絡するから」


「はい。待ってますね」


 嬉しそうに手を振り、改札をくぐっていく久遠ひさとお

 俺もいつものように手を挙げて応えると、踵を返し、地下鉄へと向かった。



 翌日。

 天気予報どおり、青空に鱗雲が浮かぶ気持ちのいい秋晴れ。


 俺は阪神高速の上で、ハンドルを握っていた。


 4年前に買ったまま、最近はすっかり出番のなかった白のコンパクトカー。

 流れるFMからは関西ノリのパーソナリティの声。なんとなく非日常感を後押ししてくれる。


 松原線から環状線へ。ハルカスやなんばHatchといったランドマークを横目に梅田のインターを目指す。

 まさか2カ月前、あいつを車で迎えに行く日が来るなんて思ってもみなかった。


 通天閣を通り過ぎながら、そういえばあそこにはまだ一緒に行ってなかったな、なんて考えている自分に思わず苦笑する。


 ふと、ハンドルを握る手に力が入った。


 ……今、こうも自分の気持ちがはっきりしている以上、あとはもうタイミングだけの問題なのかもしれない。


 想像してみると浮かぶのはベタすぎる未来。

 でも、そんな未来を思い描いてしまう自分がなんだか可笑しかった。


 でも、悪くはない。



 夕方の梅田。仕事帰りの雑踏とはまた違う、柔らかな空気が流れる。


 先日タクシーから眺めた淀川を渡り、路地へ入ると久遠ひさとおのマンションが見えてきた。


 エントランス前で、俺のほうに手を振る小さな人影。

 近づいてよく見ると——俺は思わず目をしばたたかせた。


 ……あれ。なんか、いつもと違うような?


 マンションの前でハザードランプを点け、車を降りる。


「おはよう。……って、時間でもないけど。それより、お前それ……」


 久遠ひさとおは片手に薄手のカーディガンを持ちながら、白のニットシャツをぴたりと身にまとい——

 いつものロングスカートじゃなく、丈の短いミニスカートを履いていた。


「この服に合うかなと思って、今日は髪も結んでみたんですけど……ちょっと子供っぽ過ぎましたかね?」


 ふわりとしたポニーテールを指先できゅっとまとめて見せる。


 シャツと同じ色で合わせた白のショートブーツもよく似合ってて。

 でも、どうしたって目がいくのは、その白く透き通るような太ももだった。


「……びっくりしました、よね?」


 ちろっとこちらを窺うような目。

 俺は思わず頷く。


「びっくりしたよ。……つうか、それって……あのとき試着してたやつじゃないかよ」


 そう。以前、天王寺のファッションビルで試着したデニムのミニスカート。

 目のやり場に困るからと俺が止めたあれだ。


 つうか……いつの間に、買ってたんだよ。


 そんな顔をしていると、久遠ひさとおははにかみながら、後れ毛をくりくりと指先でいじる。


「先輩には、もう水着姿も見てもらってますし。……それに今日は車で、誰にも見られないですから。いいかなって」


「いや……俺が、見るだろ」


「何言ってるんですか。先輩に見てもらいたくて履いてるんですけど?」


「あ、あぁ……」


 たしかに、そうか。


 それに水着も見てはいる。でも逆に見てるからこそいろいろ想像してしまうのも事実なわけで。


「どうですか? 感想。……少しくらいもらえると嬉しいんですけど」


 珍しく、恥じらうような仕草。

 その表情が可愛すぎて、なんつうか……胸の奥がむず痒い。


 正直、茶化してごまかしたいところだ。

 ……でも、ここは逃げられないよな。


「……目のやり場には困るけど。……似合ってる。すげぇ、可愛いと思う」


 さすがに目を合わせる勇気まではなかったが、できる限りまっすぐに。

 人生で初めて、女性に向けて「可愛い」なんて言葉を口にした。


 おそるおそる久遠ひさとおの表情をうかがうと、彼女は俯きがちに顔を赤くに染めていた。


 ……その表情にこっちまで熱くなる。


 そりゃそうだ。やっぱり、こうなるよな。


 分かってたけど……想像以上だった。


 思ったことをそのまま口にすればいいってもんじゃない。


 今日ほどそれを痛感した日は、きっとないだろう。

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