第7話 到着

 翌朝、凍らせたボアーズを大きな木の板に乗せ、それを片方の馬に引かせる。


 そして村々を通過しつつ、十日ほどが過ぎ……道中で村で、ボアーズを引き渡すことにした。


 理由は至極簡単で、道中の村は王都に近いので割と食料に困ってはいなかった。


 しかし、辺境に近づくにつれ、徐々に雲行きが怪しくなってきた。


 街道整備も進んでおらず、少しずつ寂れていく風景や村々が目に入った。


 なので、この辺りで引き渡すことにしたというわけだ。


「おおっ! これを我々に!?」


「うん、食べきれないしみんなで食べちゃって」


「みなの者! 聞いたか!? エルク様が我々に食料をお渡ししてくれたぞ!」


「「「ウォォォォォォ!」」」


 すると、住民たちの間から歓声が上がる。

 その中には泣き出す者もいるので、結構切羽が詰まっていそうだ。

 周りを見ると、痩せている子も多いので食料が足りてないのだろう。


「やっぱり、この辺りに来ると貧困の差が出てくるか」


「はっ……す、すみません! 別にお国を批判しているわけでは……!」


「うん、わかってから平気だよ。むしろ、謝るのはこちらだしね」


「な、なんと……自堕落王子という噂は嘘だったのですな」


 ……それは合ってるんですよねー。

 ただちょっと、貧しい暮らしの辛さも思い出したから他人事とは思えない。

 これは、色々と考える必要があるかな。


「はは……まあ、とにかく食べてください。そのうち、この辺りも良くなると思うので」


「それは……いえ、今は感謝して頂くといたします」


「うん、あんまり期待はしないでね」


 その後、俺達は空き家の平屋を借り、その中で休息をとる。

 夕飯は用意してくれるそうなので、それまではのんびりできそうだ。


「……はぁ」


「どうしたのですか?」


「いや、わかってるようでわかってなかったと思って」


 辺境が貧しくなり、寂れてきたのは聞いていた。

 でも実際に見ると、このままだとまずい気がする。


「それは私も感じました。ですが、我が国にも余裕があるわけではありません。北と西に対応しないといけませんから」


「うん、そうだね。父上は頑張ってるし、一部の人以外は頑張って国を良くしようとしてる」


「やはり暑さや単純な人口低下、それにより作物や魔獣の収穫量が減ったことが原因かと」


「そうだね。それにより魔物も増えてきたりして、悪循環してるって感じだ」


 まず、暑さによって人々が体力を奪われた。

そして作物が育ちにくい→食料自給力か低下→体力や気力低下により活気や、魔物や魔獣と戦う力がなくなる→結果、ますます悪化する。

 簡単だけど、こんな感じかな。


「どうすればいいのでしょう?」


「さあ、それは俺にはわからないよ。ただ……見て見ぬ振りはしたくないかな」


「ふふ、相変わらずですね。困ってる人を見ると放って置けないのは」


「はいはい、あまちゃんの偽善者ですよー」


「いいんですよ。私はその——甘さに救われたのですから」


「そっか……まあ、とりあえず辺境にいる領主と話してみるかな」


 その後、用意された食事を取りながら村長の話を聞いた。

 どうやら、ここから先は似たような感じらしい。

 貧困もそうだけど、若い人達がいないのが一番の問題みたいだ。


 ◇


 翌日の朝、村の人々に見送られながら辺境都市オルフェンへと向かう。


 その後も道中の村々を通過するけど、何処も似たり寄ったりといったところだ。


 全体的に貧しく、若者も少なく活気もない感じだった。


 俺達は出来るだけ魔獣や魔物を倒して、食料を与えつつ進んでいく。


 そして、王都を出てから二週間後……辺境都市オルフェンに到着する。


「つ、ついたァァァァ!」


「まだ着いてませんよ。門が見えただけですので」


「わかってるよ! でも、暑いし疲れた!」


 いくら途中に村があるとはいえ、ずっと旅を続けるのはしんどい。

