第15話 飲み屋の街に咲く花③/エピローグ


 淀川の今日の花火大会には約500もの屋台が軒を連ねているのだという。

 

 その景色は壮観そのものだ。

 そんななか、屋台脇の木陰でたこ焼きを口にほふり「おいひぃ〜」と頬に手を当て舌鼓を打つ久遠ひさとおを横目に俺の両手にはプルタブの開いた缶ビールが一つずつ。

 額には汗がじわる。


「あ~ん」


 一瞬余所見よそみしていた俺。気付いたら目の前にたこ焼きが。

 両手の塞がる俺に向け久遠ひさとおの白く細い腕が伸びてきていた。


 きょろきょろと周囲を見渡し念のため知り合いがいないことを確認していると、気にするなと言わんばかり無理矢理に口へ放り込まれ。

 想像を超える熱さに麻痺する舌、口の中を転がる丸い感触をほふほふと。


「どうですか? 女子にあーんしてもらったたこ焼きの感想は」


あほはほ普通ふふ~女子ひょひ丸々一個はふはふひっほ放りひょーひろ」


 暫くほふっほふっとやっているとやっと冷めてきて、口の中にジュワッと和風だしの芳醇な味わいが広がった。


 そんな俺を見てケタケタと笑うと久遠ひさとおが「私は普通の女子じゃないんでー」と悪びれる素振りも見せず俺の手から缶ビールをかっさらいクビっと一口。


 って、


「お前それ、俺のだろ」


「そうでしたっけ?」


 はて、と可愛らしく首を傾げると気にする様子もなくもう一口喉を鳴らしやがる。

 先日のラーメンといい、どうやらこいつには間接キスという概念がないらしい。

 

「やっっっっぱり、暑い日に飲む先輩のビールは格別ですねっ!!」


「あほ、勝手に俺を調味料扱いすんな」


 ツッコむと嬉しそうに笑顔の花を咲かせ、俺もそれを肴に呆れ顔でゴクッと喉を鳴らした。


 既視感しかない展開。なのに何度でも同じことを繰り返すのはきっと楽しいからなんだろう。

 その後もこんなノリで金魚すくいや射的、綿菓子にりんご飴。ほろ酔いで二人笑い合いながらお祭り気分を味わった俺たち。気付いたらもう日が暮れようとしていた。


 なのにまだ太陽は最後の足掻あがきとばかりにその手を緩めようとしなくて。


 汗ばむ手はこのうだるような暑さのせいか、それとも。

 そもそも汗ばんでるのは俺なのか、久遠ひさとおなのか。


 相変わらず大勢の人が行き交う屋台通り。

 目的は字面通り『はぐれないように』だとして、今まで彼女のいたことがない俺からしてみれば『手くらい』なのか『手なんて』なのかすら分からないままだ。


 小一時間、離れては繋がるを繰り返した右手。

 始めのぎこちなさはどこへやら、指先や手のひらに感じる柔らかな感触は早くもしっくりとしたものへと変わっていた。


 握られた手に少しだけ力をめてみる。

 すると久遠ひさとおの肩が一瞬ぴくっと動いた。


 次いで彼女が俺をチラッと見上げてきて、何を思ったのか手のひらを指先でぷにぷにとしてきやがる。


 なにすんだよ。こそばゆいだろうがっ。

 そんな面持おももちで彼女に視線をると悪戯っぽいにやり顔を返された。


 ったく、嬉しそうな顔しやがって。


 「はぁっ」と嘆息ひとつ。

 この春まで大学生だった久遠ひさとおはともかくとして……。

 こっちはもう30を目前に控えたオッサンだってのに。いい歳してなにやってんだか、だな。


 自分自身を傍観し自虐的に戒めながら、だけど込み上げてくるのは今この瞬間ときがまんざらじゃないっていう感情でしかなくて。


 ジージージー。

 アブラ蝉の鳴き声が斜に構えては胸の奥底へ追いやろうとする高揚感をあぶり出してくる。


 暑いのに。手が繋がってるから自然と身体の距離は近くて。


 帰り道、いつもバカなことを言い合ってる俺たちは珍しく無言のまま。


 だけどそれが妙に心地よかった。




 ヒュルルルーパァン!!


 不動産屋の言ったことは嘘じゃなかったらしく無事彼女の部屋は観覧特等席と化していた。


 そんななか、俺たちはふたりソファに腰掛けガラス窓越しに夜の空を見上げる。

 いつも通り隣には三角座りをする久遠。「かんぱい」そう言ってアルミ缶をカツンとぶつけあった。

 

「また来年も一緒に観れますかね」


「どうだろうな」


 俺たちは転勤組だ。来年、二人とも大阪ここにいるとは限らない。


 そういう意味では彼女とこなすイベントは全部最初で最後かもしれなくて。

 そう思うとこの時間がとても大切な時間もののように思えた。


 始まって1時間弱。時間的には今からクライマックスか。

 パンパンパン!! 勢いを増し迫りくる色とりどりの花火。

 そして隣には目を輝かせ夜の空を見上げる久遠ひさとお


 ベタだけど。閃光に照らされた彼女の横顔は花火より綺麗だ。

 なんて言ったら大笑いされるんだろうな。うん、絶対言わないでおこう。


 そんなことを考えているとふと手の甲に温かな感触を感じた。

 久遠ひさとおの手のひらが覆い被さってきたらしい。

 

 相変わらず視線は空に向けながら「はぐれないようにです」そう彼女は言った。


 周りに誰もいないのに何からはぐれるのやら、なんて返しは無粋か。


 手を反転させると彼女の指に自分の指を絡ませてぎゅっと握ってみる。

 するとぎゅっぎゅっと二回握り返された。



 明日以降のことは明日以降に考えればいい。


 だからこれでいいんだ。今は。


 って、いつまでも見てたらまた茶化されそうだな。

 

 アルミ缶にちょびっと口をつけると、俺も花火よぞらを見上げた。



△▼ エピローグ



 先輩を駅まで送った後、自宅へ戻る。


「ただいま」


 花瓶に顔を近づけると鼻をすんすんと。うん、いい匂いだ。

 逆に花からしたら「お酒臭い!!」って言われるんだろうけど。


 でも、あの時はまさか気付かれたのかと思ってびっくりしたものだ。


「あの先輩が気付くわけなんてないのにね」


 しかもお花、お母さんにしかプレゼントしたことがないんだって。

 嬉しくてプッと吹き出す。


 目の前には色とりどりの花々。

 アンスリウムやひまわり、マーガレットにトケイソウ、その他etc。


 花言葉は——。


 さて、今度はどんな風に誘おうか。

 お盆休み、一緒に帰省したら先輩の家に突撃してみたり?


 想像するだけでワクワクが止まらない。


 あ~楽しみ!!


 まだまだ暑い夏は続きそうだ。




(第2章了)



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