第13話 飲み屋の街に咲く花①
早いものでもう八月に突入し、初となる土曜。
今日も今日とて俺は
彼女が誘ってくるから。
そんな言い訳が自分の中で通用したのも遠い過去の話。
しかも今日に至っては彼女の家で宅飲みをしようというのだから、もはやそんなもの建前以外の何物でもないのだろう。
車窓から流れゆく街を眺める。
ここ数週間、毎週彼女が利用していたであろう帰路を辿るかのようにJR沿線で大阪へ、そして大阪梅田から阪急沿線でひと駅のところ。
俺は大阪屈指と言われる飲み屋街、
ちなみにここは
ただその際、人事に相談したところ「まっ昼間から飲んべえが倒れてるらしいよ」などと脅されてしまい、見もせずに選外にしたなぁなどと思い出す。
(にしてもだ。さすがにこれは……)
毎年50万人が来場するとも言われる花火大会。その当日ということもあり、溢れんばかりのひとひとひと。
電車の込み具合からして尋常じゃないとは思っていたが……軽く想像の10倍は超える混雑の様相を呈していた。
想定が甘い、などと上司のどやし顔が目に浮かびそうである。
そんななか東側の改札を出ると、どこからともなく「せんぱぁい」と聞き慣れた声が。
人混みに埋もれないのは美人の特権か。
涼やかな声のした方へ視線を移すと薄いブルーのロングラインスカートに身を包む
夏日だからだろう、濃紺のノースリーブから普段見ることのない綺麗な肩を覗かせている。
そんな相変わらず嫌がおうにも人目を惹く彼女に俺も軽く手を挙げ応えた。苦笑いで。
「お前なぁ……。なんでいるんだよ」
「だってえ。先輩が来てくれるなんて初めてですし。楽しみが過ぎて待ちきれなかったんですもん」
ツッコむ気すらおきない。
今日こそは待ってやろうと30分も前に到着したのに……どういう領分なんだよ。
どうやらこの待ち合わせ時間インフレ競争は俺の敗北で幕を閉じそうだなと内心独り言ちる。
と、悠長に話してる場合じゃない。
次から次へと溢れ出てくる人の濁流。飲みこまれそうになった
互いの素肌が擦れ合う。同時にノースリーブから隆起する女性特有の柔らかな弾力も。
「先輩、こっちへ」
手を引かれるまま改札から離れ商店街のアーケードへと流れ込んだ俺たちは人の波を避けるように路地の脇へ逃げこんだ。
「想像以上だな。身動きひとつ取るのすら一苦労って、どういうことだよ……」
「ですねぇ。私もまさかここまでとは思ってませんでした」
苦笑いを浮かべ人差し指の先を頬に添えながら、どうしようかな、そう少しだけ思案した彼女だったがすぐに決断に至ったらしい。
「とりあえずうちに来ませんか? まだ花火大会までは時間もありますし、すぐそこなので」
「ああ。そうさせてもらった方が良さそうだな」
元々は花火が始まるまで出店でも巡ろうかと話していたのだが、これだけの人だ。一旦茶でも飲みながら態勢を立て直したほうがいいだろう。そう思い頷く。
そして東に二分ほど歩を進め。
すぐそことだと言った通り、灼熱の太陽が照り付ける中でもほとんど汗をかく
小狭いエントランスではあるもののしっかりとセキュリティは完備されているようだ。
「綺麗なマンションだな」
「外見だけですよ。中は狭いので、驚かないでくださいね」
「せまっ」
いつぞやのお返しとばかり、入る前に言ってみた。
どんなふうにツッコんでくる?
興味津々彼女に視線を合わせると
「言うと思ってました。先輩のそういうベタなとこ、好きですよ?」
次いで悪戯っぽい目を向けられ、気恥ずかしくなった俺がフイっと目を逸らすことに。
くっ、結局この展開なのかよ。
部屋は三階らしく、ふたりエレベーターを昇る。
「ちなみに先輩。一人暮らしの女性のお
「いや、初めてだけど」
「そうですかそうですか。それは良きことです」
何がそんなに嬉しいんだか。
満足そうに頷く
「どうぞ。先輩のお
「あほ。どんな大人が人の部屋に入ってすぐ物色し始めるんだよ」
こいつのことだからどこぞに下着でも忍ばせてそうだから恐いまである。
とツッコんだおかげか、入る前に感じていた緊張はいつの間にやら緩和されていて。
俺は招かれるまま足を踏みいれた。
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