 こっち方面は王都周辺より気温も高いし、いくら俺の魔法があるといっても限界がある。

 これでは、みんなが元気をなくすわけだ。

 そこから一時間くらいかけて、ようやく門に到着した。

 見た目だけは中々立派な門で、門の前には衛兵らしき人達がいる。


「見慣れない格好……こんなところに旅人ですか?」


「馬鹿言うな! この格好はどう見ても貴族様だ! 部下が失礼いたしました!」


「ううん、平気だから頭をあげてね。その人にも叱らないであげて。えっと、領主の方というか責任者を呼んでくれる? エルクがきたって言えばわかるはずだから」


「エルク様……はっ! 少々お待ちくださいませ! 俺が行ってくるからお前はそこにいろ!」


 若い兵士をおいて、上司のおじさんが門の中へと走っていく。

 俺はその間に水魔法を使って、コップに冷たい水を入れる。

 すると、兵士がそれを見て固まる。


「水……ゴクリ」


「よかったらどうぞ」


「えっ? ……オイラにくれるんですか?」


「うん、暑いから大変でしょ?」


 今の昼間の気温は体感で、軽く三十度以上は間違いなくあるはず。

 兵士さんは恐る恐る俺からコップを受け取り……口をつける。


「あ、ありがとうございます! っ〜!? ……ゴクゴク……!」


 目を見開いた兵士さんが、物凄い勢いで水を飲み干していった。


「プハァ! な、なんですか、この冷たい水は?」


「少し氷をイメージして作ったからね」


「氷……?」


「まあ、とにかくもう一杯いる?」


「は、はいっ!」


 そして俺達も冷たい水を飲みながら待っていると……門の向こうから人が走ってくる。

 片方は先ほどのおじさんで、もう一人は老執事のような男性だった。

 ロマンスグレーで歳は五十歳くらい? 身長もあって背筋は伸びてて、ダンディなおじ様って感じ。


「エルク殿下、おまたせいたしました。国王陛下よりオルフェンを任されております、モーリスと申します。手紙により、来ることはわかっていたのですが……」


「モーリスさん、よろしく。ううん、こちらこそ早く来てごめんね」


「……話と違う気がいたしますな」


「どうかした?」


「いえ、何でもございません。とにかく、まずは領主の館に案内いたします」


 その後、モーリスさんの後をついて都市の中に入る。

 街の中は活気がなく、生気のない人々の視線が突き刺さる。

 この顔を俺はよく知ってる……思い出した、前世の時の俺だ。

 鏡を見ると、いつも生気のない顔をしていた気がする。


「皆、元気がありませんね」


「うん、これは思った以上だね。国から離れているから仕方がないとはいえ……それに、辺境を省みる余裕もなかっただろうね」


「そうですね……敵国との戦いや魔物達との戦いもありますから」


「あとは、実際に目にしてないから実感がないのかも」


 かといって行きに二週間もかかる道を、父上が直に見るわけにいかない。

 あの傲慢な貴族達が、こんなところに行くわけないし。

 まともな貴族は国を動かすのに必死だし……うん、詰んでるね。


「なるほど、確かにそうかもしれないです」


「あとは情報伝達をしっかりしないと。それを防ぐには中継地点を確保しつつ、もっと早く移動できる方法と、それを持っていく優秀な人材を育てることかな」


「……いつの間に、そんな勉強を? ずっと授業はサボっていたのに」


「はは……これは勉強とは関係ないしね。発想というか、先人たちの知恵ってやつさ」


 そんな会話をしていると、周りの平屋に比べて立派な建物に到着する。

 二階建ての建物で、敷地面積も大きい……庭も広くて良さげだ。


「ここが領主の館でございます」


「モーリスさん、案内ありがと。それじゃ、領主の人に挨拶したいんだけど……」


「確か、領主はエルク殿下になると聞いておりますが……」


「「……はい?」」


 その言葉に、俺とクレハは顔を見合わせるのだった。

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