第19話 今更
その後、ついでなので室内の壁汚れなども同じ要領で掃除していく。
これで、しばらくの間は平気なはず。
仕事を終えた俺達は、地上へと戻ってくる。
「すぅ……うん、さっきより空気が美味い。モーリスさん、そういえば流れたモノは何処に行くの?」
「エルク殿下が向かった森へと流れていきます。それが肥料となり、大きな森になったのです」
「あぁ、なるほど。それなら無駄にはならないか。さて……身体洗いたいね」
まだ作業している方には申し訳無いけど、こればっかりは仕方ない。
こちとら今世は王子で、前世は日本人だったんだから。
そういえば、お風呂があるのは王都でも一握りだった。
まず水の量が必要だし、温めるために薪や火魔法が必要になってくる。
「申し訳ございません。領主の館にも昔はあったのですが……やはり、整備不足により壊れてしまいました」
「まあ、仕方ないよ。それを作ったのもドワーフ?」
「はい、その通りでございます」
「となると、どちらにしろドワーフ族を誘致する必要があると」
ドワーフ族は、同族で争う人族に嫌気が指し、南にある海沿いの土地に国を建てた。
そこにはエルフ族もいて、我が国とは交流を絶っている。
すると、それまで放心していたクレハが俺の服を掴む。
「エ、エルク様……私もシャワー浴びたいです」
「あっ、そうだよね。クレハも、良く頑張ったね」
「い、いえ、私は途中でダメでしたから……エルク様こそ、凄い魔法でした。水魔法があんな威力が出せるとは知りませんでした」
「まあ、生活水のために魔力を温存するのが基本だから。極めれば、どんなものでも切り裂く……話は後にして、一旦屋敷に戻ろうか」
その後、軽くシャワーを浴び、自室に戻る。
クレハは時間がかかるので、その間にモーリスさんと話をする。
「エルク殿下、改めてありがとうございました」
「いやいや、自分のためにやっただけだから。それで、ドワーフ族と再び交流するにはどうしたら良いかな?」
「難しい問題でございますな。領主権限の一つして、エルク殿下には交渉することは可能です。ですが、彼らは人族を見限っております。大昔に手を取り合って戦った獣人を奴隷にしたり、エルクやドワーフを差別したり、人族同士で争うのを見て」
「まあ、当然の話だよね。そうなると、彼らが欲しいモノを用意するしかないかな」
ドワーフ族は、酒と熱くて辛い物を好むとか。
エルフ族は、果物や野菜、そして冷たいものを好むらしい。
この二つの種族は性格も暮らしも正反対で、南の国を半分個にして統治しているとか。
「氷魔法はきっと欲しがるのではないかと存じます」
「氷魔法か……確かに冷やした酒の美味さは格別だろうね」
「おや? お酒をお好きなので?」
「い、いや! シグルド叔父さんが、温い酒がまずいってぼやいていたからさ。かといって、熱燗で飲むのは暑いしって」
いかんいかん、今の俺は成人したばかり。
前世の時は、仕事終わりに缶ビールを家で飲むのが唯一の楽しみだった。
ただ、ある時冷蔵庫が壊れ……温くなった缶ビールを飲んだが、全く美味しくなかった。
そうか、この世界の人々はあの美味さを知らないのか。
ちなみにこの世界にはエールと果実酒や普通の酒などがあるが、ラガーやワインはない。
「酒豪で有名な方ですから。話を戻しますが、川などで冷やした酒は格別だと聞いたことがあります。それを手軽に飲めるとしたら興味を引けるのではないかと。同時にエルフ族は暑さに弱いので、そちらにもアプローチできるのはないかと」
「ふんふん、なるほど。いやー、モーリスさんがいて良かったよ」
「い、いえ、私など……懐かしい感覚ですな」
「懐かしい?」
「いえいえ、気になさらないでください」
すると、扉が開いてクレハがやってくる。
「ただいま戻りました。遅くなりすみません」
「ううん、平気だよ。髪の毛長いから大変だもんね。乾かすのも一苦労……ァァァァァ!?」
「ど、どうしたのです?」
「エルク殿下!?」
頭を抱える俺を心配して、二人が寄ってくる。
だが、俺の頭はそれどころじゃない。
記憶を取り戻したばかりとはいえ、自分のアホさ加減に呆れる。
「そうだよ、どうしてさっき気づかなかったんだ」
水を高圧洗浄機のように使ったとき、それに思い至るべきだった。
今の俺には前世の知識があるから、簡単な便利道具くらいなら作れるじゃないか。
それを使って交渉なり、領地を発展させていけばいい。
というか、俺自身が便利な道具が欲しい。
「エルク様?」
「あぁ、ごめんね。二人とも、もう大丈夫。ちょっと、自分のアホさ加減に嫌気がさして」
「なるほど、 今更気づいたと」
したり顔で、クレハは頷いている。
「クレハさんや? そんなこと言うと、いいことしてあげないよ?」
「な、なんです?」
「ほら、いいから後ろを向いて」
「……エッチなことはダメですよ?」
「しないし! と、とにかくほら!」
「……わかりました」
怪訝な顔をしつつも、クレハが後ろを向く。
俺は手持ちの風魔法が入った魔石を用意し、それを左手に持つ。
右手には魔法で冷気を発動させ、それを風で送る。
いわゆる、クーラーもどきだ。
「こ、これは……気持ちいいです! 涼しい風……シャワーを浴びた後だから尚更です」
「ふふふ、でしょ? 多分、これを量産すれば少なくとも部屋の暑さはどうにかなる」
「そうですね。それに、このように使えるもいいかと」
「うん、髪を乾かすにもいいかなって。冷風の方が気持ちいいし、髪も傷みにくいんだよ」
この世界にも、火の魔石と風の魔石を利用したドライヤーもどきはある。
でも暑い中でやるのは大変だし、そもそもそんな無駄使いをできる人は限られてる。
魔石も貴重だし、そもそも魔法を込められる人が少ない。
普通の人は自然乾燥したり、誰かにうちわであおいでもらったりする。
氷魔法があれば、冷風ドライヤーも作れるはず。
「確かにいつもよりサラサラになった気がしますね」
「とまあ、こんな風な便利な道具を作っていきたいと思ってさ。そのためには、やっぱりドワーフ族の力が必要になるね。あと、エルフ族もね」
ドワーフ族は物を作る天性の才能がある。
概要さえ説明すれば、彼らなら前世で使っていた道具を作れるかもしれない。
エルフ族は魔力が多く、全エルフが風魔法が使えるので仲良くしておきたい。
……よし、彼らを釣るための餌を用意しないとね。
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